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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
平穏

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第39話 チルドレンVSゴブリンの大群

「みんな!」


 僕の声に五人が一斉に僕たちへと振り返った。

 その顔には疲労が色濃く滲み出しており、全身にも傷が目立っている。

 満身創痍の状態だ。


「ヴィリム!ポラン!」


 ミシュランくんが二人を見て、その顔に希望を取り戻した。

 僕もいる、と言いたいが今はそんなこと気にしている場合じゃない。

 五人のいる左方へと崖を駆け下りた僕たち三人は、すぐに彼らの前に立つと彼らの代わりに剣を敵に向けた。


「リオン……っ!」


 僕の後ろにいるミシュランくんの状態はあまり良いと言えるものではなかった。

 かなり無理をしたのか、剣の状態も悪い。

 その壮絶さを全身で物語っていた。


「少し休んでて。後は僕タちが持ち堪えるから」


「いくらお前らでもこの数は無理だ……っ」


「エクルットさんが来るまでの辛抱ダ。それまでなら頑張って耐えるから。だから今は」


「すまん……リオン」


「体力が回復したら戻ってきてね」


「当然だ。お前らだけに良いカッコさせられるかよ」


 不敵に笑うミシュランくん。


「その顔ができるなら安心だよ、ミシュランくん!」


「てめッ……後で覚えてろよ」


 どうしてこの流れでヘイトが僕に向くのだろうか。

 子どもの機嫌の移り変わりとは山の天気のようだ。


 僕はミシュランくんのその元気さに、これなら安心だと思い、中々攻めてこないゴブリンたちへと改めて意識を集中させる。

 敵陣の中に大量のゴブリンの死体があり、僕たちの固持するこの狭い半円の中にはそれがないことから、ミシュランくんたちは善戦をしながらも徐々にこの壁際まで追い詰められたのだと推測が立った。

