前世魔王の公爵子息は、今世では死にたくないので自身の実力をひた隠す
アーシア・ビクリシア。それは、今から約1000年前に、魔王として恐れられていた者の名前である。魔王は配下の魔物を利用し、自身の私利私欲を尽くしたと伝えられており、困り果てた人間たちがある一人の勇者に魔王討伐を依頼し、そして、魔王はその一人の勇者により、倒されたのである。
ある一つの書物を読みながら、少年は、はぁと重たい息をつく。
この少年はライシャイン公爵家の一人息子兼嫡男であり、名はアルゼント。彼は青みがかった黒色の髪を持っており、瞳の色は燃えるような赤色。そして、同年代の者よりも小柄なアルゼントは、つい先日に前世の記憶を取り戻した。そんな彼の前世は、現在読んでいる書物に出てくる魔王・アーシアであった。
確かにアルゼントは、前世では自身が人間たちに魔王として恐れられていたことを知っていた。しかし、人間に危害を加えた覚えはないし、配下の魔物を利用した覚えはない。というか、配下の魔物なんていなかった。
しかし、自身が規格外の強さと魔力量であったのは認知していた。そして、そんな規格外の強さは、前世の記憶と共に、今世でも公爵家の息子、アルゼントとして所持していた。しかし、そんな規格外の強さと魔力量は、今世ではむやみやたらに使わない。前世ではその強い魔力量故、人間に恐れられ、そして、討伐されてしまったのだ。また、同じ過ちを繰り返すものか。
そう思いながら、アルゼントは書物を本棚に戻し、透視魔法で今いる部屋の周りに人がいないのを確認してから足元に闇色に輝く魔法陣を出現させ、自身に制御魔法を掛ける。この制御魔法があれば、規格外の強さも、身体能力も、ある程度は制御できる……はず。
不確定要素が多いが、仕方がない。前世では魔王として多くの人間に命を狙われそうになっており、そんな中で自身の能力に制御を掛けるとかいう馬鹿な真似ができなかったので、制御魔法の掛け方自体は知っていても、実際に制御魔法を使うのは初めてであったのだ。
「お~い!! アルゼントはどこだ~?」
思考を巡らせる最中、緊張感のないそんな声が、アルゼントの耳届く。
この声の主の名は、ランス・ジアリス。ジアリス伯爵家の次男坊であり、アルゼントの自称親友である同い年の少年だ。
アルゼントはもう一度、面倒くさそうにため息をつきながら本棚から離れ、ランスの元へ向かおうと部屋のドアを開ける。
するとそこには、まるで自身の屋敷の中のように我が物顔でアルゼントの家の屋敷をウロチョロするランスの後ろ姿があり、アルゼントは顔をしかめながらも、「ランス……!」と、声を張り上げながらそう声を掛けたのであった。
♢♢♢♢♢
その後、アルゼントは自身の部屋にランスを連れていき、ランスは無遠慮に部屋の真ん中付近に置かれていた椅子に座り、アルゼントはランスの向かいにある椅子に深々と腰掛ける。
「それで? 一体何の用だ?」
前世は魔王であるアルゼントだが、童顔&小柄な体格のせいで、睨みつけながらそう聞いてみても、あまり迫力がない。
「そんなの、暇だったからに決まってんじゃん!」
金髪の髪をなびかせ、茶色の瞳を細めながら、あっけらかんとそう言うランスを見て、アルゼントは本日何度目かのため息をつく。
「ランス……お前は分かっているのか? 今月末には王立魔法学園の入学試験がある。嫡男である僕ならまだしも、お前は次男だ。この試験に落ちたらどうなるのか、お前はわかっているの……」
「わかってるわかってる!! でもさ、たまには休憩も必要じゃん?」
「……お前は休憩しかしてないだろ」
王立魔法学園とは、希望者であれば、平民も貴族も関係なく受験できるという学園ではあるが、国のほんの一握りの実力者だけしか入学できない、超名門校。そんな学園に、アルゼントもランスも受験する予定なのだが、公爵家の跡取りとして将来を約束されているアルゼントと違い、ランスには兄が一人と姉が二人いる。このランスのきょうだいは、三人とも魔法学園に入学したエリート。そんな家族がいるのであれば、本来であれば必死になって受験勉強に打ち込むはずなのだが……。
