第16話 ユエ
ユエは、生まれながらに特別な力を持っていた。
それは他者の肉体や魔力に干渉する力。
干渉系魔術のそれとは違い、先天的な感覚だけで行使されるその力は、今の時代よりもひとつ前の時代────魔法文明に起因するものだと言われている。
精霊から引き継がれた世界に根差す力である魔法。それがユエの持つ力の正体だった。
その力は同時にユエに高度な魔視の力を与えた。
魔視は魔力操作に秀でた人物が、目に魔力を集中させた際に発現する。
空気中の魔力や人物に流れる魔力を視認する力であると言われ非常に有名である反面、その実使い手は限られているとされている。
その二つを持つユエは、干渉系魔術など目ではない程に、大きな効力と器用さを併せ持つ類まれな干渉系の《《魔法使い》》として将来を期待されていた。
だからだろうか、そんな特別な力を持つユエは、産まれて間もない時分から大切に育てられることとなる。
その反面、同い年の子たちからはユエに対してどこか敬遠気味な雰囲気を、ユエは幼いながらに感じることが多くなり、距離を置き始め今に至る。
ユエは毎日がとても退屈だった。
そんな中、ユエはとある少年と出会う。
親同士の子どもの顔合わせで出会ったその男の子は、ユエが見たこともない魔力をその身に宿していた。
通常、一人の人間の持つ魔力の形質というのはひとつだけ。
それがこれまでユエが見て来た世界の常識だった。
しかしそんな小さな女の子の常識をその少年は覆した。
中心にある、物悲しい色をした魔力と、それを挟み込む少し暖かみを感じる魔力。
少年の中には三つの魔力が寄り添うようにして存在していたのだ。
だから最初彼に会った時、見慣れないものがすこしだけ怖くて目を合わせられなかった。
それから、たくさんの村の人たちをこの目で見てきたが、彼のような人は一人もいなかった。
外国からこの地に派遣されてきたという兵の人たちの中にも当然いなかった。
だから気になった。
彼はどうして、三つも魔力の形を持っているのだろうと。
一回気になれば、好奇心旺盛のユエの事だ。
もうあの少年のことで頭の中が一杯になってしまう。
そうなれば後は行動あるのみだった。
ユエはハウルたちの間に埋もれて幸せそうに顔をだらしなく緩める少年を見つけると、居ても立ってもいられなくなって、その顔をじっと見つめた。
近づいた途端、彼の魔力が少し形を変えた。
気づかれたことにユエもまた気付く。
魔力はある程度人の心の内を明かす。
だからこうして具に観察すれば、ある程度何を考えているのかを察することができるのだ。
(!?)
次の瞬間、少年の魔力がぶわっと膨れ上がった。
びっくりしたユエはその場から退くと、さっきまでユエの立っていた場所を少年の腕が搔いていた。
(かけっこ?)
どういうわけか、自分を捕まえようとする少年に、ユエはわくわくとした気持ちになった。
何度も避けていると、少年がムキになり始めているのに気付いたが、それでも無邪気な内心を見せる少年に、ユエは釣られて楽しんだ。
「あ!UFO!」
少年が聞いたこともない単語を発した。
その時の少年の顔は、無駄に表情の彫りが深くてユエは少し気持ち悪く感じた。
だけど、ユエはその言葉が気になって、その少年に聞かずにはいられなかった。
その日から、少年はユエが知らないことを色々と教えてくれるようになった。
賢いユエはその話が、大体嘘だと分かっていても、変に迫真に迫ったその作り話に魅了されてしまった。
特に食べ物に関しては興味と涎が尽きないほどだ。
ユエは気付けば、その少年と友達と呼ぶに相応しい関係になっていた。
それに気付いた時、ユエは毎日が楽しくなった。
そんな少年もこの村の風習で、毎日のようにボロボロになっている。
他の子たちもユエから見ると大変辛そうに見えるが、その少年の訓練は輪を掛けて酷かった。
なんなら、彼は自分から自分を追い詰めているようにもユエには見えた。
あの少年はまだ気づいていないようだが、普通ひとつ上の子たちと同じ土俵で訓練なんかしない。
体の成長の差が激しい時期、一歳差の体格差は馬鹿にならない。
だというのに、彼はポランというひとつ上の少年とよく一緒に崖を転がっていた。
それも自分から勢いを付けて大きくジャンプする子なんてこの村でもいない。
しかも魔力による身体強化で跳躍力を高めて自ら飛び込むなど考えられない。
ほら、周りの子も少し引いている。
それで怪我ひとつないというのだから何かの間違いかと思ってしまう。