 敵が新たに現れた僕たちに積極的に攻める様子を見せないことから、その奮戦っぷりが想像できた。

 さすがはミシュランくんたちだ。


 敵の過剰な警戒はエクルットさんが駆けつけるまでの時間稼ぎに徹するだけでいい僕たちからしたら非常に都合が良い状況だ。

 僕は勇み足を踏むゴブリンが出ないように、剣を突き出して牽制に集中することにした。

 ここは自分から果敢に攻めるタイミングではない。


「ポランくん!ヴィリムくん!」


「言われなくても分かってる!時間稼ぎだろ!」


「俺は今すぐにでも攻めてもいいぜ!」


 皆まで言わずとも二人も理解してくれていた。

 なんとも心強いことか。

 しかし、そんな僕たちの思惑に気付いたのか、敵後方から怒鳴るような声が前方のゴブリン達の背中を押した。


「来るよ!」


 顔色を変えたゴブリンたちが僕たちの陣地に踏み込み、遂に攻めへと転じた。

 ポランくんとヴィリムくん、そして僕の三人は後ろの五人を守るように広がり、彼らの防波堤となる。

 ポランくんが左を抑え、ヴィリムくんは右。

 そして中央に立つ僕は二人に意識を割きながら後ろへと抜かせないように一度に多くの敵を迎え撃つ。

 背後にだけは回られないように立ち回りながら、一体ずつ敵の首を落としていく。

 僕もこの状況で気分が悪いなどと悠長なことを言っている暇はない。

 そんなもの、全部後回しだ。

 今は敵にだけ集中だ。


 剣を弾き、こん棒を逸らし、間隙を縫うように剣を突き出す。

 防御重視の僕では中々回りの敵が減らないが、その分はポランくんやヴィリムくんが補ってくれている。

 特にポランくんの猛攻は凄まじい。

 その大きな武器は一度に多くの敵を屠ることに優れており、些末な負傷など無視し、次々と敵の死体積み上げていく。

 ヴィリムくんの戦い方も抜け目がない。

 確実に敵を一体ずつ斬り殺し、体への傷も最小限だ。

 道中の疲れも感じさせず、攻防一体の戦いを見せている。

 そして中央に立つ僕の持つ敵は自然と多くなるが、自分を守ることに関して言えば僕はこの中でもずば抜けている。

 敵を殺すペースは二人には敵わないが、最も多くの敵を引き付けることには成功していた。

 このまま無傷の状態を維持できれば理想的だ。


 結局は普段戦っているゴブリン程度だ。

 ひとりでなければそう難しい相手ではない。

 問題は……スタミナが持つかどうかだ。

 僕は終わりの見えない押し寄せ続けるこの波に、拭い切れない不安を募らせていく。


「くっ……」


 その逡巡がいけなかった。

 この状況ではそんな少しの意識の揺れひとつで、相手の攻撃をこの身に許してしまう。

 棍棒が僕の肩を掠め、苦痛に表情が歪む。

 剣でなくてよかった。

 これが刃物であれば失血を許していた。

 直撃しなければ、打撃武器はそう怖くない。

 僕は改めて戦いに集中した。

 もう、一撃も許すつもりはない。


 そう、気を強く固めたにも関わらず、敵の攻撃が徐々にその鋭さを増して行っていることに気付く。

 特に、敵の反応が一段上がっていた。


「リオン!こいつら……強くなってるぞ!」


 そう叫んだのはポランくんだ。

 僕やヴィリムくんよりも多くゴブリンを倒しており、彼の周りには多くの死体が転がっている。


「こっちもだ、リオン……くそっ。反応が妙に早い」


 ヴィリムくんも同じ感覚に襲われたのか、一撃で倒せなくなったことに苛立ちをみせている。

 防御に関してはまだ余裕がありそうだが、傷も目立ち始めている。

 このままでは僕たちはじり貧で磨り潰されて終わる。


「多すぎる……っ」


 敵の反応が上がったことで、僕らの倒すペースが減速。

 それは僕たちの背後へと敵の侵入を許すこととなってしまった。


「しまった……!」


 いつの間にか僕の背後に回っていたゴブリンが僕へと剣を振りかぶっているのが見えて背筋が凍った。


「もう俺たちも戦えるぞ」


 声と共に降った剣撃がゴブリンの体を切り裂いた。


「ミシュランくん!」


「……オラァ!前向け黒髪ぃ!」


 口の悪いミシュランくんの助けにより、防波堤はその厚さを増して敵による包囲を阻むことに成功した。

 体力を取り戻した彼らの参戦は非常に心強い。

 なんせみんな僕なんかよりも強いのだから、それが五人も加われば単純に戦力は倍以上だ。


 他の四人もポランくんやヴィリムくんの助太刀に入り、勢いを取り戻した僕たちの攻勢が始まる。

 傷が一番目立って心配だったポランくんも敵の手数が分散したおかげで、今は獰猛な笑みを浮かべて次々と敵を斬り殺していっている。

 ひとり無双状態だ。

 ヴィリムくんも余裕が生まれたようで順当に敵を倒して行っている。

 この中で一番ゴブリンを殺した数が少ないのは僕だろう。

 タンク役として許して欲しい。


 戦いは恐らく二時間を超えた。

 僕たちの体力はもはや限界に近付いている。

 無双していたポランくんも、今やその鳴りを潜めさせており、ヴィリムくんの動きも精彩さに欠けている。

