5.夕闇の刻(とき) 1
太陽は傾き、西の空が赤く染まり始める。遠方から来てくれた精霊の騎士の為に、村人たちは集まって、ささやかな宴を開いた。
広くなった場所に集まり、乏しい食料を分け合って食べるだけだが、みなの顔には笑みがあった。それだけでも大した楽しみなのだ。神官のルカスや村長から注意されていたので、村人が集まったのは井戸から離れた場所だった。そのころには魔物が井戸から現れたとみな知っていたので、誰もそちらに近づかず、視線を向けようともしなかった。
食事はいらないと言ったクリスだったが、村人の好意を無にするわけにもゆかず、用意された席につき、温かい汁物の碗を礼儀正しく受け取った。一口だけすする。その後は礼を述べ、接待役をしている村長夫人のアイラに返す。中身の減っていない碗にアイラはおろおろしていたが、ルカスが大丈夫だという風にうなずいたので碗を下げた。
無口で表情の動かない精霊の騎士に、村人は最初こわごわとした視線を向けていたが、食事が終わるころにはなごやかな雰囲気になり、何か物語りをしてもらえないかという声が上がるようになった。村長のモースからも頼まれて、クリスはどうしたものかと言いたげにルカスの方を見た。ルカスはそれで、「できれば何か話して下さい。都の話や、騎士たちの話を。あなたがしてきた魔物退治の話でもよろしいですよ」と言った。
「わたしはあまり、語るのが得意ではないのですが……」
「何でも良いのですよ。遠くから来た客の話を聞くのは、村人にとってうれしい事なのです。どうかお願いします」
神官にも頼まれてしまい、クリスはついにうなずいた。しかし何を話せば良いのかわからない。それで村人に向かって言った。
「わたしは物語りをするのが得意ではありません。ですので皆さんの方から、尋ねたい事をおっしゃって下さい。できうる限り、それに答えたいと思います」
そう言われて大人はとまどった顔をしたが、張り切ったのは子どもたちだった。
「精霊の騎士さま! 騎士さまって、魔物を倒した事があるの?」
「どうやったら騎士になれるの?」
「剣を持ってるけど、それでたたかうの?」
「精霊さまを見たことがあるの? 女神さまにも会った?」
ここぞとばかりに口々に問いかける。クリスはその質問に答えて言った。
「魔物を倒した事はあります。この剣でも戦いますが、他にも使えるものがあれば、それを使います。女神さまには会った事がありません。ですが精霊には会いました。そうでなければ、精霊の騎士にはなれませんから」
そういやそうだ、という声が上がり、笑い声が上がった。
「どうしたら精霊の騎士になれるのか、という質問ですが。精霊の騎士は、自分の意思でなるものではありません」
そう言われ、村人たちはきょとんとした顔でクリスを見た。ルカスもだ。
「精霊がわたしたちを選ぶのです。選ばれた者が精霊の騎士になります。選ばれなかった者は、なる事はできません」
「どういうのが、選ばれるんで? 女神さまを大事にする人が、ですか」
一人の村人がおずおずと尋ねる。クリスは答えた。
「それが良くわからないのです。精霊が自分の基準で選んでいるとしか。女神をあつく信じている者が選ばれるかと言えばそうでもなく、かと思えば手のつけられない乱暴な男が選ばれる事もあります。言える事は、精霊が自分の騎士を選ぶ。それだけで」
クリスは少し首をかしげて付け加えた。
「ただ根拠はないのですが、そうではないかと言われている事はありますね。炎の精霊はかっとなりやすい人物を選び、水の精霊は美しい男を選ぶと言われています。事実、水の精霊を持つ騎士は、容姿の美しい者が多い」
へえ、という声が上がる。
「精霊さまも、綺麗な人が好きなのかね」
「じゃあ騎士さまの精霊さまは、水の精霊なのかね? 女の子みたいに可愛いし」
女たちが笑って言う。しかしその言葉は、ルカスがさえぎった。
「ああ、その事だがね。精霊の騎士に対して、『あなたの精霊は何ですか』と尋ねてはいけないのだそうだよ。とても失礼な事になるのだそうだ。そうでしたね、クリスさま?」
「はい。後から来る騎士にも、尋ねないでいただければありがたく思います」
クリスの言葉に、村人は少し不満そうな顔を見せた。ルカスはその様子を見て言った。
