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【第二章開始】 転生したら戦闘民族だった~スパルタで物理極振りな僕がおっきな猫と征く世界戦場旅行。ついでに五大先史文明も調査検討中~  作者: 四季 訪
継いだ命

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3話 選別

 空気が一層冷たくなり、窓の外には銀世界が広がっていた。

 高く積もった雪を、母が必死にかき分けて、家の扉を守る姿が記憶に新しい。


 父が最後に姿を見せてから更に数日。

 母は僕たちに一際大きな愛情を注いでくれた。

 それは少し過剰とも言えるくらいに。

 何度も頭を撫で、抱き、そして名前を呼んでくれるのだ。

 母の愛というのは、前世でも十分に感じて来たつもりではあったが、ここまで来られると少し困惑してしまう。

 それとも乳児期の子には母は誰だってこうなのだろうか?

 こんな時期から自我がしっかりしている子なんて、転生者の僕くらいだろうから、知らないだけで前世の母もこんな感じだったのかもしれない。

 そう考えると前世の母に少し会いたくなった。

 自分が死んだ原因も死ぬ瞬間も覚えていないから、多分唐突な別れだったように思う。

 前世の母には親不孝をしたかもしれないな。


 僕の頭を撫でながら、微笑みかけてくる母の顔に、前世の母の顔を重ね合わせてしまい、少し目元に涙が溜まる。


 「──────……──────」


 母が心配そうに僕を抱えた。

 泣き始める気配を感じ取った母が、僕を優しくあやしてくれる。


 前世の母には一言謝りたいし、感謝したいし、罪悪感もある。

 だから悲しい気持ちに陥りかけたけど、今の母が僕に無償の愛を注いでくれるから、僕はすぐに悲しくなくなった。

 だからだろうか。

 自然と笑みが零れ、赤ちゃんらしい笑い声が僕の口から飛び出した。

 初めて笑った僕を見て、母がびっくりした顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて僕の身体に顔を埋めた。