そんな少年でも戦いは苦手なのだと、彼から直接愚痴られた時は少し衝撃だった。
(やっぱり違う)
この少年はやはり、この村の子どもたちの誰とも違うと、この時ユエは思った。
それと同時にユエは少し嬉しくなった。
彼に抱いた第一印象は、「優しい人」。
それが間違ってなかったのだと証明されたみたいで、ユエにとっては好ましいことであった。
だからそのままで良いと、自分の想いを率直に伝えたが、彼はそれを聞いてはくれなかった。
耳には届いていたはずなのに、彼は自分の本音を誤魔化すように、「強くなる」といった。
その時の辛そうな顔が、ユエの胸にチクリと刺さった。
元気付けたい。
ユエは素直にそう思った。
どうすればあの少年は喜んでくれるだろうかと必死に考えた。
そうして、ユエは思い出した。
少年が幸せそうな顔で説明してくれた、森の中にあるという、甘い甘い黒色の「たけのこ」と呼ばれるお菓子の事を。
そんなものあるわけないと思っていたが、それと同時にそれを話す彼の、どこか懐かしそうな顔に嘘はないと、ユエは感じていた。
だから試しにと、ユエは近くの山へとそれを探しに行った。
彼は「里」にあるとかなんとか言っていったが、ユエには里がなんなのか良く分からない。
それに話の途中、別のもの。なんだか敵対視しながら話していたものは「山」にあると言っていた気がするから、それもきっと山にあるだろうとユエは適当に考えた。
普段はあまり立ち入りに良い顔をされないが、特段怒られるという事もない。
ここら一帯は普段から訓練中の少年少女たち含め、大人たちが狩りに頻繁に出かけているため、魔物や野生動物による被害が少ないからだ。
元々寒冷地域ということもあり、生物の数自体が少ない。
繁殖力に優れるゴブリンもいるが、ユエが魔法を使えば余裕で倒せる程度の木っ端な魔物でしかない。
だからユエは特に警戒することもなく山の中へと足を踏み入れた。
そして中で「たけのこ」を探している最中、聞きなれない子どもの声がユエの耳に届き、後ろを振り返る。
するとそこには村の中で何度か見たことのある少年がこちらへと走ってきていた。
「ゆ、ユエ。危ないだろ。ひ、一人でさ。なにしてるのかは知らないけど、俺もその、つ、付き合うよ」
どもりながら目を合わせない少年──ヴィリムにユエは、普段の印象と違うな、と思いながらも、好都合だとお願いすることにした。
「たけのこ。探して」
「た、たけのこ?なんだそれ?」
「黒くて甘いやつだって」
「そんなのがあるのか?」
「うん。大きくなる前に採らなくちゃ食べられなくなるんだって」
たけのこと竹の子をごっちゃにしているが、ユエには分からなくて当然だった。
「食べ物か。それ、どうするんだ?家族で食うのか?」
「リオンに上げる」
「……り、リオンのためか……そうか」
少し面食らったようなその子にユエは首を傾げた。
見慣れない魔力の変化だったからだ。
それが一体何だったのだろうと興味を持ったが、今はリオンの事が優先だと気を改め、二人は一緒になってあの少年が好きだという黒いたけのこを探し始めた。
探し始めてから数時間、陽が少し傾き始めた頃。
「ユエ。もうここまでしとこう」
ヴィリムからのその提案にユエは生返事を返した。
それほどまでにユエはタケノコ探しに熱中する姿をヴィリムに見せている。
ヴィリムはその姿に、複雑そうな表情を浮かべるも、ユエがそれに気付いた様子はなかった。
ヴィリムは溜息を吐き、再び地面に目を落としたその瞬間、ざざっとなにやら音がして反射的にその方向を見た。
「ユエ……?」
ヴィリムは突然姿が消えたユエを探してさっきまで彼女がいた場所を探す。
しかし、どこを見てもユエの姿はなく、ヴィリムが見つけたのは地面に空いた穴がひとつだけ。
その穴はどこまでも暗く、冷たい空気が流れてきていた。
「まさか」
ヴィリムはこの穴にユエが落ちてしまったのだと悟った。
穴の深さは分からない。
だけど気になる女の子を助けるため、その穴に足を踏み入れようとした瞬間、その穴から、獣のような唸り声が聞こえてきた。
それはどこまでも重たく、威圧感に満ちた獣の声。
ヴィリムが今まで出会ったことのない、圧倒的強者の存在感を放っていた。
「う、うわぁぁぁあああああ!」
ヴィリムはユエが落っこちたことも忘れて、我を忘れて山を駆け下りた。
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何卒
何卒
……何卒




