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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
平穏

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第42話 話し合い

「いやぁ、お前ら今回の戦いマジで頑張ったな」


 そういけしゃあしゃあと話すのは、僕らの前を歩くエクルットさんだ。

 結局あの後すぐにこの人は僕たちの元に戻ってきた。

 そして開口一番に発した言葉が「まさか俺が助けに入る必要もなかったなんてな。よくやった!」───だ。

 僕はこれを聞いた時、この人が僕らの戦いをどこかで見ていたことに気付いて呆けてしまった。

 これまでの戦いはとどのつまり、「訓練」だったということだ。


「エクルットさん……流石に今回のは笑いごとで済まないですよ……」


「がはは!そう怒るなよリオン。いや、リーダー!」


「うっ」


 結局僕はリーダーという重すぎる立場を押し返すことができないまま、既成事実と化してしまい、それはこの人の耳にも届いてしまった。

 そして今、それをネタに絶賛イジられ中というわけだ。


「お前の判断は正に的確だった。俺に頼ろうとしたのは気概にやや欠けるが、間違いではない。その後の崖上への退避と囮は見事だった。崖下に残ったままもう少し追い詰められれば俺が割り込むつもりだったからな。あの決断と胆力は誉めなくちゃ罰が当たるってもんだ。よくやったリオン」


