「どきゅ男ブ」のヒロインに転生した!~転生したのはどうやら私だけではないようです~
こちらは、以前短編連載に載せていた作品です。
短編作品として上げ直したものです。
「はい、おしまい」
美容師さんの声で、半分寝ていた脳が覚醒する。
鏡に映る自分の姿を見て感じる既視感――その瞬間、ビリリと走った映像に、私はハッとした。
(これ、『どきゅ男ブ』でキャラメイクした主人公そっくりだ)
『どっきゅん!イケ男フォーリンラブ』――通称『どきゅ男ブ』は、登場人物である男の子達と恋愛できる、いわゆる乙女ゲームというやつだった。3Dメインで進んでいくストーリーだが、どきゅ男ブ最大と言っても過言ではない一番の魅力といえば、細かく設定できる主人公のメイキングだ。
髪の毛は前髪・後ろ髪・鬢やアホ毛などのオプションと細かく分かれており、髪の長さも自由に変えられる。
顔は一つのパーツを細分化して変えられる仕様で、例えば目だったら左右で目の色を変えられるのは勿論、まつ毛の長さ、目の位置、さらには上瞼と下瞼まで変えられる。
キャラメイクをしたいがためにどきゅ男ブを買うという人もいたくらい、主人公のメイキングが細かかった。
かくいう私も自分を美化した主人公をメイキングし、イケ男達との恋を楽しんだものだ。
想像してほしい。理想の主人公がゲームの中でイケ男達と恋愛している姿を。理想の主人公がゲームの中で3Dで動き、学校内を歩き回り、イケ男達とイチャイチャする様を。理想の主人公が時にイケ男と手を繋ぎ、時に壁ドンされ、時に抱き締め合っている……。控えめに言っても最の高。そんな乙女ゲーム、乙女ゲームマニアとして買わないわけがないだろう。
それにしても、どきゅ男ブの主人公そっくりの見た目になったということは、だ。私はいわゆる、「ゲームの世界に転生した」ということではないだろうか。
記憶を思い出した今、明日から通うことになる学園がどきゅ男ブの舞台だということも芋づる式に思い出している。だとすると、最推しである俺様系男子ナル君と、あんなイベントやこんなイベントやそんなイベントを実体験できるということ……え、ヤバくない?ナル君と手を繋いでナル君に壁ドンされてナル君に抱き締められちゃうの……?大丈夫?私死なない?鼻血吹いて失血しない??
***
ということで今日は学園の入学式。体育館への渡り廊下でそわそわしながら最初のイベントを確認する。
主人公はここでナル君とぶつかり、転んでしまう。ナル君に「ウスノロ」と罵られ落ち込んでいるところを、ナル君の隣を歩いていた天使系男子ユウ君が手を差し伸べてくれる……。よし、予習はばっちりだ。
それにしても、渡り廊下にやたら女子生徒が多い気がする。イベントとはいえ、人にコケるところを見られるの恥ずかしいんだけど……。
と、その時、校舎側から2人の男子生徒が歩いてきた。
美しく輝く黄金の髪に、切れ長の凛々しい赤い目……ナル君だ。間違いなくナル君だ。隣にはしっかりとユウ君もいる。
うっとり眺めていたいところだが、目の前に来たら不自然にならないようにコケないと――。
「きゃっ!?」
突然聞こえた女子の悲鳴。
視線を向ければ、ナル君の目の前で一人の女子生徒が転んでいた。ナル君の美しいルビーの目が女子生徒の方を向き、煩わしそうな表情を作る。
まずい、このままでは、あの女子生徒にフラグが立ってしまう――。
そこからの私の行動選択は早かった。
私は早足でナル君に近づいた。
「きゃっ!?」
そして先程の女子生徒と同じように私も転ぶ。彼女にヒロインの座は渡さない!!
すると次の瞬間、驚きの光景が飛び込んでくることになった。
「きゃっ!?」
「きゃっ!?」
なんと、他の女子生徒達も、私と同じようにナル君に近づいてきて転倒してきたのだ!!
渡り廊下にいた女子生徒達の半数はやって来ただろうか。ナル君の目の前には、膝をついて俯く女子の群れができあがっている。これには流石のナル君も、そして隣に居たユウ君でさえも呆然とするしかないようだ。
「ナル、きみ、変な魔術でも覚えてきたの?」
ユウ君の疑いの目がナル君に向く。
「なんでもかんでもオレ様がやったと思い込むんじゃねぇよ」
「大半はきみが原因でしょ?でも、そうでないなら明らかな異常事態だ。ぼく、先生を呼んでくる!」
そう言ってユウ君は再び校舎へと消える。当然、物語の始まりである”ナル君に罵られてユウ君に手を差し伸べられる”イベントは起こらなかった。
どうしよう、わざとなんだんだけど、起き上がるタイミングを見失った。先生が来たら何て説明しよう。
(ていうか……)
嫌な予感を胸に、私はチラリと周囲を見回した。他の女子生徒達も、途方に暮れつつ困惑しているようだ。
自由度の高いキャラメイク。
主人公に決まった容姿は無い。
まさか、
まさか。
(ここに座り込んでる女子全員、どきゅ男ブプレイ済みの転生者……!!?)
春うららかな今日この日。
オタク女子達の醜い男争奪戦の幕が切って落とされた。
こういう話を書いてみたい、とずっと思っていたネタ。
長編で書くにはあまりにもキャラクターが多く、考えなければならないキャラや設定の膨大さに挫折していました。
短編かつ冒頭だけなら考えることが少ないな、と思ってチャレンジしました。
クソダサいゲームタイトルを考えるのが地味に楽しかったです。