第22話 ゴブリン
夜、アザレアを交えた母との食事。
父が長いこと家を離れているため、この食事風景は今ではすっかりと見慣れたものとなっている。
会話はそう多くない。
気まずいとかそう言う事ではなく、話題が少ないのだ。
なんて言ったってテレビもネットもない、よそと交流も少ない小さな村だ。
代わり映えのない小さな村落に新しい話題なんてそうそう降ってはこない。
それでもアザレアが加わったことで、会話には時折花が咲く。
「うわっ、それ僕のダぞ!」
疲労から来る睡魔と戦いながらご飯を口に運んでいた僕の隙を突いて、アザレアが僕の大事なおかずを横からかっさらっていきやがった。
眠気など怒りで吹き飛んで、アザレアの頬を両手で鷲掴む。
咥えて離さない腸詰を取り返そうとするが、アザレアの抵抗が思ったより激しい。
ここ最近アザレアの成長には目を見張るものがある。
やはり人間と比べると、その成長速度は驚異的だ。
僕なんかよりあっという間に大きくなりそうだ。
僕の抑え込む力に抵抗し、顎を上に向けるアザレア。
一気に飲み込むつもりだ。
「させるか!」
呑み込まれるよりも早く、僕は人間様のプライドもかなぐり捨てて、その腸詰に食いついた。
「あらあら。行儀が悪い」
母が呆れた様子ながらも頬に手を当てて僕とアザレアの醜い骨肉の争いに微笑んでいた。
行儀が悪いのは百も承知だが、大事な食糧を横から搔っ攫われるのを大人しく指を咥えて見ていられるほど、僕は無欲じゃない。
飯だけは許さん。
僕は半分以上を咥えこむとそれを勢いよく噛み千切った。
ふむ、六;四といったところか。
「僕の勝ちダね、アズ」
僕は勝ち誇った顔を盗人に向けると、その盗人は悔しそうな顔で少ない方の腸詰をむしゃむしゃと頬張っていた。
僕は妙に歯ごたえのある腸詰を飲み込み、気持ちよく食事を再開した。
「四取られてるから、どちらかと言えば負けよ?リオン」
母の言葉に僕の頭に電撃が走った。
勢いよくアザレアへと顔を向ける。
そこには「騙されてやんの」とでも言っていそうな白畜生の姿があった。
僕に言いようのない敗北感が襲う。
でも母の食事は美味い。
「そんなに好きなら次からはもっとたくさん用意しておくわね。リオンが気に入ってくれたみたいで良かったわ。最近だと余りがちな食材だから」
「あまりがち?」
王国からの支援が行き届いた現在だが、食材を大切にする村の文化は依然として根強い。
そんな中でも余りがちとはどんな食材だろうか。
「そう。リオンたちが最近お稽古でたくさん狩ってくるから、持て余しているのよね」
「狩る?」
僕らの年代が訓練で狩る相手とはほぼほぼ……
「……え?ゴブリン?」
「そうよ」
にこにこと笑う母に僕は苦笑いを浮かべた。
確かにあのゴブリンはこの「冬の大地」にも適応進化しており、数はそこそこ。脂もそこそこ。
まさか魔物食だったとは。
そう言えば真っ先に食べた肉は妙に脂が乗っていたように思う。
味はいまいちだったが、元がゴブリンだと考えると意外な味と言った印象に変わる。
人型の魔物というところに抵抗は感じるが、食べた方が供養になると考えるとその抵抗感も多少は和らぐ。
しかしあの腸詰は脂も乗っていなければ、妙に硬くてのど越し最悪だったが一体どこの……
「まって」
「どうかした?リオン」
「さっきの腸詰ってゴブリンのどこなの……?」
「腸詰?……あっ」
それだけで回答としては十分だった。
「おえっ」
僕は吐き気を催した。
「だ、大丈夫リオン!?」
母が一応滋養強壮に良いだの、高たんぱくだのと食材を喧伝しているが、そういう問題ではなかった。
僕はなんとか吐き気を堪えることに成功した。
「ご、ごめんねリオン。お母さんリオンの体に良い物をと思って」
「だ、大丈夫」
母に弱い僕だ。
