狩り
「ねえ、ここから少し先の湖って夜になると光るらしいのよ。」
コーヒーを飲みながらドリーがホムンに話しかける。
「多分、昼の間に日光を蓄えた草とかが夜になると光りだすんじゃないかな~って考えてるんだけどね。」
ホムンは彼女がなぜこの話題を出したかわかりかけてきた。
「日暮れまでにドラゴンを封印しろってことか。」
ドリーがホムンから目をそらす。こっちの考えていた通りだ。
「今日は満月で、一番きれいに光るってこの辺で有名なんだよ。」
ホムンはコーヒーと共に出かかっている言葉を飲み込んだ
俺に食い下がるな。そんなことはドラゴンに言ってくれ。
ドリーはため息をついた。
「罠を仕掛けてかれこれ3日ぐらいたつわね。ちょっと参ってきたかも。」
どうやら彼女は自分の不機嫌をコーヒーと共に流し込めなかったようだ。
普段は意気揚々キャンプを楽しんでいるが、常に警戒しながら獲物を待つのには耐えられないらしい。
ドリーはクリケットを見た。この鋼鉄の巨人で暴れて今すぐ不機嫌を発散したい。
ドラゴンめ、早く罠にかかれ。ホムンは彼女がそう思ってるように見えてきた。おそらく外れていないだろう。
ホムンは獲物を捕らえるために仕掛けた罠の方を向いた。強力な拘束魔法が仕掛けてある魔法陣だ。
獲物がかかったら即座にクリケットで向かい 封印する。危険はないはずだ。
獲物に気づかれないために罠から少し離れているが、クリケットであればすぐに対応できる。
問題はないはずだ。獲物がこの場所に現れれば確実に封印できる。
だがこの3日間獲物の気配はない。ホムンは違和感を感じ始めていた。
彼は頭の中で獲物についての情報を整理し始めた。
ホムンたちが調査に来た時、村にはすでにドラゴンの被害が出始めていた。
ただ、遠くで目撃したもの、家が壊されたもの、
畑や家畜が食い荒らされたもの、命を落としたもの 被害は村人によりまちまちだ。
だが、それらの話を聞き、被害のあり様を見ることでホムンたちはドラゴンの特性を掴んでいった。
まず、大きさはこの村にある民家一つ分、クリケットの人間とすればちょうど大きな犬のような大きさだ。
また、目撃談や足跡、食われた家畜、壊された家の状況から羽は生えているが空を飛んで移動できるほど発達していないこと、背中に透き通った結晶がいくつも生えていること
洞窟に潜み、深い森の木々に隠れて移動し、暗闇に紛れて人知れず現れ、気が付くと気配が消え 暴れまわった痕跡が残っていることが分かった。
ホムンたちが興味を持ったのは目撃者たちが口をそろえてドラゴンたちが現れる前、誘うような不思議な歌のような声を聴き、その声がする方へ向かうと人の背丈ほどある透き通った透明な結晶が置いてあった。と言っていることだった。
ホムンたちは目撃談やドラゴンの痕跡をもとに常にドラゴンが通る場所を割り出し拘束魔法を込めた罠を張った。
それから3日間 目撃者が聞いた誘うような不思議な歌のような声が聞こえるのを待っているのだ。
おかしい。ホムンは思った。この場所で間違いない。目撃談も何度も出ている。
それなら罠に気づかれたのか・・・ありえない この方法で仕留めたドラゴンは数多くいる。
風が吹いた。強い風だった。声が聞こえ始めた。村人からその声がどういうものか聞いた時、内心これで誘われるわけがないと思った。だが彼は今、村人がその時何を感じていたか手に取るように分かった。
「ねぇ・・・この音って・・・。」
ドリーも同じ声を聴いている。同じことを考えている。
ホムンはゆっくり立ち上がり、魔力で剣を生成した。
「罠を見てくる。クリケットに乗るんだ。獲物がかかった。」
「待ってホムン。もしかしたら。」
「危険だ。合図したらクリケットに乗って罠へ来てくれ。」
ホムンは罠の方へ慎重に歩いていった。
クリケットにドリーと乗って戦うか、それともドリーを置いて一人でクリケットに乗って戦うか
選択肢はいくつかあったが彼はこれ以外は選びたくなかった。
警戒はしている。だが、彼一人で倒せない訳ではない。
ホムンは戦いで命を捨てることは厭わない。だがドリーは別だ。
彼女は生きることに価値を感じている。生きる目的と名誉を失った空っぽの自分とは違う。
ならばこの戦いは自分だけが引き受ければいい。
