第15話 帰還の扉と新しい約束
暁の光が、北壁図書館の大階段に差し込んでいた。
崩落から日が経ち、瓦礫は片づけられ、建物の中央にぽっかりと開いた空洞には──転移門が再び、青く光を灯していた。
その前に、匠真は立っていた。
手には制御杖。背には仲間たちの寄せ書きがびっしりと書き込まれたノート。
「いよいよ……帰るんだね」
結那がぽつりと呟いた。
匠真は振り返り、仲間たち全員の顔を順に見る。
春樹は両手を後ろで組み、口元をわずかに緩めている。
久美は目を伏せてそっぽを向いていたが、耳は真っ赤だった。
ゆりかは泣き笑いを浮かべ、侑子は何か言いたそうに手を握りしめていた。
佑弥は静かに頷き、聖人はいつも通り感情を抑えているようだったが、指先が小刻みに震えていた。
プリシラは、先に目を赤くし、袖で涙を何度も拭いていた。
そして、ダンテ──
「……一つだけ聞かせろ」
うつむき気味に、だが真っ直ぐに言った。
「お前は……この世界のこと、本当に忘れないか?」
匠真は答えるより先に、ノートを高く掲げた。
「この中に、全部ある。“みんなとの約束”も、“学んだこと”も、全部書いてる」
ダンテは苦笑し、肩をすくめた。
「じゃあ……それを見た誰かがまた、この世界に来る時があれば、今度は教師として迎えてやれ」
「うん。約束する。次は“渡す側”として来るよ」
***
結那が、門の縁に腰掛け、靴をぶらぶらと揺らす。
「寂しくなるなぁ。だけど……なんとなく、また会える気がするんだよね」
「うん。僕もそう思う」
匠真は微笑んで、彼女に右手を差し出す。
「もう一度──“守れない約束はしない”。それでも、約束するよ」
結那は、いつかと同じく、くすぐったそうにその手を握り返した。
「じゃあ、あたしは“自由な旅の途中で待ってる”ってことで」
転移門が、光を増していく。
風が吹き上がり、書架の紙片を巻き上げる。
仲間たちが、最後の見送りをする。
「ありがとう、みんな」
匠真は門の中に一歩踏み出し──
そして、青い光の向こうへ消えた。
──静かな空気が、頬を撫でた。
匠真は、目を開けた。
そこは──見慣れた、県立南高等学校の図書室だった。
午後五時過ぎ。夕陽の赤が、窓際の机を染めていた。
「……戻ってきた」
手元には、返却し損ねていた文庫本。そして──もう一冊。
ルーメリアで手にした“学びと記録のノート”だった。
表紙は擦り切れて、ページの端は焼け跡のように焦げ、文字には風と水の滲みが残っている。
だが──確かにあの世界が、ここに存在している証だった。
机に座り直し、匠真はノートを開いた。
仲間たちの言葉、呟き、笑い声や怒声、涙ににじんだ筆跡がそこにあった。
「このままじゃ、終われないな」
彼は、図書室のカウンターへと歩き出す。
カウンター越しに座っていた司書が顔を上げた。
「あら、匠真くん……ずいぶん読み込んだみたいね」
匠真は苦笑しながら頷く。
「……はい。ちょっと、いろいろと学んできました。返却期限、間に合ってますか?」
司書はパラリと貸出記録を見て、笑う。
「ぎりぎり。17時10分までね。セーフよ」
匠真は、そっと本を差し出した。
「じゃあ、また……借ります。次は、“教えるための本”を」
***
それから数ヶ月後──
匠真は、大学の教育学部に進学し、図書館でアルバイトをしながら教師への道を歩き始めていた。
彼の手には、あのノートがいつもあった。
空き時間には、ページを読み返し、新たなメモを書き加えていく。
そして、ノートの最後のページには──こう記されていた。
>【再訪の誓い】
>次にルーメリアを訪れるとき、僕は“知識を渡す者”として、あの仲間たちのもとへ帰る。
>彼らが僕に与えてくれた言葉と時間を、今度は“教え”として伝えるために。
***
ある日の夕刻、図書館の床がひっそりと軋んだ。
誰もいないはずの書架の奥で、一冊の本がカタリと落ち──
床に浮かび上がる、小さな“青い扉”の輪郭。
風が、ページをめくるように吹いた。
──これは終わりではない。
これは、未来への“予告”だ。
(完)




