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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
平穏

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第23話 山狩

 突然の震撼に混乱して慌てふためくゴブリンの群れを僕、ポランくん、ヴィリムくんを含めた八人の子どもたちが雄たけびを挙げて上から急襲を掛ける。

 耳を劈くほどの剣と盾の打ち鳴らし。

 そして身が竦むようなエクルットさんの喊声はゴブリンたちに効果覿面(てきめん)だったようだ。


 勇ましく先頭に立ったポランくんが痛烈な先制攻撃で、目を剥くゴブリンの体を真っ二つに切り裂いた。

 子どもにしては大きな剣が、緑色の血に染まる。


 そこから続けざまに攻撃を仕掛けたのはやはりヴィリムくんだ。

 仲間の死を横目に驚愕するも、すぐに臨戦態勢に入ったゴブリンへと勢いそのままに突きを放つ。

 その突きは既の所で躱されるも、突然の奇襲に余計な力が入ったゴブリンはそのまま体勢を大きく崩して隙を晒す。

 それをヴィリムくんが見逃すはずもなく、二撃目でその首を綺麗に断った。


 他の子たちも我先にと混乱只中にあるゴブリンを次々と倒していき、巣穴である洞窟の外に居たゴブリンたちがその数を大きく減らしたことによって、急襲から始まったこの緒戦は僕たちの勝利に終わった。


