第29話 一狩りいこうぜ!
次の日の早朝、僕はいつもの準備運動の時間に家を出て、崖にはまっすぐに行かず、ヴィリムくん宅の前に来ていた。
ヴィリム父が家から出ていくのを見届けて、僕は声を張り上げる。
「ヴィーリムくーん、あーそーぼー!」
子どもらしい元気な定型文を大声で叫んだ。
周りからクスクスと笑われるが、そんなのお構いなしだ。
しかし、当の本人は一向に出てこない。
ヴィリム父の様子から、とっくに起きていてもおかしくないと思うのだが。
朝の早いこの村は、もう既に活気づいている。
ほら、そこかしこで僕より小さな子どもたちが楽しそうに崖から転げ落ちて行っている。
うん、元気そうで何よりだ。
「ヴィーリムくーん、あーそーぼー!」
寝ているという事はないと思うが、ヴィリムくんは出てこない。
しかし、家の中から気配はしている。
「ヴィーリムくーん、あーそー───」
「───だぁ!うるさいなリオン!恥ずかしいからやめろよ!!」
「あ、やっと出て来た」
顔を赤くして飛び出してきたヴィリムくんの手には剣が握られている。
木剣ではなく実剣だ。
もしかしてそれで僕を殴るつもりだろうか。
怪我では済まないからやめて欲しい。
「今から丁度素振りを始めようと思ってたのに、そんなのされたら出づらいだろ!」
「ごめん。子どもはこうするのが普通かと思ってたから」
「どんな普通だ!」
おかしい。
子どもが友達を遊びに誘うときは決まってこれだと思っていたのだが、ここではそれは一般的ではないらしい。
僕は久しぶりに日本とここ異世界のカルチャーショックを味わう事となった。
それにしても。
「今から素振り?準備運動じゃなくて?」
「もうそれは二時間くらい前に済ませた」
早すぎる。
まだ陽も登っていない時間だ。
僕はヴィリムくんの目元を見て嘘ではないことを悟った。
明らかに昨日よりも隈が悪化している。
「ヴィリムくん、ちゃんと寝てる?」
「……疲れは残ってない」
嘘だ。
疲労が残っていない人の顔じゃない。
「今からゴブリン狩りにいこうぜ!」
ひと狩り行こうぜ!
「朝からテンションうざいな」
ヴィリムくんがげっそりとした様子で僕を見る。
やはり寝不足が祟っていそうだな。
ヴィリムくんへの心配がより大きくなった。
「なんだよ、急に。今まで合同訓練以外で絡んだことなかったろ」
鬱陶しそうにするヴィリムくんだが、僕はここで折れるつもりはない。
「知ってるでしょ?僕が山狩りで一番成績が奮ってないってこと」
「まぁ、そりゃ……でもおまえ、歳が──いや、なんでもない」
ヴィリムくんはそこまで言うと、僕から顔を逸らして言葉を撤回した。
僕の年齢を思い出して、悔しそうに唇を噛みしめる姿に、僕は昨日のことを思い出した。
「ダから頼りになるヴィリムくんと一緒に実戦を積んで学ばせてもらおうと思っタんだ。ダからお願い!僕と一緒にゴブリン退治に付き合ってよ」
僕はヴィリムくんに頭を下げてお願いした。
顔をちらりと上げると少し気まずそうにヴィリムくんが頬を掻いていた。
「いや、でも俺……親父に訓練してろって言われてるし」
「ゴブリン退治も実戦練習だよ」
「それはそうだけど」
決めあぐねているヴィリムくんに、僕はどう言葉を続けて説得しようかと考えていると、後ろから現れた気配に僕の期待が高まった。
「いいんじゃないか?ヴィリム。ヴィクターさんには俺から伝えておくよ」
「エクルットさん!?」
「子どもは朝から元気でいいな」
僕たちの前に現れたのは僕たちの先生、エクルットさんだった。
彼は僕の横に立ち、僕の背中をポンっと軽く叩いた。
「お守りとして俺も同行してやるから、リオンの願いを聞いてやってくれ。なぁ、ヴィリム」
突然現れた尊敬する人物に、ヴィリムくんの様子が明らかに変わった。
眠そうだった顔が今は輝いて見える。
「で、でもどうしてエクルットさんが」
「昨日こいつに頼まれてな。今のままじゃ駄目だから、手を貸してほしいってな」
「おまえ、意外とやる気あるんだな」
心外だ。
これでも真面目に訓練は受けているし、生き物を殺す感覚にだって早く慣れてしまいたい。
いつまでもこのままじゃ僕の身が持たない。
「わかりました。同行しますけど、なんで俺なんですか?討伐数で言えば俺よりポランの方が」
それは僕の口から語らせてほしい。
「ヴィリムくんの方がお手本になると思っタんダ。ほら、ヴィリムくんの剣って実直な努力の積み重ねで、しっかりとしタ基盤の上にある技って感じでしょ?ポランくんは色々と感覚派というか、攻撃に寄りすぎているというか……。その点、ヴィリムくんは攻撃・防御・機動力のどれもがレベル高いし……ダメ?」
僕は話し始めて少し不安になった。
受け取り方によっては「お前のはすぐ真似できる」とでも解釈できてしまうセリフだと気付いたからだ。
そんなつもりは一切ない。
事実参考にならないポランくんが悪い。
それに他の点に於いてはヴィリムくんの方がポランくんより優れているというのは。飾り気のない僕の本音だ。
少し複雑そうな顔をしたヴィリムくんに不安を煽られ、すぐに謝る体勢に入ったがそれも杞憂に終わる。
「分かったよ。防御に関しては教えることなんてないと思うけど、付き合ってやるよ。……エクルットさんの頼みだし」
ヴィリムくんは表面的には渋々といった様子だが、内心ウキウキしているようにも僕には見えた。
エクルットさん様様だ。




