後輩の恋愛相談に乗ったら相手が幼馴染だったBL。
「いーるかーッ!!」
─部屋の扉が開けられる─
「……叶太、びっくりするから静かに開けてくれねえか」
「そろそろ慣れろよなー、これで1674回目だぞー」
「数えてんなよ……。ったく、今日は構ってやれねえぞ、次のライブまで時間がねえんだ」
「わーってるよ、邪魔はしないって大碁」
「…それで何が楽しいんだか」
「あっ、お菓子あんじゃんもーらいっ。…ぉ、カレーじゃん神すぎ」
「すぐ食うなお前は…」
…机の上にあったカレースナックを頬張ったこいつは、相崎 叶太。歳は1つ下、家が隣の幼馴染だ。見てのとおりこいつは、俺を振り回してばかりいる。…まあ嫌じゃあないが。
「どうせ俺のために置いてんでしょ」
「お前が勝手に俺のを食うからな、ダミーだダミー。……で、味は?」
「うん、美味いよ?」
「そうか、"作った"甲斐はあった」
俺はというと志賀 大碁。ただの高校3年生だ。
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そして、とある日。
ーーーーーーーーーーーーーーー
平日、学校。学生の声が朝を告げる時間だ。
登校はいつも、叶太と一緒だ。昔からそうだったから、そうしている。
「じゃーな大碁ー! また帰りで!」
「おう。…って、前見て走れッ」
「ははっ、へーきへ──えばぁっ!? ──あ、お、おはようございますせんせー……」
こちらに手を振りながら走っていた叶太は、見事に教員へ衝突した。
「ったく言わんこっちゃねえ…変な言い訳するんじゃねえぞー」
「そんなっ、大碁この薄情者ォーッ!!」
「誤った道を進んだときにゃ、それを諌めるのが友人の務めだろーが」
「んー確かにッ!! せんせー煮るなり焼くなりどーぞ!」
「…全く」
この極端には悩まされてばかりだが、正直言って面白いとも思う。
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その後、俺は自分の教室へ行った。学生なんだから当然だが。
ーーーーーーーーーーーーーーー
──「おーす大碁、見てたぞー」
「んだよ卓斗」
「ははっ別に? ほのぼのしてんなーと思って。いやぁ、やっぱり良いねえ」
「何がだよ…」
こいつは島田 卓斗。友人であり、ここではこいつと一番話しているだろう。まあ、親友というやつだな。
話題は音楽のことばかり、それもマニアックな話が多い。これについていけるクラスメイトは居ないから、会話を遮られるなんてかなり珍しいことなんだが…。
───扉が開く音─
「──あのっすみません! 志賀先輩はいらっしゃいますか?」
今、それが起きた。
「……誰だあれ? 3年じゃねえよな、卓斗知ってるか」
「ん? あぁ…いや、知らないや。…しかし随分な美少女だね」
「卓斗お前、また思ってもねえことを……」
「思ったさ、"一般的"に考えたの。そんな事よりほら行ってあげなって、待ってるよ?」
「…そうだな」
俺は彼女の元へ歩く。
「志賀大碁なら俺だ。要件は?」
彼女を間近で見ると、何か…形容しがたい違和感を覚えた。彼女はどこか…周りと浮いている気がする……。
「あの、先輩って…叶太くんと仲が良い…ですよね?」
「あー……そうだな、幼馴染だ。それで?」
「…その、恋愛相談をしたくて」
「──それはつまり、叶太のことを?」
「はい」
「……わざわざ俺へ聞きに来るとは、よく調べてるな」
「ありがとうございます」
「そういう奴は嫌いじゃねえ。……分かった、乗ろう」
「本当ですか…!」
叶太は顔が良い、それはもうべらぼうに。その上一緒に居て面白いどころかとにかく飽きない、モテるのも無理からぬ話だ。俺は幼馴染のよしみで叶太を狙うやつはある程度観察するが、そんな俺に直接目をつけてきた人間は彼女が初めてだった。それが意味するのは、彼女が叶太だけではなく、叶太を取り巻く環境にもよく目を向けている視野が広い人間ということだ。…そんなの当たり前だと思うかも知れないが、こと叶太に関してはそんなものを超越している。叶太に恋したものはまるで取り憑かれたように叶太を求める、それは相手を魅了して暴走させていると言っても良い。だから彼女のような存在は貴重なわけだ。
そういうわけで、1次選考は突破だな。…俺は誰なんだって感じだが。