そんな慌てる母を責めることなどできない。
ジビエ。
そう、これはジビエだ
。 僕はそう自分を納得させることにした。
「……っ、……っ、……っ」
部屋の隅でアザレアがえずいていた。
「もっタいないから吐くなよ」
◆
気が重い。
よりにもよって昨日の今日だ。
「いつにも増してやる気なさそうだな」
表情を暗くする僕にヴィリムくんが話しかけてきた。
やる気がないんじゃないんです。
気が重いんです。
「その調子なら今度も討伐数で俺の勝ちだな」
一月程度に一度行われる──「山狩り」。
魔物のいるテリトリーへと、エクルットさんの引率の元に狩りを行う実戦形式での訓練だ。
繁殖力の高いゴブリンの間引きも兼ねた実利のあるこの山狩りは、一番多くゴブリンを倒した者にその栄誉が贈られる。
とは言っても子どもたちの間でのマウント合戦にしか使えない程度だが、競争心の高いこの村の子どもたちからしたら、それは非常に効果的な勲章だった。
「ヴィリムくんはすごいよ」
栄誉とか興味のない僕からしたら、あまり積極的に殺して回ろうとは思えない。
狙うのは手近にいる相手だけ。
それでも訓練だ。
僕はゴブリンたちの全体の動きの観察と、戦いの中での行動パターンの解析を中心に戦うことを決めている。
そうなると自然と討伐数は少なくなる。
これまでのヴィリムくんとの戦績は漏れなく全敗だろう。
こっちは競争しているつもりはないんだけど。
「でもリオンの戦いは堅実で俺はすごいと思うぞ」
そう言って僕とヴィリムくんの会話に割って入ってきたのはヴィリムくんよりも尚大きな体をした子ども。
僕の最初の友達と言っていい(そうであってほしい)ポランくんだ。
「ポランくん!」
人当たりが良く、周囲からの人気の高いポランくんのことは僕も好きだった。
彼は最初から今までも変わらず僕と仲良く話してくれている。
大人たちからの期待も高い彼はその分訓練も厳しく、あまり話す機会がないため、こうして一緒になれる合同訓練は非常に貴重だ。
僕の一個上だが、その年代の子たちの筆頭格がこのポランくんだ。
そんなポランくんをライバル視しているのか、ヴィリムくんの目つきがまた鋭くなる。
ヴィリムくんも凄いのだが、ポランくんはもうひとつ頭が抜けている。
「今日は俺が勝つからな!ポラン!」
「おう。俺も負けないように頑張るぜ」
二人は青春の一ページを書き記すようなそんな友情味溢れる言葉を互いに交わし、ヴィリムくんが勇んで前へと進む。
これが部活のスポ根ものなら青くていいんだけど。
血みどろだからなぁ。
額に汗をキラキラとさせ、ゴブリンの首を片手にその数を競う二人のいつもの光景が脳裏に広がる。
うん。猟奇的だ。
「リオン。お前にも期待してるからな」
「う、うん」
にこにこと無邪気な笑顔を見せるポランくんに僕の頬が引き攣る。
期待は嬉しいが、ひとつ上の年代グループに突っ込まれている僕の身にもなってほしい。
ついていくのでやっとです。
雪が少しずつ降り始めた秋の終わりに差し掛かる山の中。
子どもたちの集団がその場で足を止めた。
「ゴブリンの巣だ」
エクルットさんがしゃがみ、後ろの僕たちに「静かに」というジェスチャーを送る。
途端、水を打ったような静寂の中、崖の下から聞こえてくる耳障りな声。
しんしんと小雪の降る山の風情を汚すようなその声に、周囲の子たちが奮い立つ。
いつでも武器を抜けるようにしたヴィリムくんやポランくんたちを見止めたエクルットさんが遂に剣を抜き、盾を構えた。
エクルットさんが静かな声で戦いの注意事項と最終確認を終えて、その剣と盾を打ち鳴らし、喊声を上げた。
「総員、突撃ぃぃいいい!!」
空気を震わす程の大音声。
木々に積もる雪が一斉に落ちるほどの開戦の合図に、僕たちは一斉に崖を駆け下りた。




