第26話 模擬戦──VSエクルット
山狩りから数日。
あれから生活に変わりはない。
あの時僕が感じた違和感はただの思い過ごしだったのだろう。
ゴブリンを殺したことで少しセンチメンタルになっていたのかもしれない。
それにしても、何事もなくてよかった。
僕は窓から差し込む日差しに叩き起こされて朝を迎えた。
母の用意した食事を時間を掛けてしっかりと咀嚼しながら食べ終える。
そして幼少から日課となっている虐待セットである崖転げと心臓破りのマラソンを行うために家を出ようと玄関に向かうと、母の話声が聞こえてきた。
ユエの母親でも来ているのだろうか。
ユエの母は僕が数少ない同い年ということもあって良く家に挨拶に来てくれていた。
その時には決まって食料を手土産に持ってきてくれるため、僕の家の家計はユエのお母さんに大きく支えられてきた。
最近は食糧事情の解決もあって必要は無くなっているのだが、それでもこうして続けられている。
僕はいつものようにお礼を言おうと玄関に赴くと、そこに立っていたのがユエのお母さんではないことに気付く。
「おや。リオンくん……だったかな。大きくなったね」
「え、あ……おはようございます」
玄関で母と話し込んでいたのは、嫌味な口調が癇に障る覚えのある男の顔。
ゴブリンを殺せずに意気消沈していた僕と仏頂面の父に嫌味をかましてきたあの時の男──ヴィリムくんの父親がそこには立っていた。
今は戦中でエクルットさんを除いた正規の戦士たちは皆戦地に出払っているはずだが。
「それじゃ、奥さん。私はこれで」
頭を下げることもなくそう言ってヴィリムくんのお父さんは去って行った。
「お母さん、今の人って」
「ヴィリムくんのお父さんよ。戦場も少し落ち着いてきたからって、一足先に帰ってきたらしいわ。エクルットさんひとりに村を守らせるのは心配だとかなんとかって」
あの人も盾持ち軟弱派の派閥に属する人なのだろうか。
息子さん、彼の事尊敬してますけど。
「今更すぎない?」
「お母さんもそう思うわ」
母はそう言って苦笑いを浮かべた。
今までも正規の戦士たちが全員出払うなんてことは多々あった。
精獣の件は例外事項だし、そもそも村に残った者達も皆が元戦士だ。
言うて糞ほど強い。
村が心配など今更すぎるのだ。
母の浮かべた苦笑もあって、何か別の思惑があるのだな、と僕は思った。
もしかしたら父がいない間に母を狙ってるとか……?
はは、まさか。
僕は一瞬臭った昼ドラの香りを首を振って振り払う。
そんなの父が知ったらどうなるか。
考えただけでも恐ろしい。
とりあえず、僕は変な勘繰りを止めて母に改めて「おはよう」とあいさつをして家を飛び出した。
◆
基礎訓練を終え、いつものように始まった合同訓練。
それぞれの武器に応じた型の素振りから始まり、一対一の組手へと続くのが通常の流れだ。
しかし、今日は少し様子が違った。
素振りが終わり、これから一対一の組手をするペアを探すという地獄のような展開が待っているのだが、そこでエクルットさんが皆を呼び止めて、僕を見る。
「よし、リオン。今日は俺と組め」
「え」
ショックだ。
まだみんな誰と打ち合うか決め始めたばかりだというのに、もう余ることを前提に気を遣われるなんて。
僕は悲しい。
「なんでそんな目をするんだよ」
僕はすごすごと子どもたちの輪から離れて、先生の近くに寄る。
「あぁ、これがペアあまり問題か……」
「なに言ってんだお前」
訝し気に僕を見るエクルットさん。
気遣いはありがたいが、時にその気遣いが子どもの心を傷つけるのだと僕は彼に教えたい。
「そもそも八人なんだから余らないだろ」
「確かに」
それ以前にこれまでも余ったことがない。
偶数なのだから当然だ。
ならどうして?
僕は少し嫌な予感を抱いてエクルットさんを見上げる。
しかし、エクルットさんは既に僕を見ていなかった。
彼はペアを組もうとしていた子どもたちへと向いて、それを言い放った。
「今日は組手の前に俺とリオンの組手を見てもらう!」
はい?