「は、はぁ……」


 褒められて嬉しくないということはないが、正直微妙な気持ちだ。

 実戦でしか経験できないことがあるのは理解できるが、当人である僕たちからしたら堪ったものじゃない。


「先に言ってくれててもよかっタんじゃないですか?」


「そうすると“どうせ助けてくれる”なんて余計なこと考えて戦いに本気になれないだろ。特にお前は」


 正論過ぎてなにも言い返せない。

 僕のことを良くお分かりで。


「死ぬかもしれない。その経験は今の内に味わっておくべきだ。戦場では今回みたいな保険はないわけだからな」


 絶体絶命の経験なんてそうそう体験できることではないのはこの人の言う通りだ。

 戦場ではその体験の次……なんてものは保証されていないのだから。

 そう言う意味では僕たちの実際の戦場に近い今回の修羅場は、値千金の価値があると言っても過言ではないかもしれない、ということになるか。


「おい、リオン。せっかくの俺たちの勝戦にケチをつけるなよ」


「別にケチとかじゃ……」


 憧れのエクルットさんに文句を付けたからか、ヴィリムくんが僕に噛みついてきた。

 さっきまではあんなにツンデレ姿を見せてくれていたのに、今はツン100%だ。


「まぁ、教官に助けられてちゃ俺たちもまだまだだしな。手助けなして勝てたならそれ以上になにか言う事はないだろ。そうだろ、リオン」


「ポランくん!」


 ポランくんの言う通りだ。

 彼に免じてエクルットさんへの追及はここまでとしておこう。


「おまえ、俺とこいつで露骨に態度違うよな……」


 態度の冷たいヴィリムくんの言う事は放って置いて、僕は黙って足を動かした。


「そんなリーダーに初仕事だ。この後今日の出来事の諸々を俺と二人で話し合うぞ。反省会だ」


「は、はい」


 真剣なその表情に、僕は少し緊張した。



 無事に村まで帰ってきた僕たちは、僕以外が全員休息のために家に帰り、僕だけがエクルットさんの家にお邪魔していた。


「どうぞ。これでも食べて」


 エクルットさんの奥さんが僕の前に腸詰を置いてくれた。

 それに目を輝かせた僕は奥さんにお礼を言ってかぶりついた。


「ルイナ。俺のは……?」


「ふふ。今リオンくんが食べてるじゃないですか」


「……」


「ふごくおいひいれふ」


「……そうか」


 悲しそうな目で僕のほうばる姿を見るエクルットさん。

 なに、構う事はない。こいつは僕たちに何も告げずにゴブリンの大群と戦わせた極悪人だ。

 僕にもこのくらいのご褒美は合ってもいいはずだ。


「それでリオン。あの洞窟でなにを見た」


「……」


 真剣な表情を取り繕った彼の目を僕は見る。

 だが僕にはわかるぞ。大人の余裕を演じていることくらい。

 視線が僕の目と口元を右往左往しているのがバレバレだ。

 未練たらしい奴め。

 僕は残りを一気に口の中に押し込んだ。


「あぁっ……」


 情けない声を上げるその様子を白い目で見ながら、僕は佇まいを直して話し始めることにした。


「それではお話します」


「あ、あぁ。頼む」


 肝心のものが目の前からなくなったからか、エクルットさんは遂に目を伏せて僕の話を聞き始めた。

 しかし、その姿はどこか哀愁に満ちていた。


 僕は洞窟で経験したこと。

 そして洞窟の中に広がったあの異様な光景とそれの意味と想像しうる最悪の結末を彼に包み隠さず全て話した。


「進化と文明の発展か」


 僕が話したのはゴブリンたちが使用した文明の利器が齎すその種の成長速度だ。

 弱く知恵に乏しいため、その殆どが早死にする運命ではあるが、運よく長生きすると優に30年以上は生きることができるという。

 おそらく本来の寿命ももう少しあるはずだ。

 そして当然、繁殖能力は人間を上回っている。

 そんな種族が「宗教」で群れの最大数の壁を破り、「文字」で知識の継承を可能とした場合、それは人類の進化の速度を上回ってしまう恐れすらあった。


 始まりは些細なきっかけ。

 しかし気付いた時には既に時遅し。

 人間を脅かすものとはいつもそうやって生まれる。

 ウイルスしかり、環境変化しかり、科学技術しかり。


 前世の知識から来る僕の憶測は、一見荒唐無稽にも思える話かもしれないが、エクルットさんは真剣に聞いてくれた。

 腸詰に対する未練もすっかりと消え失せていようで大人のかっこよさが滲み出している。

 奥さんが面白そうにエクルットさんを見ていなければ、素直に憧れていたが、多分かっこつけているのだろう。

 奥さん。笑わないであげてください。


「ゴブリン程度の魔物に、我々人類が脅かされる日がくるかもしれない、とは考えたこともなかったが……あれにそう言った意味があったとは」


「エクルットさんも見タんですか?」


「前回の山狩りの時にお前から違和感があると聞いたその日にな。戻って洞窟の中を調べたんだ。その岩戸も見つけていた」


 エクルットさんは既にあの洞窟の中の異常についてその日の内に把握していたらしい。

 なにもなかったと言っていたが、嘘だったようだ。

 大人とは卑怯な生き物だ。


「そんな顔をするなよ。 別に意地悪したわけじゃない。お前たちに不安を与えないように一人で解決を試みてただけだ」


「解決?」


 その割には「訓練」と称して僕らに後片付けを押し付けてきたような気が……


「もしかして、僕タちが戦闘を始める前になにかしてタんですか?」


 目的地に到着後、エクルットさんは僕らの元をすぐに離れた。

 ゴブリンとの戦闘までにそれなりに時間はあったはずだ。


「相変わらず鋭いな。お前の推測通りだ。俺はお前たちから離れた後、ゴブリンの本拠地と思われるところに殴り込みをかけた」


「はい?」


 信じられないことを言い始めたエクルットさんに僕は自分の耳を疑った。

 本拠地?

 単騎で?


