6忙しい日常
魔法神殿学校には、魔術師の卵の他にも孤児がいる。彼等はもう成人間近かだが、学校の運営の手助けをしている。下働きや、食事の準備、衣類の担当など仕事は分化されて、多くの孤児達で成り立っていた。
要するに,才能が無かったり、魔術師になるには大きくなりすぎた子供達がここの下働きをしていた。
彼等は、皆朗らかに働いている。別に魔術師に対して羨ましいなどとは考えていないようだ。
むしろ,フラン達を哀れんでいるのだろう。
その為嫌がらせなどはしない。年上の兄のように接してくれる。
その中の一人に、バスという14歳の孤児がいた。バスは食事の係で、エステバルやトンプソンに度々余ったミルクなどを持ってきてくれる。今日は砂糖入りの菓子パンを持ってきてくれた。
「バス!良いのか?これは余らないだろう。」
「いや、作りすぎたんだ。分量を間違えた。」
本当だろうか。だが、食べてしまえば,証拠は残らない。フラン達は、急いで菓子パンを詰め込んだ。
「君たちが上級に無事進級したお祝いだよ。」
そうだ、フラン達は落第することなく上級に進学した。毎年落第者がかなりいて、10歳の卒業までに間に合わない子供も中にはいるようだった。そう言う子供は魔術師の推薦は貰えずに,別の仕事を探すことになる。
権威のある職場でなければ、彼等でも仕事はあるから心配は無いのだ。商家や、下級貴族の従者になったりも出来ると言う。
文字が読め,計算も出来,立ち居振る舞いも教育された子供だ。魔法も使える,使い勝手の良い子供達なのだ。
バスは、今年いっぱいでここを出て行く。彼は、冒険者になりたいと言った。
「その、冒険者とはどのような仕事?」
「魔獣を倒して売る。それだけさ。だが、かなり稼げるらしいぜ。」
眉唾の話だな。誰に誘われたか知らないが、魔獣相手だと危険もかなりありそうだ。
この間の戦争で死んだ人達は,人相手より魔獣に殺された方が多かったと聞いた。バスは、特別な力が有るわけではないのだ。剣術くらいは練習した方が良い。
エステバルは剣術指南を誰かにして貰えと、アドバイスをしていた。戦闘科なら教えてくれるはずだ。
バスは、人の良さそうな笑顔で帰って行った。
フランは錬金術師の学科で支給された教科書を読んでいた。かなり厚さの有る本だ。
これもここを出て行くときは返さなければ成らない。
なんとか頭の中に押し込んでしまいたい。このあと、エステバルやトンプソンから借りた教科書も暗記したいのに、なかなか思うように行かないでいた。
「何か良い魔法が有れば良いのに。頭の中に本が入ってしまうような。」
そんな便利な魔法は有るはずもない。只管,暗記するしかないのだ。
フランは何故か焦っていた。自分でもよく分らない感覚だ。本当なら,フランはかなり余裕が有るのだ。
他の生徒よりも1年早く進んでいるのだ。これから4年掛けて卒業までゆっくり勉強出来るのに、何かにお尻を叩かれているように感じていた。
上級に進んで1年経った頃、やっと教科書は暗記できた。一番時間が掛かったのは薬師の本だ。
植物や,動物の魔獣の数が多すぎて大変だった。見たことも無い物を覚えるのは難しい。何時も見ている物なら,直ぐに覚えることが出来ただろうに。
彼は本を書き写すことが出来る紙が欲しかったが、紙は高価だ。孤児には買うことは無理だった。
兎に角暗記だ。そして有るときフランは,自分に鑑定のスキルが芽生えたことに気付いた。
「鑑定というスキルは、勉強すれば付く物なんだ。」
嬉しくなった。思いがけず,努力が実った。
「トンプソン、僕鑑定のスキルが生えた。」
「凄いな、俺が欲しいスキルだ。薬師なら絶対有利なのに。」
「エステバルは剣術が生えて居た。君も、頑張れば生えるさ。」
フランは,これから、エステバルに剣術の指南を受けようと考えていた。錬金術師でも、戦争にかり出されることを聞いたからだ。騎士にならなくて良かったと考えていたが、国に仕えると言うことは,如何しても避けられないことのようだ。
「毎朝の自主練に付き合って貰えて,こっちも助かっている。」
エステバルと剣術の型を見せ合い指摘し合う。トンプソンは、身体を動かすのが苦手だからと行って,この自主練には参加していない。
木剣を自分で作り,打ち合いの練習もする。
この頃、魔法の媒介にする杖が自分に合わなくなったように感じていたフランは、杖も作ろうと考えていた。杖の素材は、魔木が良いが、この辺には生えて居ない。大体の子供が卒業する頃,杖を新しく作り替えるのだ。フランは,困っていた。そんな時、教師役の神官に声を掛けられた。
「フランは,杖が合わなくなっているな。今度魔の森まで連れて行ってやろう。」
フランは驚いた。ここを出ることが、出来る?卒業していなくても大丈夫だったのか。
声を掛けてくれた教師と一緒に年老いた魔術師も一緒だった。
他にも上級の生徒で卒業間近の生徒も4人ほどいた。
魔の森まではかなりの時間が掛かる。7日掛けて魔の森の入り口まで辿り着いた。馬車に乗っていたので皆、身体がコチコチに凝ってしまった。
「やれやれ,年寄りには堪えるわい。」
他の生徒に聞いて,この人は院長なのだと知った。
「フラン君は何歳になったのかの。」
「もう直ぐ8歳になります。」
「ほほ、まだ7歳か。優秀だの。」
目を細めて、優しそうに微笑む老人は、とても偉い人には見えなかった。