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鉄壁の穴

城塞都市テリオスはこの地域で最も栄えている都市の一つだ。

もともと魔王との戦争時の戦略拠点として山岳地帯に作られたが、戦闘が落ち着くと人々が住み始め商人たちで賑わう大都市となった。

テリオスを覆う巨大な岩と鋼の壁は大戦時、岩壁を壊して侵入しようとするドラゴンの目論見をことごとく潰し。壁を飛び越えて来ようとするものは、テリオスの守備隊の対空砲火によりことごとく撃ち落された。

結果、魔王軍の中でこのテリオスに足を踏み入れることができたものはいなかった。この時までは。

事の発端はテリオスの鉄壁の防御に穴が開いたことだった。

岩壁でも、ましてや守備隊の落ち度ではない。街の一角が突如陥没し、文字通り穴が開いたのだ。

そして、巨大な獣の咆哮が穴から響いてきた。ドラゴンの叫びであった。

その声は幾多もの猛者を差し置いて、彼らが成しえなかったこの鉄壁の要塞への一番乗りを果たしたことを誇るように聞こえたという

「それから10日、昼も夜も交代で守備隊のマーキナスが見張っているが出てきていないんだろう?」

ホムンが守備隊の隊長に問いかけた。

「ここにいるのは歴戦の猛者たちです。ドラゴンが出てくれば、袋叩きにできるのですが・・・。」

守備隊の隊長は答えた。この状況がいつ収束するのか、彼らが経験したことのない事態に、穴を取り囲む守備隊の隊員は困惑し、疲れが見え始めていた。心なしか感情などあるはずがない鋼鉄の巨人マーキナスも今にもため息を吐き出しそうだった。

依頼の内容には具体的な指示は書いていなかった。だが、状況から何をさせたいかは分かっていた。

ここの守備隊は確かに並みの機鋼兵以上にドラゴンとの戦闘経験がありマーキナスの操縦技術もかなりのものだろう。だが、彼らにはある経験が圧倒的に不足していた。

「穴の調査はしていないだな。」

ホムンは聞いた。

「はい・・・。この状況は大戦時も経験したことがなく・・・。」

守備隊の隊長が後ろめたそうに言った。

この猛者たちに不足しているもの、それは単独でのドラゴンとの戦闘経験だ。

この経験を積んで生きているものは、大戦時でも一握りだった。

エルフという人工生命体がマーキナスの操縦技術に長けている理由でもある。

ホムンたち一行がここに呼ばれたのは必然、そしてテリオスの守護を担う者たちにとっては幸運の偶然であった。もし、事態が収束しなければ穴に入るのは守備隊の隊員だった。

そしてその穴に入ることを命ぜられたものは生きて帰ることはできないだろうと察しがついていた。

「といってもね・・・。」

ドリーが、クリケットを見た。ホムンとドリーが駆るマーキナス、クリケットは何度もドラゴンたちを単独で封印してきた。それゆえ2人は気づいている。この穴は敵の縄張りであり、無為無策に侵入するのは危険であると。

「この地域一帯の大戦時のドラゴンとの交戦記録と、ドラゴンの製造拠点の情報をくれ。」

ホムンは守備隊長に頼んだ。これは迷い込んだ流れ者の仕業ではない。この何人たりとも敵の侵入を許さなかった防御網に穴があいたのだ。守備隊の動揺を見るにこれがこの都市を陥落させる有効な戦術であることは明白だ。


この城塞都市テリオスが作られた目的はその都市の名を冠する山、テリオス山にある大規模なドラゴン製造拠点の破壊であった。その目論見には魔王軍も気付いており、大戦時にはお互いの拠点を破壊するために壮絶な攻防戦が展開されていた。

ホムンとドリーは魔王軍が放棄した拠点について記された資料や戦闘記録を漁った。そして戦いの終盤、城塞都市テリオスから派遣された偵察隊が魔王軍の拠点であるものを発見していた。

それは魔王軍がこの戦況を打開するために仕掛けようとしていた作戦の要であり、その決行前に拠点が陥落したためその脅威は過去のものとされていた。

あと数日、この拠点の制圧が遅れていたら城塞都市テリオスは陥落し、魔王の新たな拠点となっていただろう。ホムンは先の戦いに関する資料の山の中でそう確信した。

そしてその戦いの続きが、今始まろうとしていたのだ。

「まさか、こんなことが・・・。」

ホムンたちが、彼らの暴いたこの穴の正体を説明すると守備隊長やこの城塞都市の管理を任されている領主、行政を担当する貴族や商人などの有力者たちはお互いに顔を見合わせて口々に言った。