「それで、何が聞きたい?」
「では…、好きな食べ物を」
「カレーだな。その心は?」
「心をつかむなら胃袋、と申します。まずは私のお弁当を叶太くんの好物に染め、弁当交換会へ上手く巻き込み印象付けを狙います」
彼女はお堅いプレゼンをするかのようにつらつらと語った。
「…戦略としては悪くない考えだと思う。…初めてだ、そうやってちゃんと攻めようとしてるやつは」
「ありがとうございます。……そんなに珍しいんですか」
「ああ、大体の人間がやつの顔の良さに負けて先走るんだ。怖いぜ? 本能に負けた人間」
「……へぇ」
「……なぁさっきから気になってるんだが、妙に落ち着いてるな。恋愛相談のテンションには見えねえぞ」
「えっ? ──あぁええと、…そうですね、確かにそう見えるかも知れません。私は…そう、叶太くんに本気だからこそ、冷静に事を運ぶつもりなんです。そもそも人の感情というのは本当に煩わしくて──」
「ん?」
「──あー……良い意味で、です。その、…ええと、気持ちのぶつけ合いもしなきゃいけないのは理解してるつもりです。その部分はもう、計画無しでしっかり向き合います。人間である以上それしか無いので、はい」
……まあ、2次選考も合格だな。乱暴な恋の病でもないなら、後は当事者の問題だろう。俺が口を出す必要もない、…いや最初からそんな必要ないはずだが。
ともあれ、しばらくはこのまま恋愛相談に乗りながら彼女と叶太の相性とかを調べていくか。…これもあれだ、幼馴染のよしみだ、よしみ。
・・・・・・・・・・・・・・・
その後俺たちはちょっとした情報共有を済ませた後、連絡先を交換した。今日は、それで終わりだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──っと、そろそろ時間だな」
「はい、ありがとうございました、先輩。必ず実らせてみせます」
「ああ、応援する。…そうだ、あんた名前は? 聞いてなかった」
「名前…島野 優花です」
「……優花…か。じゃ、頑張れよ」
「はい」
彼女…優花は礼儀正しく頭を下げてから去っていった。
俺は一仕事終えたように深呼吸すると、親友の卓斗の元へ戻る。
「おかえり、大碁。なんだって?」
「悪い、言えない話だ」
「なんてな、聞こえてたよ。俺は耳が良いからね」
「な、お前は全く…。口外すんなよ」
「分かってるよ、人間同士の色恋なんて俺には縁遠い話。…でも珍しいよね? 叶太くんを狙った恋愛相談にお前が乗るなんて。正直予想外だよ」
「…俺も来年は大学生、家を出て叶太を置いていってしまうからな。もしあんな…彼女のような人間が現れたら、元々応援してやるつもりだった」
「へえ…、お前は寂しくねーの? それ」
「なんで俺が寂しくなんだよ。…たかが幼馴染だろうが」
・・・・・・・・・・・・・・・
それから俺は、学校生活を適当に過ごした。特筆するべきことはあまりない、学校生活なんてそんなものだろ。
・・・・・・・・・・・・・・・
時は放課後、校門前。
「──よっ、おまたせー大碁!」
叶太が、俺の背中を叩いて現れた。
下校も、昔からずっと二人だ。最初は家が近いから自然とそうなっていたが、いつの間にか無意識に待ち合わせるようになっていた。どちらから言い出すこともなく、だから不思議に思うこともなかった。
「おう、叶太。行くか」
俺たちは肩を並べて、歩き出した。
「──ああそういえばさ大碁、この後時間ある?」
「時間ならあるが…何の用だ?」
「今日クラスの人にさ、明日の昼"弁当交換会"をやろうって誘われたんだ。せっかくだから、1番の好物持っていきたいじゃん?」
(優花が言っていたやつだな、明日の昼とは…流石仕事が早い。まあ、叶太なら断らないか)
「だから、大碁の料理ちょっと教えてもらおうと思って」
「──は? 何で俺だ」
「だって、"一番の好物"って言われたから」
「ん?」
「俺が一番好きなのは、大碁の料理。…まじでピンときてない?」
「……な、なんだよそれ…」
「ははっ、気づいてなかった? 俺、苦手なものでも大碁が作ってくれたやつなら美味しく食べてるでしょ」
「え、あ…ああ、そうだったっけか」
…気付かなかった。でも確かにそうだ、覚えがある。だが待てよ……そうなると、優花に渡したあの情報は正確じゃなかったのか?