 僕も傷こそ負ってはいないが、そろそろ腕がきつくなってきた。

 早くエクルットさんの助けが欲しい所だが、あの人は未だに現れてくれない。


 そして左右の敵がさらに翼陣を広げているのを見て、僕は覚悟を決めた。


「こうなったら……ッ」


 僕は全身の魔力の流れを強化。

 肉体強化を最大限に引き上げた。


「おぉ、想像以上だな、リオン」


「おまえ……それ」


「!?」


 ポランくんとヴィリムくん、そしてミシュランくんを含めた他の五人からも息を呑むような素振りが伝わってくる。

 全力の肉体強化は見せたことがないから、それも当然かもしれない。


 僕は全身から熱気を発しながらポランくんに叫ぶ。


「ポランくん!大剣貸して!」


驚きながらも即座に退きながら僕に大剣を投げ寄越してくれたポランくんの大剣を受け取り、僕はそれを全力で薙いだ。

 地面を抉りながら振るった横薙ぎの一閃は、土砂を巻き上げながら敵陣に大量の石礫を見舞い視界を塞ぐ。


「今の内に崖の上に登って!」


 僕の指示を理解したみんなが一斉に高台を目指して崖を登り始めた。


「おい!リオン、お前は!?」


「僕のことはいいから!」


 ヴィリムくんの心配する声を背に僕は急ぐように促す。

 彼らが上まで昇るための時間稼ぎをする役目が一人必要だ。


 土煙が晴れると同時に同胞の死体を踏み越えてゴブリンたちが僕目掛けて襲い迫る。


「リオン!」


 登る途中のヴィリムくんのケツをポランくんが押して無理やり登らせ切るのを見た僕は安堵に胸を撫で下ろした。

 そんなに時間を稼ぐ必要はなかったようでよかった。


 僕は目の前まで迫っていたゴブリンたちの前で膝を折って大きく沈み込んだ。


「脚、持ってくれよ……」


 そして全力でジャンプした。


「おぉおぉおおおぉぉぉお!」


 高い所から下に、は経験豊富だが、下から上に、は新鮮を越えて恐怖体験だった。

 ジェットコースターのような浮遊感で心臓が浮きそうな感覚に目を丸くしながら、僕は崖の上にいるみんなの前に頭から着地した。


「ぎゃびっ!」


 奇声を発した僕にみんなが駆け寄ってきた。

 ちょっと恥ずかしい。


「リオン!大丈夫なのか!?」


「すげぇ肉体強化だな」


 ヴィリムくんとポランくんに加え、他の子たちも驚き半分心配半分……ドン引きちょっとで僕を囲む。


「ははは……大丈夫。ちょっとびっくりしタけど、それより──」


 逃げ切った訳じゃない。

 一旦ここまで退避しただけで敵だってここを登って来れるのだ。


「せっかくここまで来れたんだ!早く逃げようぜ!」


 ミシュランくんの言葉に周りも同意を見せる。


「いや、だめだ。そうだろリオン」


 冷静なヴィリムくんが僕を引っ張り起こしながらそう言った。


「ヴィリムくんの言う通り、後ろはもう取られてる」


 ポランくんの補足にみんなの表情が固まった。


「さっき、端にいタ敵陣の一部が大きく迂回する動きを見せていタから……多分、ここを取るつもりダっタんダと思う……」


 ゴブリンたちからしたら、あの崖際の戦いで僕らを完全包囲できないのなら、十分な数の有利を活かして遊兵を僕らの後ろに回すのが効果的だ。

 後ろを取られてしまえば僕らの敗北は必須。

 なら先に高所を取ってしまえという判断だ。


「ごめん。僕の判断ミスダ。もっと早くここを取ればよかっタ」


 いち早くここに上がることができれば、上から一方的に戦えた。

 もしかしたら逃げることも叶ったかもしれない。

 エクルットさんの助けが来ると希望的観測に縋った僕の落ち度だ。


「お前の責任じゃないさ。そもそもお前が時間を稼いでくれなかったら敵に背中を向けて登り切るなんてできなかったからな」


 「ポランくん……」


 彼の気遣いに少し肩の荷が下りた気がした。

 この子は本当に色々とすごい。

 流石は僕の推し。将来のリーダーだ。


「ミシュランくんタちは下からゴブリンが昇ってこれないように対応を!僕とポランくんとヴィリムくんは後ろの敵に当タろう」


 下から無防備に登ってくる敵は五人に任せる。

 数は多いがさっきよりかは随分とマシなはずだ。

 そして僕とポランくんとヴィリムくんの三人は、迂回してくる敵との戦いに集中。

 崖下の敵の数よりかは少ないはず。

 もしかすれば突破も叶うかもしれない。


 そう思っていた僕たちの目の前に、そいつらは現れた。


「くそ……マジかよ」


「おいおい、大盤振る舞いだな」


 ヴィリムくんとポランくんの二人も怯えを見せる相手、それは───


「ホブゴブリン……三体ッ!?」


 洞窟の中での戦いで三体一でもあれだけ苦戦したホブゴブリンが僕たちの前に三体も同時に現れた。

 通常のゴブリンも数体程度引き連れている。


「これは……流石にやばいかも」


 死線が迫っていた。

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