自分たちを生み出した連中に期待されていたことと同じだ。戦って勝つ。だがその先には何も栄光はない。これが宿命だ。
ホムンが罠にたどり着いたとき、背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。
魔法陣に置かれていたのは人の背丈ほどある透き通った透明な結晶であった。
鋼鉄の機械が動く音、そしてコオロギのような笛の音がした
クリケットの起動音だった。
ホムンは一目散にドリーの元に走り出した。
彼が覚えた恐怖は自分自身じゃないドリーの命に対してだった。
ホムンは焦った。だが同時に彼は自分でも驚くぐらい冷静に状況を見ることができていた。
獲物は自分たちだったのだ。彼らは見落としていた。なぜドラゴンが去る気配に誰も気づかなかったのか
声が聞こえる前にドラゴンに気づけなかったのか。ドラゴンは生物ではなく、魔王が他国を侵略するために生み出した魔術兵器であり、人為的に能力が付与されていることを。
クリケットに伸し掛かり今にも噛みつこうするドラゴンに向かって、ホムンは自身の目一杯の魔力を込めた剣の一撃をドラゴンの背中に浴びせた。
ドラゴンの背中を覆っていた結晶がわずかではあったが砕けた。
それだけで効果は十分だった。
ドラゴンは痛みのせいか叫び声をあげて、クリケットから離れた。
その隙にホムンはクリケットに飛び乗った。
「すまん。大丈夫だったか!?」
ホムンは自分でも意外な程に声を荒げていた。
「なんとかね。それよりあのドラゴン、飛べない代わりに全身から気配を消す魔法に似た魔力を出していたみたい。」
思いのほかドリーは冷静だった。
「奴はずっとそばにいたんだ。そして俺たちが痺れを切らすまで気配を消してずっと待ち構えていたんだ。そして背中の結晶で獲物をおびき出して一人ずつ狩ろうとしてたんだ。」
ドリーは薄々気づいていたドラゴンの特徴をホムンから改めて説明されることで目の前で対峙するドラゴンに少し恐怖を覚えた。獲物だと思っていたものが狩人であり自分たちが獲物であったと気づかされたときの恐怖だ。そしてそれを払拭するかのようにホムンに尋ねた。
「でも、クリケットなら問題ないでしょ。」
ホムンはうなづいた。そして彼の席に座り、クリケットを動かした。
さっきまではホムンたちは獲物だったかもしれない。しかし今、彼らはドラゴンを封印する狩人だ。
「魔力充填 逃げられる前に一気に叩く!」
クリケットは二の腕に取り付けられた剣を取り出した。そして剣に魔力を込めた。
ドラゴンは自らの背中の結晶に傷をつけた相手がクリケットに乗っていることを分かっていた。
自らの狩人としての誇りを傷つけられたドラゴン憎しみのまなざしを向けながらクリケットにとびかかった。
クリケットは冷徹に光る機械の瞳で一瞬の隙をつきドラゴンの腹に魔力がこもった光の剣を突き刺した。
数多くのドラゴンを封印した鋼鉄の狩人の前にはこの獲物を封印することなど容易だった。
ドラゴンの体は灰色の濁った凍った彫刻のような結晶となった。これで特殊な蘇生魔術などがない限り目覚めることはない。
ホムンは安堵のため息をついた。
そしてドリーを見た。
「あの時、罠だって言おうとしたのに。」
「悪かった。」
無事でよかった。口ではそっけなく謝っていたがホムンはドリーを見て心の中でそう思っていた。
夜深く、湖の上に満月がかかるころ
鋼鉄の巨人クリケットの影とその傍らで焚火を囲う2人のエルフは湖畔にほのかに輝く光を眺めていた。
「ねぇ、あながち間違ってはいなかったでしょ。」
ドリーが自慢げに話しかける。
「何がだ?」
「昼間に話したでしょ、この光る湖畔についての考察 まあ、昼間に日光を蓄えるのは草じゃなくてヒカリゴケの亜種だったみたいだけどね。ほぼ正解みたいなもんよ。」
「そうだな。」
ホムンは何の話の続きをしているのか思い出せなかった。
だが彼女の洞察力は信頼できるということは十分わかっていた。
昼間の話も、今の話もドリーはきっと正解を言い当てているのだろう。そんな話はどうでも良いのだが。
「ちょっと?」
どうやらドリーにはホムンが彼女に寄せる信頼は伝わらず、彼が答えたそっけない返事だけが伝わっていたようだった。