(カレーが好物なのは間違いない…、だが叶太の好みに"俺の味付け"が含まれているとしたら……?)
優花は、叶太に対して冷静で居られる存在だった、そんな存在本当に珍しいんだ。だから出来れば、上手くサポートしてやりたいが……。
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俺は叶太と共に家へ帰った。道すがら、優花にはメッセージを送り問題のありのままに伝えた。
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そして俺と優花は、ある作戦にたどり着いた。
「──…さて 準備は良いか、優花」
隙を見て別室、俺は優花と電話を繋げた。
《はい、大丈夫です》
「よし。…さっき送った通りだ。叶太にはカレーを含めたレシピをいくつか教える、その音声をそっちにも送るから、優花は何とか読み取ってくれ。…出来るか?」
《やります、全力を尽くして》
「よし。…それと言っとくが、今回は特別だ。"協力する"と言った手前、それを示したいんでな。次はイレギュラーに遭遇しても、対処はそっちに任せる」
《承知しました。……ではせっかくですし、耳をすませて情報を集めさせていただきましょう》
「強かだな……、くれぐれも悪用するんじゃねえぞ」
《勿論です、叶太くんを悲しませることはしません》
……叶太のパートナーは、やはり頼もしいやつが良い。その点優花は大丈夫そう──……いや待て、判断するにはまだ早い。もう少し慎重に見極めないと、叶太の人生に関わることだし──って、違う。今はそれどころじゃないだろ。
俺は考えを振り払って、キッチンで待つ叶太の元へ向かう。
─扉を開ける─
「おかえり大碁」
「ああ ただいま叶太。じゃあ始めるか」
「おう! 頼んだ!」
叶太は拳を握って気合を入れる。…こいつの様子を見ていると、考え込むのも馬鹿らしくなってくるな。
「よし、やるなら徹底的にだ。レシピを幾つか叩き込んでやるから付いて来い。今夜は御馳走だな」
「よっしゃ来たッ! 頼むな、大碁せんせっ!」
・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃ、具材を切っていくぞ。火にかける時間に関わるから手本通りにな」
「おっけー!」
叶太は意気揚々と包丁を構えた。
「──待て、叶太。その抑え方じゃ指切るぞ」
「え? 指なんて切ったことねえけど…」
「危ねえんだよそれだと。基本だから覚えて帰れ、手はこう丸めるんだ、猫の手って聞いたことねえか?」
「猫の手…こうか。う、ぉ、難しいな…」
「頑張れ、安全と効率のためだ。焦らず、ゆっくりで良いからな」
「お、おう……。ん、お? おお? なるほど…原理がわかってきた! 確かに危なくないな!」
「だろ?」
「うん! 大碁お前、天才だな!!」
「俺じゃねえ、料理界じゃ常識なんだよ。先人の知恵ってやつだ」
「すごいな! 先人!!」
「くっ…ははっ、ああ そうだな。先人は凄え、何でもな」
・・・・・・・・・・・・・・・
「よーし、切り終わったな」
「うぅ、すごいな大碁は…俺の何倍も早く切ってたのに俺の何倍も綺麗だ……」
「やってりゃこうなる。それじゃ火にかけるぞ、時間厳守でな。ここを見誤ったら台無しだ」
「き、緊張するな…」
「落ち着けば大丈夫だ。適宜火を止めるのを忘れずにな」
「押忍!!」
・・・・・・・・・・・・・・・
なんやかんやあって。
・・・・・・・・・・・・・・・
「で…出来た…?」
「ああ完成だ、ちゃんと出来てる。食べてみろ」
「うん…」
叶太はゆっくりと料理を口に運ぶ。
「ぅお、おおお! 大碁の料理だ!! すげえ!!」
「ちゃんとなっただろ?」
「ああ、レシピって凄えんだな!」
「何を今更……。とにかく、明日も頑張れよ。今日を思い出して手順通りやればいい」
「はーい!」
───着信音─
「──っと、電話だ。悪い叶太、ちょっと待ってろ」
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俺は適当に言い訳をして、別室に移動した。
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携帯を耳に当て、通話に応答する。