 あれ?僕なにもしてないですけど。


 いつもなら僕も一体くらいは殺すのだが、数が少なかったこともあってか、僕の出番はなかった。

 しょうがない。

 他の子たちがウォーモンガー過ぎるのがいけないのだ。きっとそうだ。

 ポランくんとヴィリムくんがそれぞれ二体ずつ倒している事実からは目を逸らしておこう。


 僕は心の中で言い訳をしながら、ヴィリムくんへと駆け寄った。


「ん?なんだよ。っておまえまだ手柄なしかよ」


 手ぶらでごめん。

 僕は首を二つ引っ提げるヴィリムくんを見て少し引きながらも、戦いの最中に感じた疑問を口にした。


「今日のゴブリンタち、妙に反応が早くなかっタ?」


「は?そうか?……いつもと変わんねぇと思うけど」


「そう、かな」


 エクルットさんの咆哮染みた喊声は冗談抜きで音響兵器だ。

 それに銅鑼のような金属音も同時に突然と轟けば、ゴブリンたちは平静でいられない。

 怖気づいたいつものゴブリンであれば、僕たちの上からの奇襲に成す術もなくやられている……はずだ。

 それがヴィリムくんが相手にしたゴブリンは拙いとはいえ、回避行動を見せた。

 誤差の範囲と言えばそうかも知れないが、その光景が妙に胸に引っかかった。


「おまえ。自分が一体も倒せなかったからって言い訳のつもりか」


「そういうつもりじゃないよ!」


 失敬な。

 本当に感じたことだ。

 ちょうど言い訳に使えるかな、とは思ったけど……


「うーん。数も少ないんだよね。奇襲でヴィリムくんが二回も攻撃する必要があったのが少し気になって……」


「俺が未熟だって言いたいのか!?」


「違うよそうじゃないって!言い方が悪かっタよ、ごめん」


 彼のプライドを刺激してしまったらしい。

 事実、ヴィリムくんがこれまで奇襲で一撃で終わらせられなかったことは僕が見て来た中では一度もない。

 ゴブリンの問題だけでなく、彼自身の体調の問題の可能性もあるから多少は気に掛けてほしんだが、センシティブすぎる。

 それも含めてエクルットさんに報告に行こうかと考えたが、どうやらそんな暇はないようだ。


 洞窟の暗闇から僕らの一団へと矢が襲い掛かった。

 空気を切る鋭い音の直後、金属のかち合う音で矢が叩き落とされたのだと耳で確認できた。

 落としたのはポランくんだ。

 どうやら矢が飛来した直後、その大きな剣を盾にして身を守ったらしい。

 さすがポランくん。素晴らしい反応だ。


 光届かぬ洞窟の奥から、無数の怪しい灯かりが暗闇に浮かび上がった。

 ギンギンにぎらついたその殺意に満ちた眼光が、暗闇から一斉に飛び出した。


「連戦だ!」


 ポランくんが、真っ先に飛び出した一匹のゴブリンと剣を交わして本格的な交戦へと戦いは移行。

 奇襲でない正面の戦闘であるこれからが、本当の戦いの始まりだ。

 ヴィリムくんや、他の子たちも交戦を開始。

 九歳児の彼らとゴブリンの体格はそう変わらない。

 しかし、流石は戦闘民族。

 一対一ではまず負けないし、二体同時でも見事に攻撃を躱し、防いで戦いを有利に進めている。

 倒すスピードは落ちるが、数の違いを考慮すれば上々な出だしだ。


 僕は彼らから数歩離れた位置から手助けが必要そうなところへと回り、そしてまた全体を見る、という遊撃的なポジションを取った。

 それだけ彼らのレベルが高く、戦力がこちらに大きく傾いているということだ。


 正直ゴブリンでは僕たちの相手にならないと思う。

 しかし、これも実戦勘を養うための大事な訓練だ。

 気を抜いて良いということにはならない。

 ここらへん、ゴブリンくらいしかいないからなぁ、今の僕らに丁度いいのって。


 もう何体のゴブリンを倒したか。

 あちらこちらにゴブリンの死体が転がっている。

 僕の周りにも数体の首が転がっている。

 数はポランくんやヴィリムくんたちに比べたら少ないが、正真正銘僕が殺したゴブリンだ。

 正直、気分の良い物ではない。


 それでも僕は自分に襲い掛かるゴブリンたちの体を自分の剣で切り伏せる。

 手に伝う生々しい感触と、顔に掛かる生暖かい返り血を、極力気にしないようにしながら戦いを続けた。


 戦いは体感、十分程度で終わりを告げた。

 いつもの倍早い。

 数が少ないのだ。

 洞窟の穴の大きさを考えるに、もう少しいてもいいような気もするが、もうこれ以上出てくる気配もなかった。


「ポラン!お前何体だ!」


「今日は八体だ。むぅ、いつもより少ないな……」


 ヴィリムくんとポランくん以外にも、それぞれが戦果を確認し合っている。

 皆、そろそろ数がいつもより少ない事に気付き始めたようだ。

 ちなみに僕はこの中で断トツ最下位です。

 三体しか殺してないです。はい。


 終戦ムードが漂う中、僕は周囲に警戒を張り巡らせる。

 未だに拭えない違和感が、僕から安堵を遠ざけている。

 周囲を見渡し、そして洞窟へと視線を向ける。

 気配が消えたその洞窟を見ているものは今や一人もいない。


 なにか、いる気がした。


「おい、ガキども。まだ戦いは終わっちゃいねーぞ」


 エクルットさんが崖上から降り立つ。

 二十メートルくらいありますけど、ひとっ飛びで簡単に降り立つのやめて貰えます?びっくりするから。


 僕の隣に立ったエクルットさんが、僕の頭にぽん、と手を置いてみんなに喝を飛ばした。

 その言葉に首を傾げた子どもたちだったが、その答えはすぐに訪れた。


 空気が変わり、急激に重くなる。

 洞窟の奥から、ゴブリンが現れた。

 しかしその体躯は僕らよりも大きく、大人の女性ほどもあった。

 ゴブリンにしてはあまりに大きい。

 少なくとも僕は今まで見たことがなかった。


「ホブゴブリンだ。お前たちにはまだ早い相手かもな。まぁ、ガチれば倒せそうな奴は何人かいそうだが」


 僕の頭に置かれたままの手が強めに僕の頭を撫でる。

 少し痛い。

 禿げそうだからやめて欲しい。


「お前らに無理やりあいつと戦わせても良いが、この際だ。俺の戦いを見せてやるよ」


 エクルットさんはそう言ってホブゴブリンの方へと歩み始めた。

 剣を抜き、盾を取り、相対す。


 周囲に無数に転がる、変わり果てた仲間を見渡したホブゴブリンが怒りに咆哮を上げた。


 声が腹の底を叩き、思わず足が半歩後ろに下がる。

 畏れすら感じたあの白虎とはまた違う、純粋に格上の存在感に僕の足が竦んだ。


 そして、全身の筋肉を隆起させたホブゴブリンがエクルットさんへと襲い掛かった。

 

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