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最終話 四国再訪


 高校に行かなくなってから、電話相談にはかけていない。Yとのその後を心配してくれている相談員もいるだろう。

 外は重くて暗い冬の空気で、包まれている。ふと思いつき、内房線で館山まで行ってみた。


 館山は房総半島の最南端である。そこには一足早く春が訪れていた。

 陽光に輝く太平洋を眺めていると、心も少しは晴れる。

 イーゼルにキャンバスを立て、菜の花を写生している老人もいた。Ⅹは断って、シャッターを押した。雑誌に投稿してみよう。

         ☆

 房総半島の写真が鉄道雑誌に載った。ブルトレの記事があったので、読んでいると、居てもたってもいられなくなってきた。

 夕食後、母親と居間でテレビを見ながらくつろぐ。

「過疎地の小学校がまた一校、長い歴史を閉じます」

 山間(やまあい)を大きな川が蛇行する。はるか彼方に市街地が望まれた。

 カメラがズーム・インし、川に架かった鉄橋をゆく観光列車、そばに校舎と運動場をとらえた。絵葉書のような画像がテレビの画面に流れていた。

 Ⅹが入る予定だった小学校。母親の母校でもある。


「ママ、寂しいね」

「ううん。大切なことは、ママの心のアルバムにちゃんと整理してあって、いつでも見れるからね」

 母親は落ち着いていた。

(心のアルバムか‥‥。ボクは整理できてない。そうだ! 四国、行って、やらなきゃいけないことがある)

 Ⅹはプランを練った。


「サンライズ瀬戸」で四国に渡り、土讃線に乗り換えて、祖母が住んでいた秘境の村をもう一度訪れるのだ。

 家の門に大きな樫の木があった。祖母が太い枝にロープをかけ、ブランコを作ってくれた。

 祖母がⅩの背中を押すと、Ⅹは空高く上がった。目の前に四国山地の連山、足元には、草茫々(ぼうぼう)の傾斜畑や棚田(たなだ)が広がっていた。


 あれから一〇年あまりが経過していた。祖母はすでに亡い。廃屋(はいおく)が増えて、村は消滅寸前。祖母の家屋敷も崩れ、とても近づけない——そんなことを母親は村人から聞いたらしい。

 樫の木は遠くから眺めるしかないだろう。それでも、脳裏に焼き付けておきたい風景の一つである。


 帰りは特急「南風号」か「しまんと号」で岡山に出て、新幹線を利用する。五歳の時、母親と二人で帰ったルートだ。

 瀬戸内の海は輝いているだろうか。京都の時間は止まったままだろうか。富士山は美しい姿をとどめているだろうか。しっかり記憶に刻むつもりだ。

         ☆

 上り列車が近づくと、祖母は声を上げて泣いた。母親も泣いていた。あれから、母親と二人だけの生活が始まった。

 そのうち、空想の世界に遊ぶことを覚えた。妹や後輩、年上の女性などを想定し、ドラマを組み立てた。誰かに披露したくなったが、まともに取り合ってくれなかった。ただ、自殺防止の電話相談だけは違った。

 真剣に聴いてくれるので、ストーリーを発展させた。多くは性に関するものだった。時には、自慰行為をしながら電話している、と勘違いされたこともあった。


 寝る前に歯磨きしようと、洗面所に行った。

 母親が風呂に入っていた。

 脱衣カゴに下着が脱いであった。

 Ⅹは手に取って、そっと鼻に近づけた。

         ☆

 父方の祖母と寝ながら、四国にいる母親のことを思って毎夜、涙を流した。母親を(しの)ぶよすがは、母親の乳房の匂いだけだった。

 四国の駅で母親に抱き着いた時、なつかしい匂いが胸腔に充満していった。

 もう、あの匂いではなかった。


 Ⅹはパジャマを脱ぎ、トランクスだけになった。

「ママ、背中流してあげようか」

 声をかけると

「あら、ありがとう。じゃ、お願いしようかしら。どうしたの、今夜は」


 よく見ると、白髪が何本かあった。四国の祖母は真っ白な頭だったので、血は争えない。

「いろいろ考えたいことがあってね、旅に出たいんだ。四国まで行ってくる」

「それ、いいねえ。あなたもママに似て、内向的だし、ずっと心配してたのよ。そのうちママも行きたいわ」


 高校を中退して一年あまり。同級生は卒業期を迎える。充電期間は十分すぎた、とⅩは思っている。

 Yと子供のことは、心のどこかに引っかかってはいた。




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