「そうだけどさぁ……今から焦ったって、もう遅くね?」
ランスはそんなきょうだいのことなど気にせずに、毎日のようにライシャイン家の屋敷に入り浸っていた。
「兄貴も姉貴も俺には関係ねぇ。俺は俺だ。それに俺は、魔法勝負なら負けなしの強さだからな!!」
(それでも、俺の方が強いけどな)
自信満々にそう言うランスに、アルゼントはどこか冷めた様子でそう心の中で突っ込んだ。
「そういえば、俺はアルゼントと勝負したことなかったよな……お前、そんなに魔法に自信がなかったのか?」
ランスは純粋な疑問でそうアルゼントにそう聞いたが、アルゼントはそんなランスの物言いにカチンとし、椅子から勢いよく立ち上がる。
「なら、やってみるか? 僕とお前の試合」
アルゼントがそう聞くと、ランスはいいのか? と聞きながらも、アルゼントと同様、椅子から立ち上がるのであった。
♢♢♢♢♢
その後、二人はライシャイン家の屋敷の中庭へと移動し、それぞれ戦闘態勢に入る。
アルゼントには、屋敷の人間に自身の実力が知られてしまうという危惧がなかったわけではないが、最悪、実力を知った人間の記憶を消せばいいと思っている。
ランスに自身の実力を知られる件については、アルゼントはランスのことを鬱陶しがってはいるが、基本信用している。ランスは、一度した約束を、そうそう破ることはないからである。
つまり、アルゼントの(自称)親友を名乗っているランスならば、アルゼントが自身の実力を他人には隠してほしいと伝えれば、不思議がるものの、きっと約束は守ってくれるだろう。
「お前から攻撃をしていいぞ? アルゼント」
「じゃあ、遠慮なく」
余裕たっぷりの笑みを浮かべながらそう言うランスに、アルゼントは間髪を入れずにそう返事をする。
戦場では、今のランスのような余裕が命取りになるのである……アルゼントは魔王時代のころから、戦場に出たことなんてないけど。
しかし、油断禁物なのは、戦場でも一対一の勝負でも変わらないであろう。それに、他者の好意を素直に受け取った方が人生いろいろ楽であるものだ。
「……バースト」
先ほど自身に制御魔法をかけたときと同様、アルゼントは自身の足元に闇色の魔法陣を出現させ、つぶやくようにそう詠唱する。
「は?」
すると、ランスがアルゼントの攻撃に反応する前にランスの周りでいくつもの爆発が起き、ランスの呆気にとられた声が爆発にかき消される。
そして、アルゼントの攻撃をもろに受けたランスは、力尽きたように地面に突っ伏した。
(……おかしいな? あまりにも攻撃の制御ができていない。このままでは、俺の本来の力がバレるのも時間の問題……)
「う、うぅ……」
考えごとをしていたせいで、アルゼントはランスが倒れているという情報を受け取るのが遅れ、ランスの唸り声でようやく、ランスが地面に倒れているのを認識した。
「だ、大丈夫か!? って、大丈夫なわけないよな……!?」
珍しく焦った様子を見せながら、アルゼントはランスの元へと駆け寄る。
見たところ目立った外傷はないが、ランスはアルゼントの呼びかけに応じない。一瞬、回復魔法を使うことが頭をよぎったが、制御魔法があまり効果をなしていなかった故、慣れていない回復魔法を使ったせいで、より一層、ランスの怪我が悪化するのを想像すると、アルゼントは酷く臆病になり、回復魔法を使う決意が出せない。
「ど、どうしたらいいんだ……!?」
アルゼントには、どうすればいいかわからなかった。彼は、不器用な人間であった。
これまで、前世までひっくるめて己の力だけを頼って生きてきたアルゼントには、他人を頼るということがわからないのである。
「あは、あはははは!!」
アルゼントが目に涙を浮かべながら、最悪な想像をしてしまいそうになっていると、突然、ランスが地面に倒れながらも、大きな笑い声を上げる。
(まさか、打ち所が悪くてバカになったか……?)