「さて…お疲れさま、優花。首尾は?」
《問題ありません。全て学ばせていただきました》
「そりゃ良かった。とは言え、持って行く料理が叶太と被るのは不味いから…そうだな、ちょっとしたアレンジは入れてくれ、カレーパンとか」
《分かりました。……あの、志賀先輩》
「何だ?」
《少し気になったんですが……お二人の親御さんは今どちらに?》
「あー…俺たち両方、親は留守がちでな、今日もそういう日だ」
《では、いつもは叶太君と2人で…?》
「まあな。あいつ、一人は退屈らしい。お前も、叶太と付き合うつもりなら一人にさせないようにな」
《へぇ…》
電話越しに、優花は意味深に息を吐いた。
「──? それがどうかしたのか、優花」
《いえ、なんでも…。──じゃあ 今日はありがとうございました、先輩》
「ああ、ご武運を」
─電話を切る─
「さて…戻るか」
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俺は携帯を懐にしまって、叶太の待つ食卓へと戻る
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───扉を開ける音─
「──おかえりー大碁」
「ああ、ただいま叶太。待たせて悪いな、とっとと晩飯にしよう」
「よっしゃ! …へへっ、超楽しみ」
「そりゃ良かった」
俺達は料理を並べた食卓に座り、手を合わせる。
「「いただきます」」
…これは、いつもの光景だ。俺と叶太は、昔からずっとこうしてきた。
「──んー! うまっ! いつもと同じ味だけど、これって俺が作ったんだろ!?」
叶太が美味そうに飯を食べ、俺はそれを眺める。2人で食べると飯が美味いなんてよく言うが、全くもってその通りだな。
……だが、俺達はもう大人になりつつある。もしかするとこの光景は、永遠に続くわけじゃないのかもしれない。…少なくとも俺は、高校を卒業したら実家を出て一人暮らしを始める。そう考えると、なんだか……。
「──大碁?」
「ん、あぁ悪い、ボーッとしてた」
俺は「つまらないことを考えてしまった」と反省し、忘れるために料理を口に運ぶ。
「──うん、美味い」
俺達は、変わらない食卓を楽しんだ。
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弁当交換会、当日。
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昼休み、場所は屋上。親友の卓斗と弁当を広げる。大体いつもそうだ。
「──何をそわそわしてんの、大碁」
「んっ? ああ…悪い」
「やっぱ叶太君のこと? 気にしたって結果は変わんねえでしょ」
「んなこた分かってるが、…最近不思議とな……」
「ほんとに不思議だよ。──そういや優花…だっけ? 彼女これが上手くいったとして次はどうすんだろうね」
「次か…いきなりデートとはいかねえだろうし……今回みたいに、まずはクラスメイトと一緒に出かけるとかか?」
「なるほど…それで折を見て二人きりに……ってわけか」
「そう簡単にいくかは知らねえけどな。ま、偶然ってやつは印象に残りやすいだろうし、彼女はそれを利用する力も持ってる。何にせよ未来は明るい、…これで来年も叶太は寂しくないだろ」
俺は弁当箱の蓋を雑に閉めて立ち上がる。
「──なあ 大碁、それって良いことなんだよな?」
「ああ」
「じゃあ、なんでそんな浮かない顔なんだ」
「……気のせいだろ」
俺はそれ以上何も言えずに、その場を立ち去った。
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そして、ついに放課後。
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───チャイムの音─
(……結局授業にも集中できなかった…。どうなったんだ、叶太の方は…)
俺は帰り支度をしながら、携帯を覗く。──と、
───鳴る着信音─
「来た…!」
俺はすぐに電話を取る。
《もしもし! 志賀先輩?》
電話越しの声色は明るく、結果は察せられた。聞いた瞬間、俺は何故だか言葉に詰まる。
