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記憶にない彼は、確かにそこにいた

作者: SaeL

卒業式の日。

クラス全員で撮った記念写真を、久しぶりに見返していた。

懐かしい顔が並ぶ。 笑っている人、泣いている人、ピースしている人。

その中に、ひとりだけ──見覚えのない顔があった。

写真の中央、私のすぐ隣。

黒髪で、無表情の男子。 制服はちゃんと着ている。

でも、誰だろう。

名前が思い出せない。 顔にも、まったく記憶がない。

私は、スマホで写真を拡大した。

──確かに、そこに“いる”。

翌日、グループLINEで聞いてみた。

「この人、誰だっけ? 私の隣に写ってる人」

数分後、返信が来た。

「え、そんな人いた?」 「誰? 初めて見た」 「加工じゃないの?」

みんな、口を揃えて「知らない」と言った。

でも、私は確かに──話した記憶がある。

その男子と、卒業式の前日に話した。

教室の隅で、窓の外を見ながら。

「卒業って、実感ないよね」 「うん、でも終わるんだよ。全部」

その声が、今でも耳に残っている。

でも、名前が思い出せない。

出席番号も、机の位置も、何も。

まるで、記憶の中に“その場面だけ”が切り取られているようだった。

私は、卒業アルバムを開いた。

クラスページをめくる。

──いない。

その男子の写真は、どこにも載っていなかった。

名簿にも、名前はない。

不安になって、担任の先生に連絡した。

「卒業式の日、私の隣にいた男子のことなんですけど……」

先生は、少し黙ってから言った。

「君の隣は、空いてたはずだよ」

「え?」

「人数が奇数だったから、君だけ一人だった。 誰も隣にいなかったと思うけど」

私は、スマホの写真を見せた。

「この人です。写ってますよね?」

先生は、目を細めて写真を見た。

そして、顔色が変わった。

「……この子、見たことある」

「え?」

「でも、君の代じゃない。 たしか、数年前に転校してきて……すぐに、いなくなった子だ」

「いなくなった?」

「転校してきた翌週に、退学したって聞いた。 家庭の事情だったらしいけど……」

「名前は?」

「……思い出せない。記録にも残ってないはず」

私は、学校の図書室に向かった。

過去の卒業アルバムを調べる。

3年前、2年前──どこにも、その男子は載っていなかった。

でも、1冊だけ、ページの隅に小さく写っている写真があった。

集合写真の端。

制服姿で、無表情の男子。

──同じ顔だった。

その夜。

私は、卒業写真をもう一度見た。

そして、気づいた。

その男子の足元だけ、影がなかった。

他の生徒には、ちゃんと影があるのに。

彼だけ、地面に“存在していない”。

翌日。

学校の旧記録を調べていた事務員さんから連絡が来た。

「君が探してた子、記録には残ってなかったけど…… 1枚だけ、古い出席簿に名前が書かれてた」

「でも、消されてた。 修正テープで、ぐちゃぐちゃに」

「名前は、“神谷悠真”」

私は、その名前を聞いた瞬間、 胸がざわついた。

──確かに、そう呼んだ記憶がある。

その夜。

卒業写真を見ていたら、スマホが震えた。

通知が1件。

LINEの新規メッセージ。

送り主は「神谷悠真」。

本文は、ひとことだけ。

「卒業、おめでとう」


「卒業、おめでとう」

そのLINEを見た瞬間、私は息を呑んだ。

送り主は──神谷悠真。

でも、彼は“存在しないはずの転校生”だった。

私は、神谷悠真の名前を検索した。

SNS、卒業名簿、過去の出席簿。

どこにも、彼の痕跡はなかった。

でも、私の記憶には、確かに彼がいた。

卒業式の前日。 教室の隅で、窓の外を見ながら話した。

「卒業って、実感ないよね」 「うん、でも終わるんだよ。全部」

その声が、今でも耳に残っている。

私は、彼のLINEに返信した。

「神谷くん……今どこにいるの?」

既読はつかない。

でも、次の日の夜。

またLINEが届いた。

「まだ、ここにいるよ」

“ここ”とは、どこなのか。

私は、卒業写真をもう一度見た。

彼の足元には、影がなかった。

他の生徒には、ちゃんと影があるのに。

彼だけ、地面に“存在していない”。

私は、学校に向かった。

旧校舎の資料室。 誰も使わなくなった部屋の奥に、古い出席簿が保管されている。

埃をかぶったファイルをめくる。

──あった。

「神谷悠真」

でも、その名前は修正テープで消されていた。

上から何度も塗りつぶされ、読めないようにされていた。