アルゼントが困惑しながら、ランスを見つめる。
「お前、めちゃくちゃ強いじゃんか!! まさか俺の親友がこんなにも強いだなんて思わなかったよ!!」
本当に、本当に嬉しそうにそう語るランスの言葉に、アルゼントは目を見開く。
これまで、彼が圧倒的な実力差を見せつければ、皆アルゼントを恐れ、忌み嫌った。
そのせいでアルゼントは、人間はみんなみんな、規格外のものを恐れると思っていた。しかし、目の前のランスだけは、アルゼントの実力を認め、笑い、いまだ親友と言ってくれている。それが、1000年前から孤独であったアルゼントには何よりも救いで、今世で生きる理由にもなった。
「――そんなことよりも、ランス、痛いところはないか?」
「全身が痛い!!」
「だ、だよな……ほんとごめん」
「あはは、冗談……ではないけど、そんな落ち込むなって!! 先に攻撃していいっつたのは俺だし。アルゼントは何も悪くないって!!」
ランスの優しさに触れ、アルゼントは泣きそうになりながら、ありがとう、と、精一杯の笑みを浮かべながら言うのであった。
♢♢♢♢♢
それから時は経ち、一か月後。今日は、王立魔法学園の合格発表の日である。
「まさか、ランスが本当に実技だけで魔法学園に入学するとは……」
「な? 言っただろ。俺は魔法勝負なら誰にも負けないって!!」
アルゼントは恨めしそうにランスに視線を送り、ランスはその視線に、ニヤッと勝ち誇った笑みを浮かべる。
王立魔法学園の受験内容は、主に筆記と実技の二つである。
この二つのテストの合計点で、受験の合否が決まるのだが、なんとランスは、100点満点中、筆記では19点しか取れてないのにもかかわらず、実技で満点を取ったことにより、ギリギリで王立魔法学園に受かったのだ。
ちなみにアルゼントは、事前に今年受験を受ける生徒の学力を調べ、平均点らへんを狙った結果、見事真ん中よりもちょい上の成績で王立魔法学園に受かった。
「それにしても、なんでアルゼントは受験の時手を抜いたんだ? お前なら、筆記でも実技でも首位を狙えただろうに……」
痛いところをついてくるランスに、アルゼントはプイっとそっぽを向く。
「お前、たまに子供っぽいところあるよな……」
呆れたようにつぶやくランスを、アルゼントはギロリと睨みつける。
「でも、よかった。合格できて」
アルゼントの視線を受け止めながら、ランスはそうつぶやく。
理由を尋ねても答えてくれないことは分かっていたので、アルゼントはあえてその質問の意味を問いたださなかったが、あんなに余裕そうだったランスが安堵の声を出したのが不思議で仕方がなかった。
「ん?」
ふと、アルゼントがランスの安堵の理由を考えていると、どこからか強い殺気を感じた。
「どうした?」
「いや……」
しかし、その強い殺気の方向へアルゼントが目を向けると、何事もなかったかのように殺気が消えうせる。人一倍他人の視線に敏感なアルゼントのことだ。勘違いではないであろう。
「……ランス。今日はもう帰って、家族に合格したことを伝えよう」
「お、おう?」
困惑を隠しきれないランスを横目に、アルゼントは足早に歩みを進める。
まるで、悩みを必死に振り払おうとするかのように。
♢♢♢♢♢
合格発表日から王立魔法学園の入学式まではあっという間であった。ちなみに、学園は寮制であり、学園に入学してからは、基本的には長期休み以外に家に帰ることは許されていない。
今は入学式中にある、学園長の長い長い話の最中。アルゼントはなんとかあくびを堪えていたが、アルゼントの隣で入学式に挑むランスは、学園長の話が始まってからものの数秒で、規則正しい寝息を立てた。
アルゼントはランスの様子を見て、こんなんで学園の授業を受けれるのか? と危惧する反面、こういうところがランスらしいとも思う。