「っ…ああ、優花。どうだった?」
《好感触です! 叶太くん、かなり喜んでくれました》
「──そうか、良かったな。…それで、次はどうするつもりなんだ?」
《ええ実は、弁当交換会が思ったより盛り上がって、同じメンバーで遊びに行くことになりました。週末、テーマパークに》
「なるほど、勝負に出られるか」
《はい、上手く動けば"クラスメイト"からの脱却を狙えます。…そこで、ご相談したいことが……》
「来たか。何が聞きたい?」
《叶太くんの"隙"です。完璧なシチュエーションを演出する為には、怪しまれないよう"さりげなく"動く必要があると考えています》
「隙を知っていれば…さりげなさを強化できるって?」
《はい》
「暗殺者みてえな考えだな…」
《ふふっ…そうですね……でも、それが"恋"というものだと思うんです。狙いを定め…手を尽くして標的を手の中に収める。そして最後は確実に仕留めるんです》
彼女は冷静に言い放った。……言い放てるほど同じには思えねえが。
《──あ、えっともちろんその、最後は誠実な愛の告白ですよ。ええ、だって人間同士ですから…、ね?》
「…その慌てたフォロー、逆に怖えぞ。──まあ良いか、叶太の隙だったか? あんまピンとこねえが…ちょっとした癖とかでいいか?」
《はい、充分です》
「それじゃあまずは…あれだな、叶太は物を考えるときに、右耳の後ろを触るんだ。右手でな」
《ああ、それは良い死角ですね。様々仕込めるかと思います》
「死角って…本当に暗殺者じゃあるまいし」
《大切ですよ、言わば劇の舞台で言う緞帳です。死角の裏で恋愛漫画のような劇的な一コマを準備し、不意に叩き付ける…、そうして0.1秒でも視線を奪えればきっと、心に踏み込むチャンスです》
「……なるほど、手が込んでるな」
《…やっぱりドン引きですかね……、未経験なりに考えたんですが……》
「いや──まぁ、ドン引きはしたが…。俺も効果はあると思うぜ、そういう駆け引きは俺も経験ねーけど」
《そうですか、良かった! …それで、他にも何かありますか? 叶太くんの癖》
「ああ、そうだな──」
・・・・・・・・・・・・・・・
俺は役に立ちそうな情報をいくつか伝えた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──まぁ、これくらいだな」
《最高の情報が集まりました、ありがとうございます。当日の動きを練習しておかないと……》
「役立てたなら良かった。頑張れよ」
《はいっ! ありがとうございました!》
─電話が切れる─
「…はぁ……」
俺はため息を吐いて、携帯をしばらく見つめていた。
(この感覚は何だ? 俺は不満…なのか、この結果に? だとすれば俺は、どんな結果を望んでたんだ?)
……ここ最近、どうにも落ち着かねえ、時期から考えれば理由は叶太と優花なんだろうが、それが何故だか分からねえ。……何だってんだ。
──「…ご……大碁!」
「うぉッ!? …んだよ卓斗か、驚かせやがって…」
「ぼーっとしてたから心配したんだ。帰らねえのか?」
「あぁ……そうだな…」
「おいおいマジで覇気がないな…本当に大丈夫かよ?」
「──そうだな……、ちょっと相談聞いてくれ、卓斗」
「えぇ俺? まあ良いけど……」
・・・・・・・・・・・・・・・
俺は、この胸中に渦巻く意味不明な感情を卓斗に語った。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──…そりゃあ、やっぱ寂しいんじゃないか? だって叶太くん幼馴染だろ」
「はあ? からかうなよ、ガキじゃねえっつの」
「その言い方、よっぽど子供っぽいぞ。なあ大碁、感情っていうのは自分自信じゃ分からないんだ。お前は"寂しくない"って本心から確実に否定できる材料持ってるのか?」
「……いや、持ってねえ。持ってねえが……」
「──じゃ、確かめねえと。週末暇だよな、お楽しみの叶太君を尾行してやろうぜ?」
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーー
そして週末、その時は来た。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…来ちまったか、テーマパーク。この格好で…!」