僕はその言葉の意味を上手く呑み込めず、思考停止した。
「こいつの守りの技術はこの中でも群を抜いている。お前たちもこいつの動きを見て学ぶべきところはきちんと学べ!」
みんなが驚いた顔で僕を見た。
そう驚くな。
一番驚いているのは僕なんだから。
ヴィリムくんなんてすごい悔しそうに僕を見ている。
そしてミシュランくんも僕のことを忌々し気に見ている。
この後の組手でも相手に困ることはなさそうだと、僕は遠くの山を見ながらそう思った。
ひとり頷いてくれているポランくんが僕の唯一の癒しだった。
なんていい奴なんだろう。
僕は当然この村の大人に抵抗なんてできるわけもなく、唯々諾々とエクルットさんの提案を受け入れ、木剣を構える。
距離は僕から見て十歩もない。
エクルットさんにとっては僅か数歩の距離。
一足飛びで埋めれる距離だ。
本当に体格差というのは馬鹿にならない。
「あの……手加減の程を」
「お前次第だな」
どういう意味ですか。
疑問を口にするよりも早く、エクルットさんの姿が僕の視界から消えた。
「!?」
咄嗟に脇に構えた長剣が運よくエクルットさんの木剣を防いだ。
体ごと吹き飛ばされそうになる大人の膂力を、前方へと逸らす。
その反動に身を任せ、僕は後ろへと後ずさることに成功した。
剣の衝撃を逸らすことができなければ今頃山の向こうまで吹っ飛んでいたかもしれない。
それは言い過ぎだが、間違いなく今ので戦闘不能だ。
「良い反応だ」
エクルットさんが僕を見て不敵に微笑む。
冗談じゃない。
加減なんてないじゃないか!
素の肉体能力とは言え、昨日のホブゴブリンとの戦いで見せた威力と遜色ない。
僕は想像以上に手加減のないエクルットさんの重たい一撃に、心臓が破れそうなほどの緊張が全身を覆った。
武器こそただの木剣だが、盾は持ち手以外が全て金属でできた重量級だ。
それを持った上でこの速度は冗談じゃない。
あまりの芸当を肉体強化もなしにやってのけるその規格外の筋力に、僕は高すぎる壁を感じて身を固くした。
これが正規の戦士として最低水準というのだから、どれだけ大人が化け物染みているかが理解できる。
僕は痺れる腕に顔を青くして、エクルットさんを見た。
「ほら、ぬるい防御してるとすぐに体が動かなくなるぜ」
身を屈めた───そう認識した瞬間、僕の左腕に怖気が走る。
「───ッ……!」
エクルットさんの軽口に返答する余裕もなく、僕は左から襲う恐怖から身を守るように木剣を差し込んだ。
そして直後に走る激しい衝撃。
下から振るわれる逆袈裟斬りに、直感で合わせた木剣が見事に的中し、綺麗に衝撃を逃がすことに成功した。
考える暇もない出たとこ勝負の勘所を上手く捕まえることの出来た僕は思わず頬を緩めてしまう。
「油断すんなよ」
油断はしていない。
勘所を手のひらの内に捕まえたことで、エクルットさんの動きがさっきよりも鮮明にイメージができた。
目で追えずとも、何処に攻撃がくるか何となく理解できるのだ。
右から薙がれる木剣を受け流し、上からの木剣を叩いて逸らし、下からの蹴り上げに合わせてバク転で躱す。
どれも紙一重の攻防だった。
「やるな、おい」
守ってばかりだが、今は素直にエクルットさんの飾り気のない、その感嘆混じりの誉め言葉に素直に喜んでおこう。
次第にエクルットさんの攻撃が多彩になっていく。
剣撃にも緩急が生まれ、盾による面攻撃や足技のような汚い攻撃パターンもその数を増やしていく。
右から剣。
左から盾。
蹴り。
体当たり。
「ちょ、手加減して!」
次々と迫りくる新しい攻撃パターンに僕の焦りが強くなる。
というかもう限界だ。
「突き!─────」
点による、早くて受け流すのが難しい突きを躱すため、やや強引に身体を半身に捻りながら防御の姿勢をとる。
しかし、僕の予想に反し、エクルットさんの木剣は天高く空を指していた。
「─────へ?」
「すまん。フェイントだ」
僕の脳天に木剣が降り注ぎ、僕の視界にお星さまが流れた。
そこまでする?
僕は意識を失った。