「それでは皆さん、これらの規定を守り、王立魔法学園での学園生活を楽しんでください」
「「「はい」」」
新入生が学園長の言葉に声をそろえてそう返事をすると、学園長は満足そうにニコリと笑う。
「それでは、新入生の皆さんは各々で各教室へと向かってください」
学園長の隣にいた、ローブにとんがり帽子を身につけた魔術師らしき教師が、アルゼントを含めた新入生たちにそう声を掛ける。
「……おい、ランス。入学式終わったぞ」
「はぇ!?」
アルゼントがランスの体を揺らしながらランスに入学式が終わったことを伝えると、ランスはアルゼントの予想に反して大きな声を出し、新入生や入学式の場にいた教師たちの視線がアルゼントたちの方に集まる。
「くッ!! は、早くいくぞ!!」
アルゼントは恥ずかしさと目立ってしまったことの焦りで、ランスの手を引きながら駆け足でその場から去る。
「も~う、どうしたんだよ? アルゼント」
しかし、アルゼントの恥や焦りなんてランスには伝わらず、呑気にそう尋ねるランスに、アルゼントはいら立ちを募らせるのであった。
♢♢♢♢♢
新入生は5つのクラスに分けられ、アルゼントとランスは奇跡か必然か、同じクラスであった。しかし、アルゼントは教室につくなり、喜びに浸る前にランスに先ほどの入学式の後の件についてねちねちとランスに文句を言っていた。
「ゆ、許してくれよ、アルゼント……!!」
「僕はできるだけ目立ちたくないってランスは知ってるよなぁ!? なんであんな急に大声を出すかなぁ」
「しょ、しょうがないだろ! 寝起きで急に声を掛けられたんだし」
「じゃああの時、僕はどうすればよかったんだよ」
「――きゃあ!! や、やめてください!!」
二人が言い争いを続けていると、教室の入り口付近から甲高い悲鳴が響く。
「なんだ?」
アルゼントがそうつぶやき、二人そろって声が聞こえた方を向くと、そこには可愛らしく小柄な女子生徒がガタイの良い男子生徒に腕を掴まれ、嫌がっていた。
「……何故あいつは、入学早々からもんだいをおこしているんだ」
呆れたようにアルゼントがそうぽつりとつぶやくと、ランスが小声でアルゼントに声を掛ける。
「おい、アルゼント。お前、強いんだからあの男子止めて来いよ」
「はぁ……!? 嫌に決まってんだろ。ランスが止めて来い」
「無理無理無理!! 俺とあいつの体格差ヤバいだろ!!」
「……ランスの目には、僕はランスよりもガタイが良いように映ってんのか?」
はぁ、と面倒くさそうにアルゼントはため息をつきながら、アルゼントは男子生徒をよく観察する。
ガタイは良いが、あまり魔力量は多く、あまり頭もよさそうに見えない。能筋のように見えるが、ランスならば余裕で倒せるぐらいには強くないであろう。
「よし。いけ、ランス。骨は拾ってやる」
「俺が倒される前提で話を進めるのはやめろよ!?」
うるさいと言うでもように、アルゼントはそっぽを向く。
そんなアルゼントの様子に、ランスはえぇ、と言いながら、渋々と女子生徒の助けに向かう。
(しかし、心配だな……)
幼いころからの付き合いである二人は、お互いの性格を熟知している。
ランスは争いごとは避け、できるだけ言葉で解決しようとするのだ。だから、ランスが男子生徒を言葉で説得している最中に男子生徒がランスに攻撃を仕掛ければ、ランスは怪我をしてしまう可能性が高い。
「――なぁ。そいつ、嫌がってるんだからやめろよ」
「あぁ!? なんだよ、お前には関係ないだろ!!」
アルゼントがそう考えていると、男子生徒はよほど短気なようで、ランスが声を掛けただけで苛立ちをあらわにし、ランスに向かって拳を振り上げる。
「はぁ、めんどくさい」
