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第14話 プリシラの涙と禁呪の代価

 蒼天塔の最上階──

 空を裂くような音とともに、塔の核へ通じる魔力流が暴走を始めた。

 魔力柱が紫色に変じ、塔を軋ませるような振動が走る。

 「おい……これはもう“制御不能”の領域じゃないか?」

 春樹の冷静な声にも、わずかに焦りがにじんだ。

 結那は風の流れを読み、塔の天蓋を睨む。

 「……あそこにいる。ダンテが、禁呪の詠唱を続けてる!」

 塔の奥、祭壇のように高くそびえる足場に、ダンテの姿があった。

 彼の前には、異様に脈動する魔導書。

 風も、光も、重力さえ歪めるような魔力の奔流の中心で、彼は半狂乱のまま呟いていた。

 「これさえ成功すれば……僕は、帝国で認められる……っ。失敗じゃない……僕の判断は……!」

 匠真は叫んだ。

 「ダンテ、それは偽の禁呪書だ! それ以上続けると、お前の命が──!」

 だが、その言葉はもう届かない。

 ──そのときだった。

 ダンテの隣にいたプリシラが、一歩、前に出た。

 「もう、やめて……っ!」

 彼女の声は、誰よりも震えていた。

 「私……怖かったの。あなたを止めたら、また“器が小さい”って笑われるかもしれないって。でも……それでも、あなたが消える方が、もっと怖い!」

 その声が、ダンテの動きを止めた。

 魔導書の詠唱が途切れ、空間の魔力が一瞬、息を潜める。

 プリシラは涙をこぼしながら、匠真の方を見た。

 「私にも……できること、ある? この魔力の暴走を止める手段──」

 匠真は頷いた。

 「ある。“禁呪を解除する共詠唱”。だけど、それには……“信頼”と“約束”が必要なんだ」

 「……わたし、やる。あなたに託す。私、変わる。器の大きさは──守った約束の数で測れるなら、今、ひとつ目を守る!」

***

 匠真は制御杖を掲げ、光の鎖を展開する。

 その鎖は、彼がこれまで交わした約束の象徴。

 久美の努力。

 佑弥の矜持。

 聖人の変化。

 結那の自由。

 侑子の信号。

 春樹の大局観。

 プリシラの覚悟。

 その全てが、鎖の一つひとつを輝かせていた。

 「さあ──共に唱えよう。君の“約束”で、世界を繋いで!」

 プリシラが声を震わせながら、詠唱を始める。

 「《縛鎖ばくさよ、誓約の名において閉じよ──》」

 「《光よ、失われし秩序を結び直せ──》」

 その瞬間、空間が反転し、魔力の流れが収束を始めた。




 共詠唱が続く。

 プリシラの声は細く、だが震えずに塔の最上階へと届いていた。

 「《汝、過ちの炎を閉じ……》」

 「《再び刻まれることなき魔を……静かに、還元せよ》」

 光の鎖が天井から降り、魔導書を縛る。

 封印の術式が青く輝き始め、暴走する魔力が徐々に弱まり、風が止まった。

 ──そして。

 禁呪の魔力は、最後の衝動のように弾け飛び、虚空に解けて消えた。

 匠真とプリシラは、深く息を吐いた。

 辺りを包んでいた紫の気流が消え、蒼天塔の天蓋が再び、蒼穹を見せた。

***

 魔導書の前に膝をついたダンテは、燃え尽きたように呟く。

 「……僕は……何も……残らなかった……」

 その腕を、プリシラが掴む。

 震える指先だったが、決して離れようとしなかった。

 「違うよ。あなたは……今、私の中に残った。“一緒に禁呪を止めた人”として」

 ダンテの目から、ようやく涙が零れた。

 その姿を、誰も責めなかった。

 春樹は静かに、背を向けた。

 「判断力の欠如は、時として取り返しがつかない……でも、訂正の一歩を踏み出した者に、もう誰も石は投げない」

 久美が道具袋を開き、怪我をしたダンテの腕を無言で包帯で巻きはじめる。

 「責めてなんかないよ。むしろ、羨ましいくらいだ。あんたのこと、本気で想ってる人がいるんだもん」

 ゆりかが、そっとプリシラの肩に触れた。

 「……変わったね、プリちゃん」

 「ううん。きっと、初めて“自分で選んだ”んだ。誰かの意見じゃなく、私自身の声で」

 匠真は、制御杖をそっと胸に納めた。

 「これで、門を開く準備は整った」

 彼は改めて周囲を見回し、そして一人ひとりに目を合わせる。

 「ありがとう。誰一人欠けても、ここまで来れなかった」

 結那が笑う。

 「それで終わりのつもり? あたしはまだ旅の途中だけど?」

 匠真も、笑みを返す。

 「……うん。だけど、僕の最初の旅は、そろそろ終着点なんだ」

 塔の天蓋を、白い鳥が一羽、音もなく舞い上がっていく。

 それを見上げたプリシラが、涙を拭いながら、呟いた。

 「次に会うときは、私も……もう少し、大きな器を持っていたいな」

 匠真は小さく頷いた。

 「君はもう、十分に大きいよ。今日の約束が、それを証明してる」

 ──それは、誰よりも小さく、そして一番重い言葉だった。

(第14話【プリシラの涙と禁呪の代価】End)


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