第10話 幼女捕獲作戦
この異世界に生まれて早五年。
生後直後から前世からの自我があった僕にとってはとても長い時間といって間違いないだろう。
そして毎日のように繰り返される厳しい訓練。
早朝のランニングは天候に関わらず毎日欠かすことなくやらされるし、崖転げもやらなければ周りの大人に父に告げ口されて後で痛い目を見るため、これも毎日欠かさずやっている。
最近なんて誰が先に崖の一番下に着地することができるかを競う「がけっこ」なんて頭の悪い物騒な遊びが流行っていて、毎日のように大怪我をする子が続出している。
ただでさえ繊細な受け身が求められる崖転げに競争性を持たせれば、精彩を欠いていつものように上手に受け身を取れなくなってしまうのも、然も当然のことと言えた。
幸いなことに、うん、とても幸いなことにその遊びに僕を誘おうとするものはいない。
あの一件以来、どうも村の人たちとの折り合いがどこか悪いのだ。
同年代の子たちからは時々「臆病者」と陰口を叩かれる始末。
どうやら嫌われてしまったようだ。
髪色の違いからなんとなく疎遠な感じを受けていたが、本格的に除外の対象になってしまったのかもしれない。
これといったいじめのようなものはないが、注意した方が良いかも知れない。
ボランくんは最近崖転げから卒業したのか、今は大人たちにまた別の遊びを叩きこまれているらしい。
全身痣だらけどころか、切り傷すらもつけてどこかから帰ってくる姿を毎日のように見ている。
え?ポラン君は僕の一個上だけど、もう時期僕もあんな仕打ちに遭うの?ヤバくない?
現代日本なら児相やら警察やらが血相変えて飛んでくるような見た目の少年の姿に、近い将来の自分を重ねて、僕は顔を青ざめた。
いや、僕が話したいのはそこじゃない。
それも懸念しておかねばならないところではあるが、そうじゃない。
僕は今、除け者にされており、唯一分け隔てなく接してくれるボラン君も毎日グロッキー状態。
とても僕に接している余裕はなさそうだ。
そう、僕は今────友達が欲しいのだ。
シロとラブとソックスも当然僕の友達だが、できることなら同じ人間の友達だってほしいじゃないか。言葉を交わしたいじゃないか。
毎日毎日、自然の音と自分の激しい呼吸音と自分の痛々しい悲鳴と木剣を打ち込む弱弱しい音と木剣を打ち込まれる鈍い音ばかり聞いていると頭がおかしくなってしまう。
僕は今、猛烈に対等な友達に飢えていた。
そして目を付けたのが────彼女。
時々親経由で顔を合わせる女の子、ユエだ。
どうしてそう思ったのか、それは時々顔を合わせることがあるからというのはもちろんだが、それ以上に──
じー。
これだ。
いつものようにシロ&ラブ&ソックスに囲まれて寝ていると、いつの間にか僕の顔を覗きこむこの姿。
これは友達になりたいと言っているようなものだろう。
僕は目を閉じたまま、間近に感じる慣れた気配を前に機を窺っていた。
まじまじと僕の顔を見つめ続ける彼女。
すると、ラブがもそりと寝返りをうって、そのハート模様の毛並みを露わにすると、ユエの目線がそれに釣られる。
それを気配で感じ取った僕はチャンスとばかりに目をギンッと見開いた。
「隙ありぃ!」
鍛えた瞬発力を以てして彼女に飛び掛かる。
さぁ!捕まえて僕のお友達にしてやるぞ!