そう小さくつぶやきながら、アルゼントは一瞬だけちらりと男子生徒の方を見て、「アイススピア」と唱える。すると、どこからか小さな氷の槍が現れ、目にも止まらぬ速さで男子生徒の頬をかすめた。
「は?」
男子生徒はそう小さく間抜けな声を上げ、頬を抑え、酷く怯えた表情でランスを見る。
「えっと……大丈夫?」
一方、何も理解できていないランスは、困惑しながらも男子生徒にそう声を掛け、男子生徒の傷を心配するように手を伸ばすが、男子生徒はランスの手をはたき、「来るなッ!!」と叫ぶようにして言う。
「俺がお前なんかに怪我を負わせられるなど……!! お前、覚えてろよ!!」
そう捨て台詞を残しながら男子生徒は教室から出ていき、教室で二人のやり取りを見ていた生徒たちは、ランスをたたえるように歓声を上げる。
「すごい! すごいよ、あんた!!」
「あんな高速で魔法を出せる人、初めて見たわ!!」
「それに、魔法陣を出さずに魔法を出したよね? 一体、どうやったの!?」
「えっと……俺、なんかやっちゃいました?」
(いや、お前は何もやってないぞ)
生徒たちの賛辞を聞き、頭を掻きながらそうつぶやくランスに、アルゼントは冷静にツッコむ。もちろん、心の中で。
しかし、アルゼントは先ほどから謎の視線を感じていた。チラリと視線を感じた方を見てみると、先ほどまで男子生徒に絡まれていた女子生徒が、アルゼントの方をじっと見つめていた。
その視線を受け、アルゼントの頬に冷や汗が流れる。
(まさか、バレたか……?)
そんな最悪な想像を振り落とし、アルゼントは早くランスに戻ってきてほしいと願うのであった。
♢♢♢♢♢
「なぁなぁ、アルゼント。あともう少しで定期試験だな」
アルゼントたちが王立魔法学園に入学してはや一週間。アルゼントがいつものように教室で授業の準備をしていると、ランスがそう声を掛けてくる。
「定期テスト? なんだそれ」
「うお、まじか……お前、さては優等生の皮をかぶっておきながら、先生の話全然聞いてないだろ」
「失礼な。1割ぐらいは聞いてる」
「ほぼ聞いてねぇじゃねぇか」
定期試験とは、魔法学園で一年に5回ほど行われる行事であり、生徒の学力と魔法の技術を測るための試験だ。
「――で、俺は悲しいことに勉強ができないじゃん?」
「悲しいと思うなら真面目に授業受ければ?」
「ムリ!!」
清々しいほどあっさり断言するランスに、アルゼントはこの学園生活で何度目かわからないため息をつく。
「悲しいぐらい勉強できないから、僕に勉強を教えてほしいってこと?」
「そうそう。さすがに受験の時の筆記試験の点数で危機感を持ったんだよ」
「もう少し早くに危機感を持ってほしかったけど……いいよ、それぐらいなら」
皮肉を言いながらも、ランスのお願いをアルゼントは素直に引き受けるのであった。
♢♢♢♢♢
それからまた時は経ち、定期テスト当日。学園の試験場にて、アルゼントたちはこれから始まる魔法の試験の準備をしていた。
「面倒くさいなぁ」
「まぁまぁ、そう言うなって!!」
アルゼントのつぶやきにそう声を掛けてくるランスを、アルゼントはキッと睨みつける。
「……僕に勉強を教えてって言ったくせに、面倒くさがって真面目に勉強しなかったくせに」
「そのことを言われると、何も言い返せない……」
そう、アルゼントは何とかランスに勉強を教えようとしたが、アルゼントは魔法ばかりで勉強と真面目に向き合わなかったのだ。
「ま、まぁ、そんなことよりも。お前なら魔法試験だって余裕だろ。なんてったって、この俺よりも強い」
「それが問題なんだよ。僕が本気で魔法を出せば、絶対に目立つのは免れない」
アルゼントの言葉に不思議そうな表情を浮かべるランスから、アルゼントは顔を背ける。
「――それでは皆さん、こちらに順番に並んでください」
(まぁ、適当にやるか)