「考えてもごらん、自分の女房の事をああだこうだと言われて、良い気分になる男はいるかね? 精霊の騎士と言うのは、精霊と結婚しているようなものなのだよ。大事な相手の事をあれこれ言われるわけにはゆかないだろう。騎士さまの精霊も、困ってしまうよ」
おどけたように言うと、村人の間から笑い声がわいた。
「そうだねえ、精霊さまの事をあれこれ言ったら罰があたっちまうね」
「ああでも、精霊さまと結婚してるんじゃ、あたしらなんか、目にも入らないね」
女たちの言葉に、さらに笑い声が上がる。クリスはルカスに、感謝すると言う風に軽く頭を下げた。
「精霊さまはどんな風に選ばれるんですか」
村長の娘のリタが、甘えた声で尋ねる。村一番の器量良しと言われている娘で、自分でもそれを意識している。精霊の騎士の視線を受けてくすくす笑いをしてみせた。姉妹のハナとエイダが、その横でやはりくすくす笑っている。ハナは落ちついた美人で、エイダは愛らしい顔だちの少女だった。三人は『オルの三美人』と呼ばれている。
「普通は候補者の中から選ばれます」
クリスは答えた。
「わたしたちは『剣の院』に所属します。騎士になる者は家族と別れ、世俗のしがらみの全てを捨て、院に入って訓練を受ける事になっています。体を鍛え、魔物に出会っても恐れない強い心を育てる。魔物の知識も学びます。入るのは十二歳ぐらいからで、同じ候補者たちと共に何年か生活します」
この言葉に村人たちは目を丸くした。初めて聞く事ばかりだ。
「十八を過ぎると、精霊と出会う儀式をします。その時選ばれた者は、精霊と契約し、騎士となる。選ばれなかった者もその後、何回か儀式を行う事が許されます。しかし三十を過ぎても精霊に選ばれなかった場合、候補者から外され、『剣の院』を出る事になります」
その場合は故郷に戻っても良い事になっているが、戻る者は皆無だった。精霊の騎士になれなかった者には、かかった費用を返済する義務が生じるからだ。借金の返済の為、多くが傭兵になった。『剣の院』直属の護衛兵になり、ただ働きをさせられ続ける者もいる。だがこの辺りの事情は話さない方が良いだろうとクリスは思った。
「儀式、というのは……どのようなものなのでしょうか」
ルカスが尋ねる。クリスは答えた。
「『剣の院』には、精霊たちがやってくる場所があります」
驚きの声が村人たちの間から漏れた。
「年に一度、候補者はその場所に向かいます。そこで彼らは精霊が自分を選んでくれるのを待つのです」
「騎士さまも、そうして選ばれたんですか」
村人から声が上がる。クリスは首を振った。
「わたしは例外です。『剣の院』は、十八を過ぎなければ儀式の許可を出しません。契約の儀式はとても危険なもので、命を落とす者もいるからです。わたしが選ばれたのは十五の時で、場所も『剣の院』ではなかった」
一瞬、クリスは目を伏せた。しかしすぐに目を上げて言った。
「わたしは自分の家の近くで、精霊に選ばれました。そうした事も、時にはあるのです。他の騎士たちのように訓練も教育も受けていなかったので、自分に何が起こったのかわかりませんでした。けれどその時たまたま、精霊の騎士がわたしの家の近くにいて。わたしの事に気づいてやって来てくれたのです。それでわたしは、自分が精霊に選ばれた事を知りました。その後わたしは『剣の院』に行き、訓練を受け、正式に精霊の騎士として認められました。そうして今日、みなさんの前にいるというわけです」
村人はほう、とかおお、とかいう声を漏らした。
「精霊さまってどんな姿をしてるんですか。ええっと。これは尋ねても良い事かな」
一人の村人が言う。クリスはうなずいた。
「それぐらいならかまいません。精霊は本来、姿を持ちません。ただ人間の前に現れる時には人に近い形を取ります。
炎の精霊は赤い髪の男の姿で現れます。女性の姿を取る者もいないわけではありませんが、男性の形が気に入っているようです。水の精霊は裳裾を引く服をまとった女性。白い衣装を着ている事が多いですね。土の精霊は子どもの姿を取る事はありません。黒髪と褐色の肌の、壮年の男性、または女性の姿で現れます」
村人たちは声もなく聞いている。クリスは続けた。