飛び上がった僕の影に入った、ユエのその無防備な姿を前に僕はそう心の中で叫んだ。
すかっ。
「あり?」
彼女を捉えようとした僕の両手は、しかし、悲しい事に空を掻いた。
するりと僕の抱擁を躱したユエが、僕からさささっと距離を取る。
そしていつもの場所───厩舎の陰に隠れてしまった。
まさか僕の不意打ちをこうも簡単に躱すとは、なんて身のこなしだろうか。
ユエは身体強化が得意な体質ではないため、近接戦闘は不得手なはずだ。
あの厳しい訓練を受けている様子も見たことがない。
「あれ?」
建物の陰に隠れるユエに再び僕は飛び掛かるも、またも僕の手は届かない。
「あれれ?」
スカッ
「およよ?」
ズテッ
「うびゃっ」
ズタンッ
何度も幼女捕獲を試みたが、まるで柳のように躱されてしまう。
最終的には、泥濘に足を取られてしまい、無様を晒した。
なんだろうか、この気持ち。
生傷絶えないこの僕が、つやつや肌の女の子に簡単に逃げられる、この体たらく。
僕はムキになって、ユエにギンギラギンになった目を向けた。
そんな僕を見たユエの目が、不審者を見るような目になっている気がしたが、気のせいだろう。歳は同じだ。
プライドを刺激された僕は、徐にどろんこから立ち上がり、一歩踏み出すと、釣られるようにユエが一歩後ずさる。
「さぁ、ユエちゃん。僕と一緒になにか良いこトしテ遊ぼうよ。変なこトしないから」
「……」
驚いて目を丸くするユエにお構いなく、僕は強く地面を蹴った。
「……!」
ガンギマリにキまった僕の手がユエへと伸びる。
今度こそ逃がさない。
びっくりして固まるユエ。
僕の魔の手はこれまで以上に彼女に迫っていた。
「取っタ!」
僕が確信した瞬間、僕の手は既の所でユエを捕まえることができず、空気を掴んだ。
これでもダメか……!
ギリギリで躱すユエと常に全力の僕。
どちらの体力が先に尽きるか。
そんなのは明白だった。
「はぁ、はぁ。なんデ、いツも、ギリギリデ」
僕は膝に手を突いて、荒くなった呼吸を整えながら、上手くいかない捕獲作戦に悪態をついた。
ユエは今も僕からつかず離れずの所で立っている。
いつでも逃げられるという、意思表示だろう。
大人を舐めやがって。
僕は大人の意地を見せるため、荒い息のまま立ち上がる。
あれだけ辛い訓練を乗り越えているのだ。
あんな華奢な女の子にのらりくらりと躱されていては、戦士としてのメンツが立たない。
僕はこれまで父に叩きこまれた戦士としてのプライドと厳しい訓練に恥じない為にも、彼女を捕まえる。
そう、正々堂々と。
「あ!UFO!」
僕は楳図か〇おばりの迫真のびっくり顔で白い空を指さした。
……。
「……」
「……」
沈黙が流れた。
「はっ!そうか!UFOなんて言葉通じるわけがない!」
僕は自分の失態に気付く。
今はUAP(未確認異常現象)と呼ぶのが正しいのか。
僕は前世の知識を引っ張り出して、正解の方を思い出した。
……正解なのだろうか。
ユエは僕の不可解な行動に首を傾げている。
やはり、UAPでなければいけなかったか。
僕は失敗とこの空気に耐えられず、顔が熱くなるのを感じた。
トテトテトテ。
「あれ?」
気を逸らすという作戦には失敗したはずなのに、捕獲対象が自分から僕に近づいてきた。
妖精のような愛らしい顔が目の前にやってきた。
「……UFOって、なに?」
静かな声で彼女が僕に聞いてきた。
どうやら本計画の気を逸らすという目標達成は叶わなかったようだが、釣る事には成功したようだ。
「えっと……UFOっていうのは」
僕は説明に苦しんだ。
どういう返答が彼女の興味を最大限引き出せるだろうか。
宇宙人と説明しても頭におっきな疑問符浮かべそうだし、ディスク上の飛ぶ良く分かんないやつだよ、と言っても「わかんねーのかよ」と言われそうだし。
いや、これは僕のセルフツッコミか。
悩んだ僕は苦し紛れに答えた。
「美味しいやつだよ」
うん、間違ってはないはずだ。
「……美味しいのっ」
ユエの目が輝いた。
正解だった。
どうやら、もう捕獲はしなくても良さそうだ。
僕がそのU〇Oの美味しさを語る間、ユエは口から涎を垂らしながら食い入るように聞き入っていた。
自分にとって未知の御馳走を想像しているユエは心ここにあらずのまま、時間が経った。
日も暮れて、二人で家路に着く。
すると、赤い夕焼けに照らされて赤くなったユエが僕の手を取って言った。
「……楽しかったね。おいかけっこ」
どうやら彼女はすでに僕と遊んでいるつもりだったらしい。
なんだか、最初から最後まで負けた気分だった。
「うん。まタあそんデよ」
でも僕も、楽しかった。
この日、僕はこの世界に来て初めての女の子の友達ができた。
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