♢♢♢♢♢
「それでは次の人!」
「……はい」
魔法試験は、一人ずつ順番に的に魔法を当て、その威力と正確性をもとに点数がつけられる。
そして、今はアルゼントの番。彼は的に向かって手を伸ばし、軽い深呼吸を繰り返す。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。初めは魔法を出せれば十分ですから」
教師がなかなか魔法を出そうとしないアルゼントにそう声を掛けるが、アルゼントはそう言うことじゃないんだよなぁと思う。
「……わっ!!」
「わッ!?!?!?」
なかなか魔法を出そうとしないアルゼントに痺れを切らしたように、アルゼントの肩にランスの手が置かれ、ランスの声が響く。その声にアルゼントは驚き、アルゼントの手から勢いよく炎が出て、的を焼き払う。
「……」
「…………」
「………………」
重い沈黙。中でもランスはとんでもなく気まずそうにしている。
「えっと……今のは本当にライシャインさんの実力で?」
「……そんなわけないじゃないですか!!」
教師の問いに、アルゼントは大きな声で否定する。
「ほら、僕が魔法を打つ前に、ランスの手が触れたじゃないですか? そのせいで、きっとランスの魔力が僕の体に流れ込んで、一時的に大きな魔力が生じたんですよ!!」
アルゼントの必死の弁明に、教師は怪訝そうな表情を浮かべながらも、納得する。
「なるほど……ではもう一度お願いできますか?」
「はい、わかりました」
教師の言葉にアルゼントはそう返事をした後、後ろのランスをギロリと睨みつける。
そして、新しく設置された的に手を向け、手の先に魔法陣を出現させ、今度こそ本来の魔力量が出ないように集中する。
「ファイヤソード」
そうアルゼントが唱えると、細く弱弱しいナイフ形の炎が的に向かって飛び、的をかすめた。
「……これでよろしいですか」
「はい、十分です。それでは、次の人!」
「うす!!」
教師の言葉に、ランスは元気よくそう答える。
その声を聞きながら、アルゼントはランスの肩にすれ違いざまに触れる。
傍から見れば、友達へエールを送っているようにも見えるが、アルゼントはただ単に、先ほどの自分の発言に矛盾が生まれないよう、ランスに自身の魔力を流し込んだだけであった。
「……はぁ、焦った」
他の生徒から一通り離れたところで、アルゼントはそうつぶやく。
「――どうして焦っているの?」
「 !? 」
完全に周りに他の生徒がいないと思い込んでいたアルゼントは、背後から聞こえてきたその声に酷く驚く。慌てて背後を振り向くと、そこには、入学式の日にガタイの良い男子生徒に絡まれていた女子生徒がいた。
「えっと……ルナさん? だっけ」
「はい、そうです。でも、今はそんなことどうでもいいのです。ライシャイン様、どうして貴方は焦っていたのですか?」
「……」
アルゼントと話している少女は、ルナ・フェダイナ。今年新たに魔法学園に入学した、数少ない平民出身の生徒である。
そんなルナには謎の迫力があり、ルナの追及に、アルゼントは思わずだんまりになる。
「先ほどの貴方の魔法の試験を見ましたが、貴方の先ほどの魔法は、ジアリス様の魔力ではなく、ライシャイン様自身の実力ですよね?」
「……な、何のことかなぁ?」
「しらばっくれても無駄ですよ。それに……」
ルナはそこで言葉を区切り、アルゼントに顔を近づけ、至近距離でのぞき込んでくる。
「貴方、魔王ですよね?」
「 !? 」
何故それを、と思いながらアルゼントはルナを見つめていると、ルナはクスクスと笑いだす。
「その反応……やはり、アーシア……」
「キャー!!」
ルナがアルゼントにさらなる追求をしようとすると、どこからともなく悲鳴が響いた。
「何事っ!?」
