第13話 初めての殺し
毛むくじゃらが僕を見て表情を歪ませた。
してやったりと言いたげだ。
投石は多分もう通じない。
最初の一撃は不意を突いたから成功しただけだ。
あいつらは投石に対する防御手段を獲得しているらしい。
あまりに予想外な展開に思考が真っ白になる。
どうしよう。
奴らの一体が僕の動揺を感じ取ったのか、こちらへと攻め込んできた。
僕は慌てて剣を抜いて奴のこん棒を防ぐ。
狙いは明らかに頭。
手に伝わる衝撃からして、防御が間に合わなければ一だ発でお陀仏だったに違いない。
心臓が痛くなってきた。
どくどくと早鐘を打つ鼓動が耳にうるさい。
全身の魔力を活性化させる。
体は軽くなったにも関わらず、うまく動けている気がしない。
見るからに粗雑な攻撃は、力だけで受けるのに難くない。
防御は全く問題ないだろう。
しかし、なぜか攻撃は上手くいかない。
隙を突いて攻撃に移ろうとした瞬間に限って心臓が一際大きく跳ねて胸が痛む。
このままでは体力が削られてじり貧だ。
それにもう一体が起き上がれば状況は更に悪くなる。
今のうちに目の前のこいつだけは倒さないと。
倒す?
妙に引っかかる言葉だ。
僕はそれが間違っていることに気付いた。
その言葉は逃げだ。
事実からの現実逃避だ。
これはゲームでもなんでもない。
倒すなんて生ぬるい気持ちでは、この現状は打破できない。
言葉が違う。
気持ちが足りない。
本当の言葉は─────
そう考えた途端に、息が苦しくなった。
そのせいか、防御の構えが甘くなってしまい、そこを叩かれる。
浅い守りは簡単に弾かれ、勢いそのままに敵のこん棒が僕の横腹を殴りつけた。
「かっは……」
意識が途切れかけた。
ちかちかと光が散る視界は大きく動き、僕の体が岩壁に激突。
二重の衝撃に、僕の体は一気に大きなダメージを負い、満足に動くのも難しくなってしまう。
「はっはっ」
呼吸が浅かったり深かったりと安定しない。
酸欠にならない程度には、呼吸は機能していた。
そんな中、まだ少し眩暈の残る視界に、起き上がる影がひとつ。
最悪だ。
投石のダメージから復活したもう一体が、起き上がってしまった。
各個撃破に失敗か。
僕は最悪の状況に置かれたことを理解した。
こちらを舐めているのか、僕を殴りつけた奴がにやにやと僕を見て嗤っている。
取るに足らない相手だと判断されたのだろう。
少し悔しいが、即座にとどめを刺されるよりはずっとましだ。
僕は剣を杖にして立ち上がる。
その時にはすでに、起き上がってきた片割れが、僕を馬鹿にする奴の隣に立っていた。
その顔は対照的で、酷く怒っている。
不意に石をぶつけられてお怒りのようだ。
僕の顔を見て奇声を上げてそいつが僕に殴りかかってきた。
やばい。殺される。
強い危機感と生存本能のままに、相手の攻撃を防ぐ。
しかし、負傷した体では、最初のように満足いく防御は難しい。
防ぎきれない攻撃に、次第に僕の体に痣が増えていく。
そしてもう一体も攻撃に加わる。
一気に激しさを増した攻撃は、甚振るように加減されたものだった。
頬が打ち付けられ、歯が欠けた。
肩が砕かれ、上がらなくなる。
胸を殴られ、呼吸が止まる。
太ももを蹴り上げられる─────なんとか耐えた。
せめて体が倒されることだけは避けねばと歯を食いしばった。
それが気に食わなかったのか、二体ともが顔を顰めた。
なにかを言っている。
冷めた声色。
冷静を取り戻したのか、僕をつまらないものでも見るかのような顔でそいつはこん棒を高く振り上げた。
僕の顔を太い影が覆う。
そうか、僕は死ぬのか。
嫌に冷静な頭が、自分の結末を脳裏に描いた。
殴られて、頭からを血を流す自分の姿。
その時の感覚も、妙にリアルに思い描かれる。
痛みが無くなっていく感覚。
それに代わるように湧き上がる死が齎す脳内麻薬による多幸感。
血が抜けていく感覚。
体が冷たくなっていく感覚。
指先が、冷たくなる感覚。
「うわぁぁぁあぁああああ!」
「!」
僕は絶叫を上げて、敵に飛びついた。
全力で魔力を練り上げて、毛むくじゃらの一体をなぎ倒す。
打ち所が悪かったのか、苦し気に悶絶する姿を見て、後ろの気配にすぐに振り向く。
助けに入ってきたもう一体の攻撃をしゃがんで避け、拳を顎目掛けて振るう。
上手く捉え、脳を揺らされた敵がその場でたたらを踏んだ。
追撃。
即座に地面を蹴り、剣先を向ける。
心臓目掛けて突き出した剣は、しかし太さのあるこん棒に防がれてしまう。
それでも力は緩めない。
むしろこれでもかと魔力の回転を速くし、肉体能力を底上げしていく。
今まで試したことのない強化強度に、一気に体が熱くなるが構うことはない。
子どもの膂力を越えた力で突き出される剣が、胸を守るこん棒に突き立った。
「繝舌き縺ェ?√%繧薙↑諤・縺ォ」
唾を撒き散らしながらなにかを喚くそいつを無視して、剣先がずぶずぶと食い込んでいく。
そして遂にこん棒を突き破り、剣先が奴の胸に当たると、僅かばかりに剣先が赤く染まる。
「繧??√d繧√m?√d繧√※縺上l?」
懇願のようなその声も、今の僕には届かない。
切っ先が皮膚を突き破り、肉を食い破っていく。
「ッ……」
手に伝わる生々しい感触に、胸がざわついた。
それでも。
「僕は死ねないっ僕は生きなくちゃいけないんだ!」
両手に残る、消えない冷たさを抱える僕に、死は許されない。
兄妹を殺して生き残った僕は、簡単に死ぬわけにはいかないのだ。
せめて二人の分だけは、母が失った二人分の笑顔を補うまでは、絶対に死んでたまるものか。
熱くなる全身に反比例して、兄姉と最後に繋いだ手が、どんどんと冷たくなっていく。
そして湯気が出そうなまでに熱く、出力を上げた僕の剣はついにこいつの心臓を突き刺した。
ぶつりと刺さる感触も、その後ろに抜ける感覚も、今やどこか遠い。
ガチン、と地面に突き刺さった頃には、この毛むくじゃらは息絶えていた。
強引に剣を引き抜くと、インクの漏れたペン先のように血がだらだらと剣の先から滴り落ちていく。
後ろを振り向くと、怯えた様子の毛むくじゃらが尻餅をついていた。
起き上がるタイミングが悪かったのか、それとも僕の勢いに圧されたのか、こいつは最後まで割り込んでくることはなかった。
「縺イ縺」縺イ縺?<縺?喧縺醍黄?」
狼狽しながら悲鳴を上げて逃げていく生き残り。
それを追いかけようと足を踏み出したが、上手く力が入らずに転び掛けた。
「追いかけないと……殺さないと」
これは修行の一環だ。
完遂しないと後から父にどんな目を合わされるか。
そう考えながらも、僕の足は力を失い、前へと傾ぐ。
視界が急速に落下していく中、僕の意識もまた急激に遠のき始めた。
意識が完全に途絶える直前、体がふわりと浮くような感覚が僕を包んだ。
それはどこか覚えのある温もりだった。