 「──リオン────……─リオン─────リオンっリオン!」


 僕の名前を何度も呼ぶ母の姿に僕の胸が暖かくなった。

 だから強く思う。

 今度こそ、母には悲しい思いをさせたくはないと。

 僕は前世の過ちを繰り返さないように、母を幸せにしようと強く心に誓った。


 そう、まだ言葉にできない思いを胸に抱いた時、家の扉が開いた。

 酷く冷たい空気が流れ込んでくる。

 父が帰ってきたのだ。


 険しい表情の父に母が少し怯えた様子で駆け寄った。

 最初は小さな声で言葉は交わされた。

 互いに平静を取り繕うとしたような、そんな手探りの声。

 しかし、それは次第に大きくなっていき、数日前のような激しい口論へとヒートアップしていった。

 しかし、今度は母も引かない。

 父になにかを必死に伝えている。

 しかし、頑として黙り込んだ父に、母の言葉は響かない。


 一体なにが起きているのか理解できない中、父が僕たちの元へと近づいてきた。

 母が父に追いすがる。

 まるで僕らの元に近付けさせまいとしているような、そんな形相だった。


 そのあまりに鬼気迫る母の表情に、僕は事態の重大さにようやく気付いた。

 父が母を払いのけて僕らへと近づき、自分の子どもを覗き込む。

 僕らを、父の影が覆う。

 父の顔が怖かったのか、それとも僕同様になにか嫌な気配を感じたのか、両隣の兄弟が大泣きし始めた。


 「──────……──────」


 僕を見て、父が何かを言った。

 どうやら泣き出さない僕を不思議に思ったようだ。


 母が父の足にしがみ付いた。


 「──────……──────フィオナ!」


 父の怒鳴り声に母が項垂れた。

 まるで諦めたかのような母の顔には絶望が張り付いていた。


 父が僕らに近づき、今の母が最も絶望する展開。

 嫌な想像だ。

 しかし、多分それは間違っていない。


 父が僕らを無造作に抱き上げる。

 母の優しい腕とは違い、強引に三人纏めて抱き上げるものだから、体が痛い。

 びっくりした僕の兄弟も、今まで聞いたことのないレベルで泣き叫んでいる。


 あぁ、嫌だ。

 これから自分を襲う不幸を想像して、僕は絶望した。

 父が扉を開けた。


 「ヴェル!サリー!─────リオン!!」


 僕らを呼ぶ母の声が閉じる扉の向こうに消えた。


 雪は止んでいる。


 父の重たい身体が、処女雪を踏み固めていく音が僕らの耳に冷たく聞こえた。


 母が僕らを連れて行ったことのない、慣れない道は、まだ誰も通っていないのか、足跡一つない新雪が続いている。

 そこに父の足跡が刻まれる。


 母の泣き声も聞こえなくなった山奥に僕らは連れられた。

 父は何も言わない。

 自分の子どもの泣き声にも耳を貸さず、話しかけることもせず、ただ僕らに険しい表情を向けて。


 父は僕たちを山に捨てた。


 冷たい雪をベッドにして、兄弟が泣く。

 僕は自分に起きたことが信じられないと、これが親のやる事かと、父を強く睨むことしかできなかった。

 そんな僕の目に気付いたのか、父がしゃがみこみ何かを言った。


 「ヴェ……サ──ン……──────」


 僕らの名前なのか。

 しかし、上手く聞き取れないその言葉の後に父が何かを言うと、僕らから離れた位置の樹に背中を預けた。

 帰るつもりはないようだ。

 捨てるならば帰ってしまえばいいものを、父はその場から離れない。


 突然の展開と死の気配。


 僕は強い困惑と父への恨みを抱いたまま、身が凍り付くような寒さに耐えるしかできなかった。


 ◆


 酷く寒い。


 両隣の兄弟の顔は既に青白くなっている。

 ガクガクと震えていた紫色の唇も、今やその震えも鈍い。


 僕は少しでも兄弟の身体を暖めようと手を握った。

 幼子とは思えないその冷たい手に、唇を噛みしめる。


 僕の手もこの子達とそう変わらない筈だが、僕の方が僅かに体温を保っていた。

 多分、それはこの胸にある何かのおかげ。

 さっき母が僕を抱き上げた時にいつの間にか入れられていたカイロのようなもののおかげだと思う。

 これを自分を包む毛布と毛布の間に入れられており、その暖かさが僕の命を繋いでいるのだ。

 母が少しでも長く生きていられるようにと、入れてくれたのかもしれない。

 あの母のことだ。

 多分、兄弟たちにも与えてくれているはずだ。


 体温を少しでも分け与えようと、僕は両隣の兄弟の手を強く握った。

 それでも、兄弟の手は次第に冷たくなっていく。

 零れ落ちるかのように、僕の手から温もりが逃げ出していく。

 それが嫌で、それが耐えられなくて、僕はもっと強く手を握る。

 自由に動けない赤子の体では、兄弟の体を抱きしめて暖めることも出来ず、ただ、冷たくなっていく手を握る事しかできない。

 なにもできない自分が歯がゆい。

 だけど、そんなことを言っている余裕は僕にもないようだ。


 頭が急激に重くなる。

 気づけば寒さも感じなくなっている。

 死が、近くまで来ていた。


 もう、幼い兄弟の手に温度はない。

 僕の体もすぐに終わりを迎えそうだ。


 瞼を閉じかけた時、両手から何かが僕の中に流れ込んでくるのが感じられた。

 それは暖かく、優しいなにか。


 雪の冷たさに潰されそうになった僕の心がふわっと軽くなった気がした。

 左右を交互に見た。

 目の合ったまだ幼い兄弟が、ふっと笑ったような気がした。


 僕の体に流れ込んできたものの正体は分からない。

 だけど、それがなにか彼らにとってとても大切なものなのだと理解した時、僕はとても悲しくなった。


 僕の兄弟が、ゆっくりと瞼を閉じた。

 僕はこの日初めて本気の声で泣いた。


 これが僕がこの世界に生まれ落ちての初めての産声だったのかもしれない。

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