第21話 合同訓練
今年で八歳になった。
相変わらず生傷の絶えない生活ではあるけれど、それもようやく慣れてきた。
当時はいつ死ぬかとひやひやしていた「崖転げ」だって、今や毛むくじゃらを殺したあの渓谷の崖を毎日のように転げ回るほどにその腕を上げている。
今では歳の近い子どもたちが僕を見て、憧れの眼差しを寄越してくるほどだ。
真っ白な虎を連れて歩いていることもあってこの村の中ではよく目立っているのか、最近では大人たちや僕より小さな子どもたちから声を掛けてくれることも増えてきた。
まぁ、大体みんなアザレア目的なんだけどさ。
同年代、ひとつ上の子たちからは、未だに何となく避けられている。
一個上の子たちと合同訓練を行う様になってからは最低限の会話をする程度で、その態度はどこかよそよそしい。
そんなに嫌われるようなことをした覚えはないが、彼らの目には敵愾心が時折見られるような気がする。
それがどういった意味のものなのかはよく分からないが、仲良くなるのは難しそうだ。
この訓練を通じてどうにか仲良くなりたいと思っている。
「また防御ばっかりで塩試合にするつもりかよ!」
「ちょ、はげし」
ヴィリムくんから繰り出される激しい木剣による猛攻を必死に捌く。
肉体強化を禁止された、戦技中心の合同訓練は僕にとって厳しいものだ。
攻撃の手段を身体強化による力任せに頼り切っているからだ。
こうも激しく攻められては、僕なんかには攻撃の糸口も掴めない。
僕よりひとつ上で体格にも勝るヴィリムくんの攻撃を連続で凌ぐのは想像以上に厄介だが、力を上手く流すことができれば捌き切るのも不可能ではない。
ヴィリムくんが目の前で木剣を大きく振りかぶる。
その隙はとても大きい
僕はそこ目掛けて突きを放った。
「ありゃ?」
「ほんと攻めんの下手だなお前」
半身になって避けるヴィリムくんは呆れたような顔をにやりと歪ませて、腕を伸ばしきった僕に振りあげたままだった木剣を振り下ろした。
「やっと一本だ!」
「えいっ」
それを呆気なく柄尻で叩き、軌道を逸らして伸びた腕を身体に戻す。
そして改めて防御の姿勢を取った。
どうやら僕の安直な攻撃は彼には通用しないらしい。
それなら負けないように防御を固めるだけだ。
「ぐぎぎっ」
ヴィリムくんが歯を食いしばって悔しがっていた。
しかし、深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻すと、再び木剣を正眼に構えて尖った目を僕に向けた。
お互いに出方を窺うにらみ合いがしばし続く。
総合的に優れているヴィリムくんと、防御に偏っている僕とでは自然とこういう形が多くなる。
攻めと守りでは疲労の度合いが違うからだ。
下手に攻めても時間と体力の無駄だと理解しているヴィリムくんは出来るだけいい形で攻撃に入り、形勢有利のまま攻め崩したいのに対し、僕はヴィリムくんの初手に注意深く警戒しなければならない。
最初の一手で勝敗が分かれる。
「はーい、そこまで~」
間延びした声が試合の終わりを告げた。
「エクルットさん!決着つくまでやらせてください!」
子どもたちの教導役を務めるエクルットさんにヴィリムくんが猛抗議を見せた。
正直僕としては終わってくれて安心した。
それくらいヴィリムくんの攻撃は、肉体強化なしの状態では重たくてしんどい。
否応なしに防御技術が鍛えられるほどだ。
僕は痺れる手首を揉みほぐしながら、がみがみと大人の男性にクレームをつけているヴィリムくんに頼もしさを感じながら、その様子を黙って窺った。
「色んな奴とやり合った方が成長が速いから。ほらほら次の奴探して組み合え」
どうどうと荒ぶるヴィリムくんの噛みつきを慣れた様子で躱すエクルットさん。
この村の男性にしては温厚な人だから僕はこの人が好きだった。
訓練とかサボっても見逃してくれそうだ。
まぁ、サボらないけど。
取りつく島がないと感じたのか、ヴィリムくんが諦めた様子で他の空いている子を探し始めた。
一瞬、強く睨んできたのを僕は見逃さない。
そんなに塩試合になったのが気に障ったのだろうか。
恨むなら僕の攻撃センスのなさを恨んでほしい。
肉体強化を制限されたこの訓練では、僕は不人気な相手らしい。