魔王が城塞都市陥落のために送り込んだ切り札、”もぐら”と資料の中で呼称されていたドラゴンがその穴を開けたのだ。そしてもぐらは城塞都市を駆け巡り、都市自体を地中に引きずり込むようその本能に刻み込まれていた。

「なぜこんな事態に、製造拠点は陥落時に調べつくしたはずだ。」

騒然となった議場の中で、誰かが言った。そしてこの事態が如何にして引き起こされてか謎解きが始まった。確かに、製造拠点のあらゆる情報は、陥落時に大規模な調査が入りそして、定期的に今もその状態を把握するため調査隊が派遣されている。

そして調査隊は彼らの仕事を全うしていた。

その証拠に彼らは数年前、この城塞都市が大嵐に見舞われた際にドラゴンが封印されていた小型の錬成装置の一つが壊れ、中身が行方不明になっていたことを記録していた。それがもぐらだった。

ドラゴンは成体になるとその圧倒的な回復力で不死身の怪物となり、封印以外に倒す手段はなくなる。

だが、条件が整わなければ、錬成装置の中でしか生きられないか弱い生き物となる。

調査隊が報告を行ったとき、誰も行方不明のドラゴンに気に留めなかった。

だが、その想像以上にしぶとい生命力が城塞都市を危機に陥れていた。

魔王亡き後、仲間も使えるべき主もないもぐらは、ただその刻み込まれた本能に従い城塞都市を地の底へ陥落させようとしていた。


状況は変わった。ホムンたちや守備隊が考えていた戦術では城塞都市に被害が出る。

このドラゴンは城塞都市の地下あちこちにトンネルを掘り続けているのだ。

対抗策を練るために与えられた時間は限られていた。

だが、幸いなことに、彼らには情報があった。魔王軍の製造拠点で手に入れた”もぐら”に関する情報

そして、この地域でもぐらが脱走してから発生していた奇妙な出来事の記録だ。

それを発見したのはドリーだった。

「見て、あのドラゴンが脱走してから起きた家畜の襲撃事件をまとめてみたの。」

彼女はテリオス周辺の地図を何枚か広げた。

そこにはここ数年単位でテリオスで報告された動物に関する事件が発生の場所とその種類が1年ごとに地図上にまとめられていた。

そして、もぐらが脱走した後、ある動物の死体の発見が急増していることが分かった。

それも半身、ひどいときには胴体の一部しか残っていない凄惨な姿のものであった。

鹿だった。それを裏付けるように、この情報聞くと、ここ最近山で見かける鹿が少なくなっていると守備隊やここの領主までも思い出したかのようにこの話をはじめた。

そして、最近鹿を飼っていた木こり達から鹿が何者かに盗難されたとの報告が相次いであること

また、大穴が開いたのはテリオスで鹿肉を販売していた業者の倉庫であることが分かった。

魔王軍が壊滅したことも知らず、ただ本能に従って穴を掘り、この城塞都市を奈落の底に落とそうとする怪物へ対抗する術を彼らは見つけたのだ。

鋼鉄のクリケットは、鹿肉を体中の巻き付けられていた。

まさかこんな格好で穴に入るとは思わなかった。

ホムンはこの城塞都市を救うためとはいえ、鹿肉を巻き付けて穴の中に入ることになろうとは思わなかった。傍から見れば笑い話だな。ホムンは心の中で観客の笑い声を再生し、あきれたため息をした。

だが、彼の相棒であるドリーの方は露骨に不機嫌そうだった。この作戦成功の暁には城塞都市テリオスの総力をもって鹿肉のお化けと化したクリケットを新品同様にすることを領主は誓約書つきで約束した。

だが、コックピットまで腐った肉の生臭さが充満することを想像するだけで、彼女の顔は険しくなった。

何も知らずに穴に入る方がマシだった。理由は違えど二人の結論は同じだった。

だが、危険は伴う役割だがその時よりも勝算はあった。

まず、餌の塊と化したクリケットが穴に入りもぐらを引き付ける。

そしてもぐらがそれに食いついたら、穴の外側で待機している守備隊がクリケットに今取り付けられようとしている長い鋼鉄のワイヤーで引っ張り上げ、もぐらを穴から引っ張り出す。