ルナとアルゼントがそろって悲鳴が聞こえた方へ振り返ると、そこには、荒れ狂うドラゴンの姿があった。
♢♢♢♢♢
アルゼントが、何故学園にドラゴンがいるのかと不思議に思う間もなく、ドラゴンが口から炎を吐き、訓練場はあっという間に炎に包まれる。
「……!! み、皆さん、私の後ろに下がってください!!」
唖然としていた教師は、訓練場が炎に包まれたことでようやく我に返り、生徒たちを守るようにドラゴンの前に出て、戦闘態勢に入る。
「ま、待って!!」
あのドラゴンに、アルゼントは見覚えがあった。そんなドラゴンが人を傷つけるのも、人に傷つけられるのも見るのが嫌で、アルゼントは咄嗟に、教師とドラゴンの間に入る。
「な、何をしているのですか、ライシャインさん!?」
教師の焦った声がアルゼントの耳に入るが、アルゼントはそんなこと気にしない。必死に、荒れ狂うドラゴンに向かって手を伸ばす。
「ファイライド!!」
そして、ドラゴンの名を叫ぶ。
「グルルル……!!」
しかし、アルゼントがドラゴンのことを知っていても、ドラゴンの方はアルゼントが魔王・アーシアであることを知らない。
どうしたものかとアルゼントが悩んでも、ドラゴンの攻撃は止まない。
「――おい、そこにいらっしゃるお方が誰なのか存じないのか!?」
強い殺気。
それを発していたのは、可愛らしい見た目をした、ルナであった。
そしてルナは、明確にアルゼントを守るため、アルゼントの前に立つ。
「その方は、今から1000年前、我々魔物を救ってくれた、魔王・アーシア様の生まれ変わりだ!!」
ルナの殺気も、気迫も、佇まいも、アルゼントにはすべて見覚えがあった。
「ファイラルド。確かに、アーシア様もわたしも、お前たち魔物を残して死んだ。でも、決して、お前たちを見捨てたわけではない。確かに、人間の中には憎らしいやつもいる。忌々しいやつも、たくさんいる。でも、関係ないやつを見境なく傷つけるのは違うだろ!?」
(あぁ、そうか。彼女は……)
「何より、アーシア様は……お父様は、人々に虐げられた人間であるわたしを救ってくれたんだ……!!」
――アメジア――
アルゼントの頭に、一つの懐かしいく、何よりも大切な名がよぎる。
アメジアは、魔王が最初で最後に手を差し伸べた人間の名だ。
アメジアの近くにいた人間は皆、死んだり大怪我を負ったことにより、彼女は災いを呼ぶ少女として恐れられ、虐げられた。魔王はそんなアメジアを自身の娘として育てることにより、彼女を守ったのだ。
そんな彼女も、魔王と同様、生まれ変わったのだ。アルゼントの同級生、ルナとして。そして今、彼女は人間を守るため、そして、かつての恩人のため、魔物に立ち向かっていた。
しかしドラゴンの攻撃は止まらない。まるで、何かに苦しんでいるように。
「……もういいよ。ありがとう、アメジア」
アルゼントはルナにそう声を掛けながら、ポンッと肩に手を置き、ルナの前に出る。そこには、ルナのねぎらいの意味があった。
「なぁ、ファイラルド。君はどうしてそんなに苦しんでいるんだい?」
穏やかな口調を意識して、アルゼントはドラゴンにそう声を掛ける。
そんなアルゼントの声を聞いた瞬間、ドラゴンはすべての動きを止める。
「君のことは、誰よりもよく知っている。ファイラルド、君が無差別に何かを傷つける子じゃないって」
「グルルル、ガァル!!」
「そうか、それは辛かったね」
アルゼントはドラゴンの言葉にそう返事をしながら、魔法でドラゴンの頭付近まで浮き上がる。
「大丈夫。君は強い子だ」
アルゼントは、ドラゴンと額を合わせ、大丈夫だとそう言い聞かせる。
「アメジア。回復魔法をお願いできるかな?」
「はい、もちろん」
アルゼントが遥か下のルナにそう声を掛けると、ルナはすぐにそう答える。
