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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
平穏

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第25話 報告・連絡・相談・おひたし

 巣穴に居たゴブリンの殲滅という形で、僕たちの戦いは終わりを告げた。

 いつもなら作業感の強いゴブリン退治だが、今回はホブゴブリンの登場というハプニングから、エクルットさんの実戦というサプライズがあったからか、帰り道では皆が浮足だっていた。

 さっきまで血みどろの戦いをしていたというのに、まるで遠足中の小学生のようにはしゃいでいる。

 逞しいことこの上ない。

 対して、ゴブリンを殺した僕はげっそり中。

 いつもこんな感じだ。

 早く慣れたいと思う反面、殺してヒャッハー!というのもあまり気乗りしない。

 しかしゴブリンは間引きが必要な魔物。いわば害獣だ。

 今更ながら湧き上がる罪悪感は多少程度。

 しかし、どうにも生き物を殺す時特有のあの感触に、未だに慣れないでいる。

 たくさん殺せばその内に慣れるものなのだろうか。

 僕はあまりそうだとは思えなかった。


 討伐数の競争で盛り上がる子たちを尻目に、僕はポランくんへと駆け寄った。

 ポランくんが一番だというのはこの場に居る全員が彼にわざわざ聞かずとも既に知っている。

 だから自然と会話の輪から一時的にポランくんが外れた今が話しかけるチャンスだった。


「ポランくん。今日も一番ダね」


「おう!先頭切った甲斐があったぜ!」


 ポランくんはいつも一番だが、いつも喜んでいる。

 驕った様子もなく、子どもらしい笑顔に好感が持てる。

 これが彼が人気者の理由だろう。

 強い上に気風が良い。

 流石は将来のリーダー候補と言ったところか。


「ポランくんは今日の戦いで違和感とか感じなかっタ?」


「違和感?」


 戦いの中で感じた些細な違和感。

 ホブゴブリンの姿を見た後でも、それはなぜか拭いきれなかった。


「うーん。特には……?」


「そっか」


 ポランくんが言うならそうなのかも知れない。

 僕の考えすぎなのだろうか。


「強いていうなら、反応がいつもより良かった気がする」


「反応?」


 言われてみればそんな気がしてきた。

 どこらへんが?と聞かれればヴィリムくんの初撃以外特に思い当たらないが……


「あー、それにいつもよりなんか、気迫?があったような気もするな。気のせいかもだけど。それもあのホブゴブリンがいたから気が大きくなってただけじゃね?」


 ポランくんのいうことも最もだ。

 上位者がいることによる安心感や湧き上げる勇気というものは確かにある。

 僕らにエクルットさんがお守りで着いていてくれるのと同じそれだ。

 僕もあのホブゴブリンが違和感の正体だと感じていたが、それでも気になったからポランくんに聞いてみたが、やはり僕の思い過ごしなのだろうか。


「エクルットさん」


「お?どうしたリオン。お前から話しかけてくるなんて珍しいな」


 ポランくんが輪の中に戻って話相手がいなくなったからとかじゃないからね?

 僕はさっきポランくんに話した内容と同じことをエクルットさんに聞いた。


「違和感か。確かに言われてみればあのホブゴブリンもどこか様子が変だったような気がするな」


「そうなんですか?」


「あぁ、いつもなら、ホブとは言え相手との力量差を感じた時点ですぐに逃げようとするもんだ。あいつらは野生である分、そう言った嗅覚は俺たち戦士よりも強い」


 エクルットさんの疑問を聞いて、あの戦いを振り返る。

 たしかに、ホブゴブリンは最後逃げ腰となったが、それまでずっと勇猛にエクルットさんを攻撃し続けていた。

 思えばあの時点で互いの力量差は既に分かっていそうなものだが。


「そう言えば、どうして出てくるのがあんなに遅くなっタんでしょう」


「なに?」


「表のゴブリン達を殺しきった後、洞窟の中のゴブリン達が出てくるまでに少しラグがありましタ」


 言うてヴィリムくんと二、三言言葉を交わした程度。

 しかし、それまでもずっと表でドンパチしていたのだ。

 戦っている最中にでも加勢に来てもおかしくはないはずだ。


「確かに。おかしな話だな。ゴブリン程度の存在だからあまり意識していなかったが」


 エクルットさんが顎に手を当てて考え始めた。

 彼の頭にも違和感が浮かんだようだ。

 これでただの思い過ごしでしたであれば、少し恥ずかしい。

 いやそれが一番良い結末ではあるのだが。


「リオン。村ももう近い。後はお前が皆を連れて帰れ」


「え!?いや……それはポランくんかヴィリムくんの方が」


 年少ですよ!

 一番弱いんですよ!

 力も!立場も!


