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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
継いだ命

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第14話 克服のためのスパルタ

「知ってる天井だ」


 目を覚ますと僕は自分の家のベッドに横たわっていた。


「やっと起きた」


 聞きなれた声が僕の横から聞こえる。


「お母さん」


 そこには少し涙ぐんだ母が座っていた。

 そして母が、僕の背中に腕を回した。


「よかった。無事で。生きててくれて本当に」


 涙声の母。

 だれが泣かしたのかと一瞬熱くなったが、それが僕のせいだと気付いて一瞬で冷めた。


 いや?父のせいでは?


 僕はここにいない過剰スパルタンに心の中で呪詛を送った。


「ごめんなさい」


 母を悲しませてしまった。

 胸がキュッと苦しくなる。

 僕の冷たい手を母が握る。

 その手の冷たさに、母は一度瞼を閉じると、僕へと微笑みかけた。


「謝らないで。悪いのは全部私たち大人なんだから。リオンは良く頑張ったわ。生きて帰って来てくれて本当にありがとう」


 抱きしめられる。

 母の温もりの中、母の息がかかる耳が少し擽ったい。

 僕は母を抱きしめ返す。

 まだ腕は回らないが、それでも以前に比べればマシだ。


「……やっと起きた」


「ユエ?」


 僕の部屋にユエが入ってきた。

 表情は相変わらず素っ気ない。


「どうしてユエが?」


 彼女が家にいる理由が分からなかった。

 玄関先までなら彼女が入ってきたこと何度かあったが、中にまで入ってくるのは初めてだ。

 しかもそれが僕の部屋だなんて、ちょっとドキドキしちゃう。


「ユエちゃんにリオンの体を治してもらったのよ。ちゃんとお礼をいいなさいね」


 治す?

 思わず首を首を傾げてしまう。

 どうやら僕は知らず知らずのうちに女の子とお医者さんごっこをしていたらしい。

 次は是非とも意識があるときにお願いしたい。


「ユエちゃんはね、干渉系の魔術が得意なの。それで私がお願いしてリオンを治してもらったの」


 干渉系。

 確か他者の肉体や魔力に干渉して、その人物に色々な効果を与えることを目的とした魔術系統。

 要はバフやデバフ、回復の技術が揃っている、数ある魔術系統の内の一つだ。

 でも僕が母から学んだ干渉系魔術はこんなに早く回復するほど効果が高いものではなかったような気がするが……まさかユエ、天才か?