そして地上に出てきたもぐらを守備隊が総力を挙げて一網打尽にする。

鋼鉄の巨人クリケットを生餌にしたドラゴンの一本釣りである。

生臭さが伝わってきそうなクリケットのコックピットの中でドリーは領主の誓約書の内容を思い返していた。コックピットとか中もちゃんときれいにしてくれるって書いてあったかな・・・。それを信じないと

とても耐えれなかった。

ホムンは穴の中でもぐらとどう戦うか考えを巡らせていた。

敵の最初の攻撃は決まっている。自分たちを餌だと思ったもぐらが大口を開けてやってくるのだ。

今のクリケットは間違えなく餌であるのだから。

コオロギのような起動音が鳴り、巨大な鹿肉のお化けは、城塞都市テリオスに開いた穴に向かって進んでいった。

この滑稽な姿は、沈みゆくテリオスを救うため、自ら危険の中に飛び込む英雄の勇気そのものだった。

暗い穴の中では、視覚による判断で敵を把握するのは難しい。クリケットには暗闇でも周りを見通せる光源や明かりを灯すことのできる魔法も備わっていたが、餌という役を演じ切るためには封印せざる負えなかった。だが、ホムンとドリーにはそれほど問題ではなかった。

「探知魔法で敵の位置がわかるか?」

ホムンのその言葉にドリーが頷くと、クリケットの暗いモニターにまるで昼間のように明るく、ドラゴンが掘った洞窟の中が映し出された。

これは、明かりを灯してるわけではなく、クリケットの機能とドリーの魔術を組み合わせたものだった。

正確ではないが、敵の位置を把握して戦うには十分だった。

鹿肉のお化けと化したクリケットはドラゴンの巣である洞窟を進んでいった。

分岐点が幾多も設けられた複雑な洞窟であるが、ドリーが構築した探知魔法のおかげで進むべき道は分かっていた。それに、向こうもこちらが纏っている餌の匂いに気付いたようで、仕事を止めてこちらに近づいてきていた。

探知魔法にうつったドラゴンの影が徐々に大きくなる。そして、こちらに近づく速度も速くなっているように見える。

ホムンに緊張が走った。

クリケットの武器である光の剣を抜いたとたん、餌としての演技が水の泡になる。

食いつかせるまではこちらから手を出すのは禁物だ。下手に避ければ警戒され、最悪逃げられる。

安全に最初の攻撃を受けなければいけない。そして、受けたら放さないように掴まなければいけない。

「来るよ!」

ドリーの叫びとともに、暗闇から大きな牙に囲まれた口が向かってきた。

クリケットはとっさに片方の腕で受け、もう片方でドラゴンの首を掴んだ。

「掴んだ。地上に引っ張り上げるぞ!」

ホムンがそう叫んだ途端、クリケットはものすごい勢いで後退していった。

地上では守備隊が持てる装備をすべて使って、ワイヤーを巻き上げていた。

ホムンとドリーは常人なら気を失っていそうなほどの勢いで操縦席にたたきつけられていた。

耐えきれない事はないとはいえ、味わう感覚は決していいものとはいえない。

気を許して手元が狂えば、鹿肉を巻き付けて捕まえたこの”もぐら”に逃げられてしまう。

洞窟内を照らす光がだんだん大きくなり、クリケットともぐらは勢いよく地上に放り出された。

もぐらは穴に戻ろうとしたが、すぐさま、城塞都市テリオス誇る守備隊のマーキナスが並んで壁を作り、それを阻止した。もぐらは太陽の下で逃げ場を探したが、すぐさま周りを守備隊のマーキナスに取り囲まれた。

そして、城塞都市テリオスを狙った最後のドラゴンは目的を果たすあと一歩のところで息絶えた。

その最後は数多くのドラゴンと同じく、この都市が誇る守備隊のマーキナスによって取り囲まれ、抵抗する間もなくその強力な魔力のこもった槍によって串刺しにされた。

数日後、城塞都市テリオスを後にしたまるで新品のように輝く鋼鉄の巨人クリケットの中で、ドリーは上機嫌にコックピットの匂いを嗅いでいた。

「はぁ~、まさか各国の王族御用達の 国賓につかう最高級の芳香剤をもらえるとは思わなかった。しかも、秘蔵の作り方も教えてもらえるなんて・・・最高!」

後部座席で感激する相棒の様子を見ながら、

ホムンは鹿肉の腐った匂いが充満しなくてよかったと胸をなでおろした。









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