「そこにはな。お前が危惧したように、とんでもない数のゴブリンとその上位種がひしめきあってたよ」


 エクルットさんはその場にいたゴブリンの種類と数を具に答えた。

 ゴブリンだけで千弱。

 ホブゴブリン数百。

 魔術を使用可能なのが百越え。

 そしてそれらの殆どを倒したという。

 僕らでは考えられない恐ろしい戦績に僕は息を呑む。

 これが本当にグラントの戦士の最低水準の実力だというのだろうか。

 僕は果てしない力の差を感じた。


「それだけの戦力があって、一番奥で守られていたのは変なゴブリンだった」


「変?」


「なんの力もないゴブリンでな。どうしてこんな奴がこんな大群を率いているのかと疑問だったが……お前の話を聞いた後だと、あれがその知識の源だったのかもな」


「元凶を叩いタ……もう終わっタと見てもいいんでしょうか」


 エクルットさんの話が本当なら、脅威は去ったと思って間違いない。


「さぁな。考えるのは俺の性分じゃないからな。それこそこういったことにはヴィクターさんが適任なんだがな」


 難しい顔をする彼に僕は眉を顰めた。


「お話されないんですか?」


「最近村に居ないことが多くてな。話す機会が中々取れない。ようやく顔を合わせたかと思うと睨まれて話ができる雰囲気でもない……最近は特に難しい人になっちまって……」


 面倒そうに頭を掻くエクルットさんの表情を見れば、あの人がどれだけ付き合い辛いのか良く分かる。

 ヴィリムくんも大変だ。


「ヴィクターさんには気を付けろよ……特にお前はな」


「……え」


 どういう意味なのか、それを聞こうとした瞬間、エクルットさんは話を元に戻した。

 たまたま言葉が被ったのではない。

 明らかに僕の言葉を遮ったように感じた。


「それで、お前はあの戦闘になにか違和感を感じたりはしなかったか?」


「───え、あ……そう、ですね」


 エクルットさんの忠告とその後のあからさまな封殺に僕は戸惑いつつも、彼の話に頭を切り替える。


「強いて言うなら、武器……ですかね」


「武器?」


「はい。あのゴブリンタちは一体あれダけの金属製の武器をどこから調達しタのかな……と」


「確かに……だが戦泥棒じゃないのか?あの現場から少し離れたところまで行けばかつての戦場があるし、帝国兵の逃走ルートも存在する。そこに大量の剣があってもおかしくはないぞ」


 それを聞いて、僕の中にあった違和感の正体も少し氷解した。

 しかし、


「ダとしたら、いや、それにしても武器が少し綺麗すぎタような?」


「綺麗?」


「はい。戦場で使い古しタ剣にしては、状態が良いように思えタんです」


 土汚れや血糊の痕跡は確かに目立った。

 しかし、武器としての性能にはほとんど影響がなかったように思う。

 刃こぼれもなく、戦闘に耐えうるものばかりなのは少し都合がよすぎるように思える。

 それを補うための理屈を用意するとしたら、最低でも武器の手入れという概念と金属武器を研ぐ設備が必要になるだろう。

 しかし、そんなものは彼の口から出てこなかった。

 見ていたのなら、エクルットさんが僕の違和感にすぐに答えていたはずだ。

 ──研ぎ石があったと。


「エクルットさん?」


 僕の疑問を耳にした後、黙り込んでしまったエクルットさんに、僕が呼びかける。

 それでも反応は鈍い。

 再び呼びかけて、彼はようやく僕の方を向いてくれた。


「すまない。少し考え事をしていた」


 そう言ったエクルットさんは息を深く吐いた後、奥さんに目を配ると、奥さんは頷いて部屋を後にした。

 阿吽の呼吸と言うやつだろうか。

 少し憧れる。


「この話はここまでにしよう」


「え、は、はい。わかりましタ」


 しかし、これで終わりではないのだろう。

 だとしたら奥さんを部屋から追い出す意味が分からない。


「リオン。災難だったな」


「……?そう、ですね。でも今日のことがあっタからみんなともほんとの意味で仲良く───」


「そうじゃない。あいつらのリーダーに選ばれたことに対してだ」


「……」


「流れだったからしょうがない。それは分かる。だがそんなものを受け入れて、お前はどうするつもりだリオン。お前は───」


 彼が一拍おいて僕の目を真剣に捉えて離さない。

 その目力を前に僕は顔を背けることもできなかった。


「───戦争の道を選ぶのか」


 その言葉に僕は、目を逸らし続けていた現実にぶつかった。

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