僕の攻撃は基本相手に通じないし、だからと言って相手の攻撃も僕には通じない。
必然、生まれるのは無駄な体力の消耗を避けたにらみ合いと鍔迫り合い。
敢闘心の強いこの村の子どもたちの性格とは、僕は馬が合わないのだ。
体の相性が悪くてごめん。
「リオン。頑張ってるな」
エクルットさんが僕に優しく声を掛けてくれる。
身長が高く、細身ながらしっかりと筋肉で覆われた上質な戦士の肉体を持つ、僕たちの教導役兼この村に残った警備役の男だ。
この村の周囲に脅威となる魔物は非常に少ないが、以前の精獣の件もあり、村に正規の戦士を置くことになったらしい。
そして白羽の矢がたったのがこのエクルットさんだ。
ぶっちゃけかなり強い。
子どもを産んで戦場を離れているだけの元戦士の女性たちもかなりいるため、村周囲の状況を考えるとやや過剰な戦力にも思えるが、僕としてはいるといないとでは安心感が段違いだ。
もうあの時の精獣みたいに自分よりも圧倒的に強い奴と戦う羽目になるなんて御免だから。
「ヴィリムくんにはそう思われてないみたいですけど」
突然喧嘩を売られて一方的に殴られた事件の時も、僕の姿勢に反感を示していた。
彼は全力で殴り合いたいらしい。
悪いが僕じゃ役者不足だ。
「ははっ。あいつもただお前にライバル心を抱いているだけさ。リオンが頑張っていることくらい、あいつも本当は知っている」
この村の男性にしては珍しい柔和な笑顔を見せるエクルットさんが、訓練を続ける子どもたちを見渡しながらそう言う。
ライバル視、と言われてもピンとこない。
みんな僕より体が大きいし、攻めに関しては僕より遥かに上手だ。
精獣討伐なんて偉業はすぐに子どもたちの間にも広がった。
あの死闘を思い出す。
弱り切っていた上に、手加減までしてくれたからこそ、僕はあの白虎を倒す事ができたにすぎない。
運が良かっただけなのだ。
何度かそう説明もしたのだが、それでも納得はしてくれなかった。
「まぁ、攻撃センスのなさには呆れてるだろうけどな」
「うぐっ」
突然痛い所を突いてくる。
僕自身の今一番の悩みと言ってもいいだろう。
「でも防御に関しては、俺も驚くほどだ。流石はジールさんの倅と言ったところかな。さぞ苛め抜かれたんだろうな」
エクルットさんの言葉を聞いて顔が青ざめる。
思い出すだけで冷や汗が出てきそうだ。
「うわ……ほんとに厳しそうだな」
僕の顔を見て、苦笑を浮かべるエクルットさん。
トラウマを引き摺りだすのは勘弁してほしい。
「思い出さないようにしてタのに……」
「す、すまん」
気まずそうにするエクルットさんが、なにかを見つけると、誤魔化すように僕の背中を押した。
「ほら、今日の合同訓練はこれで終わりだ!可愛らしい彼女さんがまってるぞ!」
「わわっ」
つんのめる態勢をどうにか取り戻して、エクルットさんの指さした方を見ると、そこにはユエがいた。
小型犬ほどに成長したアザレアの隣に座るユエもまた、あの頃から成長している。
まだ高い日差しがまばらに差し込む木洩れ日の下。
陽に照らされた銀の髪の少女が白い毛の子虎を膝に抱え、幹に凭れ掛かって眠っていた。
顔立ちも少しはっきりとし始めたユエが、アザレアと一緒に日陰と木洩れ日の織り成すコントラストの中にいる光景は、僕の目から見ても非常に幻想的だった。
僕はそんな二人に近づいて、起きる様子のない警戒心ゼロの二人のほっぺを同時につっついた。
「……あれ、おはよ。リオン」
「おはよ、ユエ、アズ」
僕は目を擦るユエと大きな欠伸をするアザレアを見て、訓練の疲れが一気に吹き飛ぶような感覚を味わう。
訓練も終わって、可愛い二人とこれから自由な時間を楽しむと考えるとなんと幸せなことだろうか。
よし、憩いの場はいつものハウルたちのところだな。
「じゃあリオン」
ユエが僕の手を握って立ち上がる。
お、遊びにでも行くのかな?
「これから私の訓練に付き合って」
「……」
君もやっぱりこの村の子だよ。
僕訓練終わりの疲れた体に鞭を打つことに決めた。
おまたせ致しました
二章スタートです
二章完結まで毎日投稿の予定ですので及びブックマーク及び高評価よろしくお願いします_(._.)_
四季訪