「逆に大人の姿を取らないものが、風の精霊です。ほとんどが少年の姿をしています。花の精霊たちは、少女の姿を取る事が多いですね。雷と氷の精霊は人間と関わる事を避けているので、どのような姿が多いのかはわかりません。契約をしている者も稀で」
クリスはそこでちらとルカスの方を見た。
「『藍牙のフロリアン』と『氷霧のキアン』の二人が、氷の精霊と契約していたと聞いています……もう亡くなった騎士ですし、これは言っても良いでしょう。フロリアンの精霊は美しい女性、キアンの精霊は鋭い目の青年の姿をしていたと記録には残されています」
「二人はどうして亡くなったのですか」
先ほど自分の尋ねた二人の名を上げられ、ルカスは黙っていられなくなって尋ねた。クリスは答えた。
「どちらも戦いの最中に命を落としました。フロリアンは百五十歳ほどで、キアンは二百五十か六十で亡くなりました」
言われた年齢にルカスは絶句した。精霊の騎士が長生きをする事は知っていたが、具体的な数字を言われ、改めて驚かされたのだ。しかし素朴に暮らしてきた村人たちには、百などという数は縁のないものだった。何を言われたのかぴんと来ず、きょとんとした顔になる。
「フロリアンという騎士さまは、エイメばあさまの父親の、そのまた父親ぐらいの歳まで生きたと言われたのだよ。キアンという騎士さまは、それよりもっと長生きしたそうだ」
ルカスが村人たちが知っている中で、最も長生きした女性の名を挙げると、村人たちの間で驚きの声が上がった。
「そんなに生きたのかね」
「それじゃ、よぼよぼのじいさまになってたんじゃないのかい」
「精霊の騎士さまは、歳を取らんのだよ。何度も話しただろう?」
ルカスの言葉に村人は、ほうっという声を漏らした。続いてクリスの方を見る。この騎士も少年の姿をしているが、本当は自分の祖父ぐらいの年齢なのかもしれないと思ったらしかった。
「あたし、花の乙女の事が聞きたい……騎士さま。花の乙女と会った事はありますか」
その場はしんとなってしまったのだが、そこでおずおずとそう言う者がいた。まだ若い娘だ。勇気をふりしぼってそう言ったらしく、頬が赤く染まっていた。
「おや、ドリー。お前は本当に花の乙女の話が好きだね。子どもの頃からわたしに話をしろとねだっていたが」
ルカスが笑うと、娘はさらに赤くなった。
「会った事はありますよ。花の乙女は、『琴の院』と呼ばれる所にいます。詩人と癒し手の集う場所で、そこで彼らは歌と癒しのわざについて学びます」
クリスが答えると、ドリーはぱっと顔を明るくした。
「騎士さま。それじゃ花の乙女はみんなお姫さまだって、本当ですか」
「貴族の娘という意味ですか? そうである者も、違う者もいますよ。癒しのわざを学びたい者は、みな学べるようになっていますから。中には辺境の村からやって来た者もいる。『花の乙女』はその中で、花や地の精霊たちの加護を受けた者の事です」
クリスの言葉に娘はわあ、と声を上げた。
「花の乙女には妖精が力を貸すって、本当なんですね」
民間ではそういう話になっているのか、とクリスは思った。『花の乙女』は人間に好意的な精霊と親しくしている癒し手を指す。精霊の騎士のように融合している訳ではなく、あくまで人間の範疇にありながら、彼らの力を借りて力を発揮する者たちである。ほとんどが女性であり、また元々は十二貴族にゆかりの女性が多かった事から『高貴なる女性』と呼ばれるが、男性もごく少数ながら存在する。
「あの、花の乙女も長生きして、歳を取らなかったりするんですか」
ドリーが尋ねる。クリスは首を振った。
「いえ、花の乙女の寿命は普通と変わりません。結婚をして子どもを産む事もできます。精霊と関わっている分、多少は長く生きるかもしれませんが……」
「あの、あの、何かお話をして下さい! 騎士さまの会われた花のお姫さまのお話!」
頬を真っ赤にして言うドリーに、ルカスが苦笑しつつ、頼みますという風にうなずいて見せる。クリスは自分の記憶をひっくり返した。何かあっただろうか。
「では『優しき手』のベアトリーチェの話を」
そう言うと、みんなわくわくした顔になった。期待の目を向けられたクリスはやや怯みつつ、それでも表面上はまるで変わりない様子で話し始めた。
「『花の乙女』の中に、『優しき手』のベアトリーチェと呼ばれる女性がいます。十二貴族、緑鷹家の姫君で、黒髪に緑の目の美しい女性です。