「ありがとう。ユエ」


 それはともかく、僕は素直にユエにお礼を言う。

 こういう所はキチンとしておかないと、後々しこりを残しかねない。


「……ん。リオンが起きてないとつまらないから」


 どうやら話相手が欲しかったらしい。

 そう言えば前はチョコで出来たたけのこの話の途中だった気がする。

 話の途中で時間を思い出して慌てて帰ったのだ。


 ユエが僕に近づいて、僕の両手を取った。


「僕はもう、いタいトころとかもうないよ」


 再診かと思い、僕はユエに体の状態を伝えた。

 腕を回し、首を回して、特に痛みや違和感がないことをアピールした。

 やっぱりユエの腕がいいのだろう。


「不思議」


「なにが?」


 ユエはそれ以上なにも言わなかった。


「あらあら。仲がいいわね、二人とも」


 ふふふ、と上品に笑う母に、僕は慌ててユエの手を振り払った。


「わわっ」


 幼女相手にこれはまずいかもしれない。

 なんて言ったって僕は見た目は子ども、頭脳は大人の六歳児だから。

 学年で言えば丁度あの死神探偵団と同い年だ。


「あ」


 ユエが振り払われた手を見て、ほっぺたを膨らませていた。

 ハムスターみたいだ。


「リオンったら、恥ずかしがっちゃって。ごめんね、ユエちゃん。リオンがユエちゃんのことを嫌いだとかそんなのじゃないからね。これからも仲良くしてちょうだい」


 母が母特有のお節介を焼いてきた。

 なんだろう。この久しぶりな感じ。

 すごく恥ずかしい。


「大丈夫。私たち、マブだから」


「ま、まぶ?」


 僕が教えた言葉だ。

 ユエは自信満々にグッドポーズを母に見せていた。

 これも僕が教えたのだが、この世界では違う意味とかだったらまずいかも、と今更ながらに考えた。


「よく言葉の意味は分からないけど、仲良くしてくれるのは分かったわ。ありがとね、ユエちゃん」


 母に頭を撫でられるユエが気持ち良さそうに目を瞑っている。

 やっぱり、小動物みたいだ。


 そんなふんわりと温かいこの空気の中に、突然、異物が侵入してきた。


「起きたか。怪我が治ったならもう一度行くぞ」


 部屋の温度が数度下がったような錯覚すら覚えてしまう。


「ちょっとあなた。リオンは今目が醒めたばかりなんですよ。いくら何でも」


「こいつは殺すことに対して強い抵抗を感じている。そして殺した事実に対しても、いらん感情を抱いているはずだ」


 父の言葉に僕の体が恐怖を思い出して、微かに震えた。

 殺されかけた恐怖と、自分が生き物を殺したという強い罪悪感が戦闘の記憶のフラッシュバックと共に蘇る。

 殺さなければ自分が死んでいた、とかそんな理屈は通じない。

 僕の心は、そんな頭で考えた善悪だとか、正当性だとかを無視して、本能的に命のやり取りに恐怖していた。


 父は全て見抜いている。


「刻まれた恐怖は時間が経てば落ちることのない錆になる。そうなればこいつは二度と戦場に立つことは出来なくなるだろう。そうならないためにも、こいつには今のうちに敵を殺すことに慣れてもらわなければならない」


 トラウマの事を指しているのだろう。

 経験した劇的な失敗は、早い段階で成功体験で上塗りしなければ、トラウマへと変わり、二度と挑戦することができなくなってしまうという。

 向こうの現代社会でも時折耳にした言葉だ。


「別に珍しいことじゃない。世代ごとに大体一人はいる。それがこいつだったというだけの話だ」


 強い抗議をしようと構えた母に、、父が先制し、黙らせる。

 

 これがこの村のやり方で、強い戦士を育てるための教育方法なのだろう。


 本当にくそくらえだ。



 あれから僕はまた別の所へと連れて行かれ、魔物と戦わされた。


 ゴブリンと呼ばれるお決まりのあいつは、この極寒の地に適応してか、随分と脂肪を蓄えた姿になっていた。

 あの毛むくじゃらこそゴブリンだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 顔はよく似ているから近縁種かもとも考えたが、それも違うという。

 じゃあ、あれは何なんだよ。


 ゴブリンとの戦いは意外と呆気なかった。


 思った以上に弱かったのだ。

 攻撃は重たくないし、攻めの一辺倒で隙だらけ。数の利も上手く使えていない。

 なにより、投石に対してなんの手段も講じてこなかった。

 それが分かれば戦いは一方的だ。

 本当にあの毛むくじゃらたちはなんだったんだろうか。


 それでも戦いは苦戦となった。

 攻撃は拙くとも、僕がそこを上手く攻められなかったからだ。

 殺す、という覚悟を、僕は最後まで上手く決め切ることができなかった。


 結局、戦いは防戦一方となり、疲労が先に限界に達したゴブリンたちが僕に唾を吐きながらの退場という形で、殺し合いは幕を閉じた。


 父には溜息を吐かれた。

 子育ては大変そうだな。


 意外にも体罰はない。

 父はスパルタだが、手段以外で暴力を振るうことはないのだ。

 剣の稽古の最中だとか、崖へ突き落す時の足蹴だとか。

 感情的に暴力を振るわれたことだけはなかった。

 意外にも分別はしっかりとしているらしい。


 そう思ってしまう僕の感覚も、そろそろ末期かもしれない。


 結局、克服できないまま村に帰ってきた僕たちの横を、別の親子が通りすがった。


「おやおや。ジールさんじゃないですか。まさか手ぶらでお帰りですか?」


 いつか見た、厭味ったらしい男親だった。

 その隣にはあの日に喧嘩になった男の子、ヴィリムくんがゴブリンの首を二つ引っ提げて立っていた。


 僕はその光景に思わず顔を顰めてしまう。


「殺しに慣れさせている最中だ」


「慣れさせている最中!まさかジールさんともあろう方のご子息がそんな《《お優しい》》子だなんて。意外なこともあるものですな」


「そうだな」


「支援を頂いている王国との調整役でもやらせれば大層ご活躍されるのでは?戦いに向いていないあの国の人間とも波長がよく合いそうですから」


「それも考えておく必要があるかもしれんな」


「なぁ、もう行こうぜ親父」


 僕を見てしかめっ面をしたヴィリムくんが親の裾を引っ張った。

 ヴィリムくんの父は言うだけ言って満足したのか、息子のそれを聞き入れて鼻をひとつ鳴らすと、そのまま僕たちから離れて行った。


「……ごめんなさい」


 分かりやすい嘲笑に、僕は罪悪感を覚えて父に謝った。


「謝るくらいなら次に備えろ」


「はい」


 内心を窺えない父の声色に、僕は黙って俯いた。

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