 そんな僕の心の中の悲痛な叫びも虚しく、エクルットさんは後ろに続くポランくんたちに一言言葉を掛けるとさっと来た道を引き返して行った。


「……」


 みんなが僕を見る。

 おまえ何話したんだ?と言いたげな胡乱な目だった。


「しゅ、しゅっぱつしんこうーー!」


 僕は振り返ることなく真っすぐと帰路に着いた。



 少し気まずい中、村へと僕たち一行は無事に辿り着くことができた。

 何事もなくてよかった。

 ヴィリムくんとか「なんでお前が?」みたいな目を終始向けて来ていたが、僕は見て見ぬふりをした。

 エクルットさんが言うから素直に従ってやってるんだぜ?とでもいいたげだ。

 あの人が帰ってきたらいの一番に文句を言おう。

 日が暮れ始めた頃、ようやくエクルットさんが帰ってきた。


「困りますよ!エクルットさん!」


「お?どうしたリオン。今日は機嫌がいいじゃないか」


 とんでもない。

 どうしてクレームを入れる姿を見てご機嫌判定されるのだろうか。

 自分の感情を正しく伝えることがこんなに難しいものだとは思わなかった。

 続けて文句を言おうとした僕を制するように、エクルットさんの手が僕の頭にぽん、と置かれる。

 一瞬小突かれるのかと思って身構えたが、そんなことはなかった。

 エクルットさんはそこまで理不尽ではないようだ。

 多分父なら「仲間を率いるのも訓練の内だ」とか言って小突いてき兼ねない。

 理解できるが年下兼一番弱い僕には少々荷が重い役回りだった。


「心配するな。ちゃんと見てきたからよ」


「はい?」


 見て来た?

 僕が言いたいのは、遠足の班長に僕を任命したことへの文句なのだが。


「奴らの巣穴を改めて見てきたが……特にこれといって変わった所はなかったよ。心配すんな」


「は、はぁ。ありがとうございます。エクルットさん」


 上手く誤魔化されたような気がする。

 まぁ、いいか。


「俺はこれからもやることがあるからよ。リオンは陽が落ち切る前に家に帰れよ」


 そう言ってエクルットさんは去って行った。

 忙しい人だ。

 それにしても初めて子どもらしい扱いを受けた気がする。

 目が合う人目が合う人、皆子どもを見れば「強くなれよ!」だの「サボんなよ!」だの「手伝ってやろうか」だのと訓練のことばかりを口にする。

 そんな平常運転になれてきた昨今だからこそ、エクルットさんの優しい言葉が心に染みた。

 ありがたや……


 今日も一日訓練漬けで疲れた。

 早く帰って母の暖かい食事にありついて、アザレアと遊んでやろう。

 そう考えた矢先、最近聞きなれた声が僕を呼び止めた。


「おい。黒髪」


 僕を名前で呼ばないのはひとつ年上のこどもたち。

 今日一緒に山狩りに行った子だ。


「どうしタの?えっと……ミシュランくん?」


「リグランだ!」


 ごめん。

 お腹空いてるから。


「ごめん。お腹空いてるから……」


「どういう間違いだ!」


 いきなりご機嫌斜めの子どもに難癖を付けられた。

 エクルットさん。これですよ。不機嫌っていうのは。


「おまえ、エクルットさんから認められてるからって調子に乗んなよな!」


 リグランくんは僕を指さし詰る。

 認めらているなんて思ったことはないが、どうやら彼にはそう見えているらしい。

 今日、遠足の班長を押し付けられたからだろうか?

 もしそうなら少し早計だと思う。


「僕が認められてるってことはないと思うよ?ポランくんとかヴィリムくんなら分かるけど、僕は守り一辺倒だし。それにリグランくん、エクルットさんのこと昨日まで馬鹿にしてたよね?盾持ちだって」


「うぐっ、それは」


 勇猛果敢が是とされるこの戦闘狂集団。

 彼らが最も好んで使う武器は、専ら大得物である重量武器ばかり。

 長身の父が、その身の丈に匹敵する大剣を使っているのが、その最たる例。

 果敢な猛攻こそ戦の華であると信じる彼らは、盾を持つことを敬遠しがちだ。

 年嵩の戦士は特にその傾向が強い。

 彼ら曰く、盾の使用は技術不足の表れ。

 三流の戦士の証左に他ならない、と憚らずに言う年寄りも多少なり見て来た。

 大人の空気や雰囲気を敏感に感じ取る子どもたちも、その悪影響をもろにうけてしまったのか、つい昨日までエクルットさんに指導を受けることにぶつくさ文句を言っていた子どもたちもまた、僕はたくさん見て来た。

 その中の一人が、今言葉に詰まっている彼、リグランくんだったはずだ。


「でも今日のエクルットさん、かっこよかったよね」


「うぇ……あ、あぁ」


 それが今日の圧倒的な戦いを見て考えが変わったのだろう。

 子どもらしく思考が柔軟でいい事だ。


「でも陰で人の悪口を言うのはだめだよ?エクルットさんが聞いたら悲しむからね」


「う、うん。ごめんなさい」


 しょんぼりとするリグランくんが素直で可愛かった。

 根は良い子なのかもしれない。


「そ、そうじゃなくて!俺はおまえに言ってるんだぞ!黒k……リオン!」


 態度は攻撃的だが僕の名前は言い直してくれた。

 やはり良い子だと思う。


「俺たちのリーダーはポランかヴィリムだ!一個下のおまえじゃない!」


「もちろんだよ!僕はポランくん推しだよ!」


 君はどっちだい?

 若しくは両推し?


「お、おぉう。分かってるならいいんだよ。分かってるなら……推し?」


 納得してくれたのか、リグランくんは少し戸惑いながらも僕への矛を収めてくれた。

 やはり素直で良い子だ。


「お、お前は一個下なんだからあんまり調子に乗るなよな」


 そう言い残してリグランくんは帰って行った。


「なんダっタんダろ」


 僕は突然、当たり前の事を言われ、すんなり納得して帰っていったミシュランくんに首を傾げて母の待つ家へと帰った。

 お腹空いた。

 母の三ツ星料理に舌鼓を打とう。

 わんぱくな子だったが、ミシュランくんも今頃ママのご飯にありついていることだろう。

 あぁ、お腹空いた。                                                                                                         

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