彼女の周囲にはいつも、花の精霊がいます。傷ついた者を救う時には、彼らが力を貸すのだそうです。薬草から薬を作る時にも精霊が力を加えてくれるので、良く効く薬ができるのだとか」
クリスの言葉に村人たちはほう、と声をもらした。はるかな都にいる美しい貴婦人の姿を想像しようとしている。
「彼女が『琴の院』から街に降りた事がありました。珍しい薬草を求めに行ったのです。
何日か街に滞在していたのですが、ある夜、彼女の元に一人の男が運び込まれました。ひどい怪我をしており、片方の腕は皮一枚でぶら下がっているだけ。酒場で酔って喧嘩をし、剣を抜いたあげく、相手に斬られたのです。
そのままではその男は死ぬか、生き残っても片腕になる所でした。しかし彼女の事を思い出した男の友人が、そこまで運んできたのです。この友人は男の為に、必死になって頼みました。どうか助けてほしいと。
ベアトリーチェは持っていた薬草を煎じて男に飲ませ、取れかかっている腕を支えると、精霊たちに頼みました。力を貸してほしいと。そうして何度か手でさすると、腕は元通りになったのだそうです」
驚きの声が上がった。クリスは続けた。
「男は一命を取り留めました。腕もなくす事はなかった。ベアトリーチェは治療の後、二人の男を厳しく叱ったそうです。喧嘩で腕をなくしたり、命を落とすような馬鹿な真似を二度とするなと。
そうして自分が癒しのわざを行った報酬として、二人に人々の喜ぶ事をするように言いつけました。
二人は神殿で女神に感謝を捧げた後、一年の間街の中で困っている人々の為に働いたという事です。
今も二人は元気だそうです。怪我をした男の腕も、ちゃんと動いているとのことですよ」
おお、という声が上がり、拍手が上がった。村人たちは、嬉しげに言い合った。
「『花の乙女』の姫さま!」
「ベアトリーチェさま」
「きっとおきれいな方なんだろうなあ」
「姫さまに女神のお恵みがあるように! 一度会ってみてえや」
「その姫さまと、騎士さまはどういう関係で? ええとやっぱり、花の乙女と精霊の騎士さまは、結婚するんでしょ?」
この言葉にクリスは目を丸くした。
「そう思われているのですか? ルカスどの……」
神官の方を向くと、ルカスは頭を下げた。
「すみません、騎士さまがたの事についてはわかっていない事が多くて……わたしもしばらくそう思っていた事がありました。十二貴族の方が多いと聞いているので。女性は花の乙女になり、男性は精霊の騎士になる。そうですよね?」
「今は、どちらも十二貴族以外の家から出た者が多いですよ。精霊の騎士は生涯、独り身です。結婚はあり得ない」
「騎士さまは精霊さまと結婚するからだよ、やっぱり」
誰かが言い、みんな納得したような顔になった。
「女の子は、騎士になれないの? 騎士になれるのは男の子だけだって、みんな言ってるけど」
そこで一人の少女が尋ねた。
「女が騎士になれるわけないだろ」
男の子が馬鹿にしたように言い、その少女は顔を歪めた。
「なによ。あたしの方が喧嘩したら強いじゃない!」
「これこれ。騎士さまの前で」
ルカスが慌てて言うと、二人は黙った。神官は続けて言った。
「女には子どもを産む仕事があるだろう。子を育て、家を守らねばならん。魔物と戦う事は、辛く苦しい仕事なのだよ。そういう事は男に任せておきなさい、エマ」
「でも……」
エマと呼ばれた少女はむっとした顔になった。しかしそれ以上何か言うのもためらわれたらしく、うつむく。
「女性の騎士もいました。昔の事ですが」
そんな少女を見るともなしに見ていたクリスだが、静かにそう言った。驚いた顔になり、ルカスが振り向く。村人もみんな、目を丸くした。クリスは続けた。
「はるか昔の事です。聖王国がまだ若く、十二貴族も全ての家がそろっていた頃。その頃には精霊も、女性を選んだ事がありました。記録では、三人の女性が精霊の騎士になったとあります」
「初耳です。そんな事があったのですか」
驚いた顔でルカスが言う。クリスはうなずいた。
「あまり話されない事ですから。今では女性が騎士になる事はありませんし」
「それはまたなぜ。その女性たちの名をうかがってもよろしいでしょうか」
「申し訳ありませんが、昔の事ですので。ただ三人とも、十二貴族の姫君であったそうです」