「すぅ、はぁ……ヒール!!」
ルナがそう唱えると、ドラゴンの体の周りに光の粒が浮かび上がり、その光がドラゴンを包み込む。
「……ガァ!!」
そして、しばらくすると、ドラゴンは嬉しそうに鳴く。
「良かった……もう大丈夫なようだね」
微笑みながらアルゼントがそう言うと、ドラゴンはまたまた嬉しそうに鳴きながら、空高くへと飛び立つ。
「バイバイ、ファイラルド。これからは、僕に縛られずに生きていけ……!!」
アルゼントがドラゴンにそう活を入れると、ドラゴンはまるで迷いを捨て去るように勢いよく、学園の上空から去っていく。
「ライシャインさん、フェダイナさん、怪我はありませんか!?」
そして、事が片付き、アルゼントが地面へ降り立つと、教師がアルゼントたちにそう声を掛ける。
「えぇ、大丈夫ですよ」
「すべてお父様のおかげです!!」
ルナがエッヘンと誇らしげに、先生の問いと噛み合わないことを言うと、アルゼントは思わず苦笑いを浮かべる。
「アメジア、ちょっと返答が違うんじゃないかな?」
「えっと……アメジア?」
教師がアルゼントの言葉にツッコむと、ようやくアルゼントは事の重大さに気が付き、ハッとなる。
「えっと、アメジアっていうのはルナさんのあだ名で……」
(いや、言い訳をするよりも、記憶を消す方が早いか)
初めは教師や生徒たちに弁明しようとしたアルゼントだが、すぐに面倒となり、足元に闇色の魔法陣を出現させ、ルナもろとも記憶操作魔法を掛ける。
「お、お父様!? ど、どうしてわたしまで……」
「だって、アメジアは、僕が魔王と知っていたら、とことん僕に尽くすだろう?」
「そ、それの何が悪いのですか!? だってお父様は、わたしの命の恩人で……」
「それは前世のことだ。今世には何も関係ない。君には、僕なんかに縛られずに生きてほしいんだ」
「ごめんね、アメジア。僕の我儘に付き合わせてしまって」
最後にルナに――アメジアにそう声を掛け、アルゼントは己の魔力を極限まで使い、この場にいる全員のドラゴンに関する記憶を消す。
「いやだ、いやです、お父様!! わたしは、わたしは……!!」
アメジアは半ば叫ぶようにしてそう言いながら、アルゼントに向かってそう言う。
その手を、アルゼントは拒絶せず、ギュッと握りしめる。
「ねぇ、アメジア。僕はね、君のことを……」
『 あ い し て い た よ 』
アメジアはそんなアーシアの言葉を聞き、暖かな光に包まれながら、気を失ったのだった。
♢♢♢♢♢
「おはよう、ランス」
「あぁ、おはよう、アルゼント」
翌日、魔法学園ではドラゴンが到来したなんてなかったかのようにいつも通りの日常が流れ、アルゼントが魔王の生まれ変わりと知っている人間は、本人を除いて一人もいない。
ちなみに、ドラゴンには全身に怪我があり、おそらくそれのせいで一時期混乱状態となり、学園を襲ったのだろうとアルゼントは考察しているが、真相は闇の中である。
教室にはいつものように笑い声が響き、その中にはルナのものも含まれていた。
前世では災いを呼ぶ少女として恐れられ、差別された彼女だが、今は平民だろうが貴族だろうが関係なく、みんなと仲良くしている。
「お~い、アルゼント、どこ見てんだ? あ、まさかアルゼント、好きな人でもできたのか?」
からかうようにアルゼントにそう聞いてくるランスをまっすぐに見つめながら、アルゼントは断言する。
「違う。これは親心だ」
「は? 気持ち悪」
魔法学園は今日も変わらない、いつも通りの日常であった。でも、確かに時は流れている。アルゼントはきっとこれからも、波乱万丈な学園生活を送ることになるのであろう。しかし、彼は友のため、そして、何よりも愛おし者のため、様々な困難に立ち向かっていくのであろう。しかしそれは、まだまだ先のお話である。