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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
平穏

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24/41

第24話 教え

 通常種よりも圧倒的に大きいホブゴブリンが、エクルットさんに向かって怒りの突進を見せた。

 その速度は驚くほどに早い。

 防御が得意な僕で一撃受けるのが恐らく精一杯。

 他に反応できるのはポランくんとヴィリムくんくらいだ。

 それくらいあのホブゴブリンの瞬発力は群を抜いていた。


 しかし、エクルットさんはさらにその上を行く。

 ホブゴブリンの攻撃がエクルットさんに届いたと思った時には、既に彼は上半身を覆うほどのその盾を構えていた。

 エクルットさんは難なくその攻撃を防いで見せる。

 激しい音を予想した僕たちだったが、その予想は簡単に裏切られた。

 重厚で重苦しいその盾を身軽に操り、ホブゴブリンの剣撃を容易に斜め後ろへと受け流して見せたのだ。


 大人でも扱いの難しい大盾をあそこまで手軽に扱えるのはエクルットさんくらいだろう。

 恵まれた体格と肉体強化適性、そして長い歳月を要した専門的な修練があってこその賜物。

 だれでもできる芸当ではなかった。


 エクルットさんが僕たちの方をちらりと見て、にやりと笑う。

 本来なら戦いの最中に於いて褒められた行為ではないが、教導役としてお手本になっているかの確認がしたかったのだろう。

 心配はいらない。

 掴みは十分です。


「ホブゴブリンは通常のゴブリンと比べれば大人とガキほどに違う」


 その場から足を動かすこともなく、盾一つで全ての攻撃をいなしていくエクルットさんがプレイヤーと兼ねて解説役まで初めてしまう。

 よっぽど余裕があるのだろう。

 因みに実況は引き続きこのリオンが務めさせて頂きます。


「しかしそれは飽くまで体格的、筋力的なものでしかない」


 何度も自分の剣を逸らされ、地面に叩き落とされてと全く思う様にいかない事に苛立ちを見せ始めたホブゴブリンの攻撃がより大きくなっていく。


「性格も頭も残念なことに変わりはないし、このように直情的で思慮は浅い」


 酷い言いようだな。

 人語は理解していないだろうに、なにをいわんとしているかは何となく理解してしまったのか、ホブゴブリンの顔が真っ赤に染まり、さらに攻撃が苛烈になっていく。


 しかしそんな一方的で猛烈な連続攻撃も、エクルットさんのパフォーマンスをより彩る当て馬にしかなっていない。


 そしてそれを次第に理解し始めたのか、ホブゴブリンの攻撃に焦りの色が滲み始めてきた。


 そして場面は転じる。


 卓越した守りとその繊細な美技で優雅を見せた一幕は、一気に苛烈なクライマックスへと移り、僕たちを魅せる。


「こうして”恐れ”に呑まれたなら、そこらのゴブリンと変わらない───ただの獲物だ」


 エクルットさんの盾が、恐怖で半歩引いた位置から放たれたゴブリンの甘い一太刀を勢いよくカチあげた。

 この戦いで初めて大きな音を盾が鳴らした。

 それは反撃の銅鑼。

 意味を直感で理解したであろうホブゴブリンの顔が恐怖で引き攣るのが僕の所からでも見て取れた。


「“恐れ”を抱くのは生物でも戦士でも必要なことだ。しかし“恐れ”に呑まれることは戦士には許されない」


 遂にエクルットさんの右手が動く。

 ホブゴブリンの苦し紛れの剣の投合を右手に握る剣で難なく弾くと、ホブゴブリンが腰を抜かしたようにその体勢を大きく崩した。


「それは即ち戦士の死《終わり》を意味するからだ」


 刀身がぶれる。

 一瞬の日差しの反射に目をやられたホブゴブリンが再び目を開いた時には、既に自身の終わりは確定していた。

 何者でもない、エクルットさんの剣によって。


 鈍い音が僕たちの耳に届く。

 袈裟斬りひとつ。

 その一撃でこの長いお手本は、遂に幕を下ろすことになった。



「すげぇ」


 思わず率直な気持ちが口から漏れ出した。

 見たところ、肉体強化を行った素振りは一切見られなかった。

 全て素の肉体能力、そしてなにより掛け値のない技量によるものだった。

 これがこの村の戦士の最低限度の強さ。

 その事実に僕の頬が引き攣った。

 あまりに高みすぎる。

 一体どれだけの厳しい修練を長く積んできたのか。

 一体どれだけの数の死線を掻い潜ってきたのか。

 今の僕では想像もつかなかった。


 やや絶望気味にしているのは僕だけだが、この場にいる子どもたち皆が驚きに表情を固まらせていた。

 中には尊敬の眼差しを向けている子も多い。

 ヴィリムくんなんかがその最たる例だろう。


 戦闘技術に重きを置いている彼だからこそ、今の戦闘指南は深く刺さったに違いない。

 動きの一挙手一投足に目を奪われたはずだ。

 たしかにエクルットさんの戦技が熟練の妙技と言えた。

 ──「技は小」

 そう言って聞かされた僕たちは、自然と技術を身に着けるための素養を高めることを重視すると同時に憧れる。

 だから彼が今、こうしてエクルットさんの技を目に焼き付けるのは当然のことで、他の子たちも心が惹かれているのが普通なのだろう。

 だけど、今の僕にはエクルットさんの言った言葉こそが、この身体に重たくのしかかっていた。

 恐怖に呑まれるな。

 彼の言った通り、恐怖に呑まれたホブゴブリンは、肉体強化もしていないエクルットさんの剣に、こうもあっさりと屍を晒した。

 実戦で見せてくれたのだ。

 相手の死に様で、恐怖に呑まれることの意味を。


 心臓が少し、煩い。

 将来、僕は戦場に出る事になる。

 そして、その戦場の空気に呑まれた時、あぁなるのは今度は僕の番かもしれない。


 恐怖に、備えなければいけない。

 僕はそう感じた。



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