「姫君が……魔物と戦ったのですか」
「それだけ魔物が多かったのでしょう。多くの精霊の騎士が、戦いの中で倒れたと記録されています。彼女たちも過酷な戦いを強いられ……三人とも、十年もたたない内に亡くなっています。『剣の院』ではそれ以降、女性が精霊の騎士になる事を禁じました。女性を魔物との戦いの場に駆り出すのはあまりにも酷く、悲惨であるから、と」
クリスは息をつくと、エマの方を見た。
「戦いに行かずに済むのなら、その方が良い。エマ。精霊の騎士は、子どもを持つことができません。その三人の女性もつらかったと思いますよ。それでも戦わねばならなかった。他に戦える男がいなかった。魔物に殺されてしまって、彼女たちが剣を取るしかなかったのです。子どもは好きですか?」
「ええ、うーん……うっとうしい時もあるけど……でもかわいいかなって思う」
エマは名前を呼ばれて頬を赤くした。もじもじしながら答える。クリスの目に優しい色が浮かんだ。
「ではどうか、剣を取る事よりも、命を育む事を選んで下さい。その三人の女性の騎士は、子どもを産んで育てたいと願いながら、そうする事ができなかったのです。彼女たちの為にもそうして下さいませんか」
ルカスは息を飲んだ。集まった村人も同じだった。クリスの口許が上がり、笑みの形になったのだ。それはひどく柔らかい表情で、銀細工のような少年にはっとするような美しさを加えた。
エマは真っ赤になった。ぼうっとした顔でクリスを見つめている。
しんとしてしまった場に、クリスはとまどったような顔になった。そこでやっとルカスは息をついた。
「いやあ……その。驚きました」
「驚いた?」
「いや、あの……クリスさまの笑顔がとても……眩しいと言うか、綺麗で……ああ、いかん! クリスさまがもっと笑われたりなんぞしたら、村の女どもがみんなぽーっとなって、正気をなくしちまう!」
慌てた風にルカスが言うと、村人たちはどっと笑った。
宴はやがてお開きになり、村人たちはみな家に戻った。夕闇の迫る村の中で、ルカスはクリスに話しかけた。
「クリスさまは、今夜は外で?」
「ええ。見回りをします」
「今日は、ありがとうございました。珍しい話を聞かせていただいて……女性で精霊の騎士になった方がおられたとは、まるで知りませんでした」
ルカスの言葉にクリスは目を伏せた。
「言うべきではなかったかもしれません。他では話さない事をお勧めします。今では女性が精霊の騎士になる事は、禁忌となっていますから」
ルカスは眉を上げた。
「女性を戦いに赴かせるのは、褒められた事ではありませんが……禁忌、とは」
「『剣の院』は、精霊が女性を選ぶ事をよしとしないのです。無理もない事ですが」
「無理もない?」
「精霊に選ばれて騎士となった三人の女性は、魔物との戦いで命を落としたのではありません。三人とも、狂ったのです」
ルカスは絶句した。クリスは続けた。
「記録では、彼女たちは精霊の力を持ったまま狂い、大いなる災いをもたらしたとあります。魔物を倒すどころか味方を傷つけ、あるいは殺し、災厄を振りまいたと。『剣の院』はそれで、結論付けました。精霊との契約は女性には向かないのだと。だから騎士には男性しかなれません」
女性は候補者になる事すらできない。クリスはエイモスから、『剣の院』が陰で行ってきた汚れ仕事についても聞いていた。女性が精霊と契約を交わした場合、『院』は刺客を放ち、その女性を速やかに抹殺する。災いを防ぐ為に。
『災厄の魔女』。
それが、精霊と契約を交わした女性に与えられる名だった。
「姫君たちには、お気の毒に思います」
尊敬を受けるべき精霊の騎士が、事もあろうに狂ったという話を聞いて、ルカスは衝撃を受けていた。それを何とか抑えて言う。
「女性は命を育むもの。騎士は、戦って命を奪う存在。その矛盾ゆえでしょうか……名は、本当にわからないのですか」
「『黄金のエレオノーラ』、『月光のセルウィリア』、『蒼炎のステラ』」
クリスは静かな声音で答えた。目を伏せる。
「いずれも同僚である精霊の騎士に討たれました」
「同僚……仲間に? だって、同じ精霊の騎士でしょう?」
「墜ちた仲間を倒すのも、われわれのつとめですから」
淡々とした口調で告げられた内容に、神官は再び言葉をなくした。