その時、資料室の奥から物音がした。

誰もいないはずの空間。

私は、そっと声をかけた。

「……神谷くん?」

返事はなかった。

でも、壁に貼られた古いクラス写真が目に入った。

そこには、神谷悠真が写っていた。

──ただし、顔がぼやけていた。

他の生徒は鮮明なのに、彼だけが“曖昧”だった。

私は、担任の先生に再び話を聞いた。

「神谷悠真って、本当にいたんですよね?」

先生は、しばらく黙っていた。

そして、ぽつりと話し始めた。

「……彼は、転校してきた翌週に、事故に遭ったんだ」

「え?」

「登校中に、交通事故で亡くなった。 でも、正式な入学手続きが完了していなかったから、 記録上は“存在しない”ことになった」

「そんな……」

「写真も、名簿も、すべてから彼の名前は消された。 でも、君が覚えてるなら──それは、彼が“いた証”なんだと思う」

その夜。

私は、神谷悠真にもう一度LINEを送った。

「あなたのこと、忘れないよ」

すると、すぐに返信が来た。

「ありがとう。 君が覚えていてくれるなら、 それだけで、ここにいられる気がする」

次の日。

卒業写真を見たら、彼の影が──うっすらと、地面に映っていた。

まるで、“存在”が戻ってきたかのように。

それ以来、神谷悠真からのLINEは届かなくなった。

でも、私は時々、彼の名前を思い出す。

誰にも知られずに消された存在。

でも、確かに“いた”人。

──記憶の中にだけ、残るクラスメイト。


「卒業、おめでとう」

神谷悠真からのLINEは、それを最後に届かなくなった。

でも、私は彼のことを忘れられなかった。

──記憶に残るのに、記録には残らない人。

春休み。

私は、偶然中学時代の友人・美月と再会した。

近くのカフェで話していると、ふと卒業の話になった。

「そういえばさ、卒業式の写真って見た?」

「うん。……ちょっと、変なことがあって」

「変なこと?」

私は、スマホを取り出して、神谷悠真が写っている写真を見せた。

「この人、誰か知ってる?」

美月は、写真を見て、目を見開いた。

「……この人、見たことある」

「え?」

「うちの中学に、1週間だけいた転校生。 名前は……たしか、“神谷”って言ってた」

私は、息を呑んだ。

「それって、神谷悠真?」

「そう。無口で、あんまり話さなかったけど…… 私、一度だけ話したことがある」

「どんな話?」

「“卒業って、実感ないよね”って言われた」

──同じ言葉だった。

私が、卒業式の前日に彼と交わした言葉。

美月の話によると、神谷悠真は中学にも“記録が残っていない”らしい。

出席簿にも、名簿にも、写真にも。

でも、彼を“覚えている人”は、少数ながら存在していた。

「なんかさ、彼って……“記憶にだけ残る人”なのかもね」

美月の言葉が、妙に胸に残った。

その夜。

私は、卒業写真を見返した。

神谷悠真の影は、前より濃くなっていた。

まるで、誰かが“彼の存在”を思い出すたびに、 この世界に少しずつ戻ってきているようだった。

数日後。

美月から、1通のメッセージが届いた。

「ねえ、ちょっと怖いこと言っていい?」

「昨日の夜、スマホにLINEが届いたの。 送り主は“神谷悠真”」

「内容は、“君も覚えてくれてたんだね”」

私は、震えながら返信した。

「私にも、同じようなLINEが来たことがある」

「……じゃあ、やっぱり“いる”んだね」

私たちは、神谷悠真の痕跡を探すことにした。

中学、高校、地域の記録。

でも、どこにも彼の名前はなかった。

ただ、1枚だけ──古い新聞記事に、彼の名前が載っていた。

「高校生、登校中に事故死。 名前は神谷悠真(17)」

日付は、3年前。

場所は、私たちの通っていた高校の近く。

その記事を見た瞬間、 私たちは言葉を失った。

彼は、確かに“いた”。

でも、記録からは消されていた。

その夜。

美月と通話しながら、卒業写真を見ていた。

すると、写真の中の神谷悠真が──微かに笑っていた。

「……前は無表情だったよね?」

「うん。……でも、今は、少しだけ笑ってる」

まるで、誰かに“思い出してもらえた”ことが、 彼を少しだけ、救っているようだった。

それ以来、神谷悠真からのLINEは届かなくなった。

でも、私たちは時々、彼の名前を口にする。

誰にも知られずに消された存在。

でも、確かに“いた”人。

──記憶の中にだけ、残るクラスメイト。

そして今も、誰かの記憶の中で、静かに生きている。



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