2話 なんかやばくね?
この世に再誕して一か月ほどが過ぎた。
母の熱心な子育てのお蔭で僕たち兄弟はすくすくと元気に育っている。
それはもう毎日元気にぐずるものだから、いつも間に挟まれている僕のメンタルはゴリゴリと削られる日々を過ごしているが、驚くべくは僕個人の、それとも赤ちゃん特有の適応能力の高さなのか、だんだんと慣れ始めてきた自分がいることに驚いたんだよね。
今日も母の乳房に口を吸いつけて無心になって吸う。
最初は恥ずかし半分いやらし半分といった赤子らしくない感情だったが、身体が赤ん坊そのものだからなのか、それとも若くて綺麗とは言え自分の肉親だからなのかは分からないが、途中から何も感じることはなくなっていた。
ただの食事風景となった授乳。
泣きじゃくる子を先に飲ませるからか、最近僕の番でいつも母乳が足りなくなることが増えてきた。
空腹を少し感じるが、子育て疲れで少しやつれた母に、泣いてアピールすることができず、出なくなった乳を吸い続けて誤魔化している。たまにはぐずってみた方が良いだろうか?
このまま空腹が続けば最悪体の成長に悪影響が生じかねない。
「……────……リオン……────」
母が何を話しているのかまだ理解することは出来ない、
リオン。
それが僕の名前であることだけは理解できた。
他の兄弟と同じくらいの時間吸って、口を離して満足そうに笑って見せると、母が僕を含めた三人の兄弟を前と背中に背負って、外に出た。
外は寒く、乾燥している。
生まれて初めての外の空気は新鮮でおいしかった。
前の世界と、どことなく違う気がする。
排気ガスがないからだろうか?
屋根の低い家が周りに幾つか見える。
こんなに寒いのに、子どもたちは元気に辺りを走り回って遊んでいる。
母のような歳の女性たちが、せっせと動物の肉をブロック状に切り分けて、地下へと運び込んで行っている。
冬に備えた準備かもしれない。
母が僕らを紹介するために村の人々に挨拶をして回った。
子どもたちを見ても思ったが、ここの住人は皆色素が薄い。
髪は、若い人ほど銀色に近く、年配になるにつれて白くなっていく。
肌も当然に、雪のような白さだ。
僕から見れば、皆容姿が良い。
まるで妖精の里のような村だ。
もしかしたら僕もこんな風に、銀髪美少年に生まれ変わっているのだろうか。
将来有望そうな目鼻立ちをした兄弟を見るに、自分にも期待ができる。楽しみだ。
なにせ僕らは三つ子だからね。
「────……──────!」
誰かの強い声が聞こえた。
僕はその方向に顔を向けると、そこには両親と同年代くらいの男が、まだほんの小さな男の子を大人の背丈ほどの段差から蹴り落とす光景が広がっていた。
は?
思わず目を剥いた僕は声にならない声を漏らした。
子どもはまだようやく一人で歩き始めたくらいの歳にしか見えない。
そんな子どもが僕の目の前で、段差に身体を打ち付けながら、転がっていく。
運よく頭を打たなかったのか、子どもが元気に立ち上がる。
そして子どもが全身を使って段差を不器用に上がり、自分を蹴落とした親の元まで戻ると、満足そうな顔をした親にまた蹴落とされた。
それを笑顔で繰り返す子どもと親を見て、僕は顎が外れそうな程に愕然として固まった。
虐待だろ……
どんな家の教育方針だよ。
僕は虐待にしか見えないスパルタ過ぎる子育てを前に、自分が優しい母の元に生まれたことを神様に強く感謝した。
まぁ、あんな家は極まれの大外れ枠だろうし、気にすることはないだろう。
僕の母は綺麗で優しい聖母様だ。
僕は可哀そうな子どもから目を逸らすように、反対を向くと、別の子どもが宙を舞っていた。
さっきの子よりも位置エネルギーは高そうだ。
……
大丈夫。僕の母親は優しい人だから……
現実から目を背ける中、挨拶を終えた母に連れられて家へと戻る。
疲れているのだろうか、母の表情は暗い。
何かに必死に耐えるような様子が印象的だった。
なにをそんなに辛そうにしているのか、言葉が分からない僕には理解できるはずもなかった。
ここ数日帰らない父になにか関係があるのだろうか。
母がベッドではしゃぐ僕たち三人の頭を撫でて小さく微笑む。
やはり陰が見え隠れするような笑顔だった。
僕は激しい眠気に抗えず、母の手の温もりに誘われるように瞼を閉じた。
◆
激しい口論で目が覚めた。
眠っている間に帰ってきていた父と、珍しく口を荒げている母が激しく言い合っている。
嫌な光景だ。
転生してきた身であるとはいえ、仮にも親の口論というのはどうしてこうも胸が落ち着かなくなるのか。
両隣の兄弟も遅れて目を覚ますと同時に、二人の口論を仲裁するように大泣きし始めた。
それを見た父は背中を向け、母が慌てて僕らに駆け寄る。
必死に宥める母の目には大粒の涙に溜まっていた。
その涙を見て、口論の内容を邪推する。
お決まりの所で言えば父の不倫と言ったところだろうか。
母が男を作ったとは考えられない。
なんせ母は僕らに付きっ切りだからだ。
家に中々帰らない父であることを考えれば、結構良い線を突いているかもしれない。
こんなに美人な妻を持って他に女を作るとはなんて酷い話だろうか。
人として軽蔑してしまう。
まだそうとは決まった話ではないが、男女の口論なんて大体相場が決まっている。
不倫か育児の問題だ。
どっちにしろ、僕は直接育てて貰っている母の味方であることには変わりない。
ほとんど顔も見せず、育児にも参加しない父に良い印象は正直ない。
それで母を泣かしているというのだから、僕からしたらクソ親認定には十分だ。
父はなにか一言二言母に声を掛けると、また家を出て行ってしまう。
母は振り返りもせず、僕らに必死の愛を送り続けていた。
ヴェル、サリー、そしてリオン。
何度も何度も僕らの名前を呼んで。




