第34話 揺れる気持ち
あれからも度々、僕とエクルットさんは「ヴィリムくんスヤスヤ大作戦!」を決行した。
その間のエクルットさんによるヴィクターさん(ヴィリムくんパパ)への説得が功を奏したのか、日に日にヴィリムくんの体調は良くなっていった。
目の下の隈もなくなって、以前から比べても見るからにハキハキと元気になっている。
これには僕もエクルットさんもニッコリだ。
「リオン。なにか悩み事でもあるの?」
夕餉の時間。
箸の進みの遅い僕を見て、母が僕にそう言った。
知らず知らずのうちにぼーっとしていたらしい。
そうだ。今は食事の最中だ。
僕の腹だってさっさと飯をよこせと訴えている。
「ダ、大丈夫……《《いただきます》》」
僕はエクルットさんの奥さんから分けて貰った彼のへそくり腸詰を口に運んで舌鼓をうった。
どうやらあの後、自分の夫がこそこそしているのを怪しく思った奥さんによって隠し持っていた王国兵からのぜいたく品を見つけられてしまい、般若となった奥さんが村全体におすそわけしてしまったらしい。
それが昨日の出来事。
今日の訓練中のエクルットさんは心ここにあらずの状態だった。
訓練を付けている子どもたちにこぞってお礼を言われている時のエクルットさんの顔が面白かった。
まぁ、妊娠中の奥さんに隠して一人で食べようとしたエクルットさんが悪いよね。
それで熟成のためとかなんとかで、まだエクルットさん本人が食べられてなかったと聞いた時は流石に同情したけど。
僕はエクルットさんがまだ知らない、口に広がるジューシーな味わいを楽しみながら食事を進めた。
しかし、徐々に薄れていく味に代わり、僕の脳裏にまたあの幻想が浮かび上がっていく。
それは二手に分かれた道。
正反対の未来が待ち受ける運命の分かれ道だ。
その前に僕はただ立ち尽くす。
エクルットさんの言葉が生んだその幻想が、僕の頭の中から離れない。
あの時からずっと。
───リ……
────ン……だい……
「いたっ!」
分かれ道の前でぼーっと突っ立ていた僕の足にがぶりと痛みが走り、強制ログアウトさせられた。
「ちょ、急になにすんダよ、アズ!」
僕は自分の足に噛みついてきて、しらーっとした目で見てくるアズレアに文句を言うと、そこで初めてアズレアがもう食事を終えていたことに気付いた。
「あ、あれ?アズもう食べきっタの?早いね」
「早いね、じゃありません。リオンが遅いのよ。ずっとぼーっとして」
呆れた様子の母の手元を見ると、その母も食事を終えようとしているのが見てわかる。
僕はそこで初めて自分が長い事、食事に集中できていないことに気付いた。
「ご、ごめんなさい」
謝った僕を見て、優しく微笑んだ母は席から立ち上がることもせず、僕が食べ終えるのを待ってくれた。
僕はすっかり冷めてしまったご飯を残念に思いながら急いで口に放り込む。
「急いで食べなくていいのよ。とったりしないから」
なんとなく、待たせていることに申し訳なさを感じて食事を急いだが、母の言葉に僕は自分のペースで食べることにした。
そんな僕を母が暖かく見守ってくれている。
その母を見て僕は罪悪感を覚えた。
僕が望んだ右手の道に、母はいないから。
食事を終えた僕は、テーブルから離れるのがどこか少し寂しくて、その日は自室に戻ることなく母と話し込んだ。
少し夜更かししてしまったが、母はなにも言わずに付き合ってくれた。
◆
「おい、リオン。俺と組もうぜ」
「え、うん。いいよ」
合同訓練が始まると、真っ先にヴィリムくんが僕に話しかけて来てくれた。
また余った子と組むことになると思っていた僕は、少し驚きながらもその提案を受け入れた。
その様子に周りの子たちたちもなにやら少しざわついているのがわかる。
ヴィリムくんから意の一番に声をかけるとは思っていなかったのだろう。
僕も少し驚いた。
「ヴィリムくんスヤスヤ大作戦!」によって彼も僕に気を許してくれたのかもしれない。
僕はヴィリムくんからのお誘いを快く受け入れ、その日の訓練を終えた。
「はぁ、はぁ」
「ぜぇっ、ぜぇっ」
僕とヴィリムくんは共に地面に横たわり、荒くなった息を整えていた。
仲良くなったと思ったが、どうやらそれは僕の勘違いだったようだ。
ヴィリムくんは以前にも増して僕への攻撃が苛烈になっていた。
組手相手を替えた時のヴィリムくんはそこまでの様子を見せなかったのに、また一巡して僕の番になるとまた気勢を上げた。
木剣を受けた手首がすっごく痛いし、何度か頭に一本を貰って所々の記憶がない。
あれ?僕まだ嫌われてる?
「はぁ、はぁ……」
ヴィリムくんは胸いっぱいに空気を吸い込んで立ちあがると、僕を見下ろした。
その顔は少し怒っているように見えた。
「俺、ぜってぇお前には負けたくねぇ。だから……逃げんなよ」
そう言って彼は踵を返した。
家路に着いたヴィリムくんを見ながら僕はその言葉の意味を考える。
「聞かれてタのかな……」
あの時僕は感情的になってそれなりに大きな声を出してしまっていた。
もしかしたら、ヴィリムくんはそれを聞いてしまったのかもしれない。
そう考えると、彼の言葉にも納得がいく。
怒ってくれている、そう思うと少し胸が熱くなるような感覚が僕を襲った。
母のこと、ヴィリムくんの言ってくれたこと。
たったそれだけで、また僕は揺らいでしまう。
「困ったな……」
────お前が選べ
エクルットさんの言葉を思い出して、その言葉の重みを実感した。