俺は着けているセミロングのウィッグに触り、絶望を吐露する。
尾行には変装が必要だ。…今の俺達は、バチバチの女装をしている。
「おい卓斗、やっぱり着替えないか。グラサンでもかけりゃ変装くらい──」
「なんだよ、怖気づいた? 我慢しな、これが一番"安全"なんだ。人間は見た目で判断するから絶対バレない」
「華奢なお前はともかく、俺は肩幅が…!」
「大丈夫、端から見りゃオフのアスリートっぽい感じだ。多分居るよ? そんな感じの人。あぁでも、声は最低限ね」
「…くっ……」
俺は卓人の説得に頷くことしか出来なかった。
「よろしい。で、開場直前だけど…叶太君は来てんの?」
「あ、ああ、その筈だが……」
俺は客で賑わうゲート前に目を凝らす。
「…厳しいな、こんな人混みから簡単に見付けられるわけ──」
───携帯の通知音─
「ん?」
俺は携帯を取り出して通知を確認する。それは優花からのメッセージで、写真も一緒だ。
『着きました。これから作戦開始です』
「報告とは……丁寧なもんだ。──待て、この景色って……」
俺は顔を上げ、写真に写った景色を探す。
「──見付けたぞ卓斗、あそこだ」
「えっまじ!? …すげえな幼馴染センサー」
「無えよ、んなもん。とにかく、見失う前に近づくぞ!」
俺たちは人混みをかき分け叶太たちに近づいていく。そして同時刻、壮大なファンファーレと共に入場ゲートが開けられた…。
・・・・・・・・・・・・・・・
「最初に行くのは…やっぱりジェットコースターか……」
「みたいだな。卓斗、お前は──」
「無理無理、俺の血筋って皆ああいうの駄目なんだ」
「だろうな。じゃあ行ってくる」
俺は卓斗を置いて、さりげなく叶太たちの背後へ回って待機列へ並んだ。
(ふぅ…、なんとか良い位置に潜り込めたな。にぎやかな場所だが、耳をすませば会話もなんとか聞こえるか……)
俺は集中し、叶太達の声に耳を傾ける。
「うわー見ろよ叶太、捻りながら10回転ぐらいしてる」
「やばいね、ぐっちゃぐちゃになりそう。どんな感じなんだろ…」
叶太はクラスメイトと他愛なく会話している。そしてその隣には…
「──叶太くんは、こういうの好き?」
優花が叶太の右隣から覗き込んだ。自分が一番輝いて見える角度を眼の前に差し出す。それは自然に見えるよう、しかし自分が映えるように計算された行動だった。
確かに優花自身で言っていた"漫画のような一コマ"が充分に再現されていると思える。遠目から見てもそうなのだから、叶太視点で見れば相当に仕上がった景色だろう。全く無駄のない100点の表現だ。その手腕には感心せざるを得ない。
「うん、好きだよ。笑っちゃうタイプ」
(だろうな、お前はそういう奴だ叶太)
「やっぱり? 私も結構ワクワクしちゃう方だなぁ。皆は?」
「あー…おれ結構ビビっちゃうわ…叫びまくる多分」
「あたしもー…、そっちは?」
「ぼくは……まぁ、普通?」
「んー、うちもフツーに楽しいなって感じ。……じゃあバランス良いじゃん、丁度2✕3で座ろーぜ」
「良いんじゃね? あーそういえば一昨日先生がさぁ……」
叶太たちの話題は、学校生活のものへ変わっていった……。
(さり気なく叶太の隣を勝ち取ったか。…偶然だとは思うが……、優花ならこれも仕組んでいたのかもな、もしかすると)
・・・・・・・・・・・・・・・
しばらくすると待機列は進み、運良く同じ車両に乗り込むことが出来た。
・・・・・・・・・・・・・・・
《──それでは風のともだちと大空の旅へ! いってらっしゃあーいっ!!》
マイクを付けたスタッフがこちらに手を振って見送る。お決まりだ。
───車両が動き出す─
(……そういえば、動いてる時は叶太の様子見られねえな…。ジェットコースターだし聞き耳立てんのも難しいか──)
──「あの、お隣さん?」
ふと、隣りに座っている乗客が話しかけてきた。
「──えっ、あ…?」
俺は自分が女装しているのを思い出し、返答を最小限に留める。
「はい…、えっとその、お節介かもしれませんけど…。これに乗るなら、もっと気を引き締めないと危ないと思います」
「え…?」
「このコースター…やばいんで」
「え゛っ──」
突然強く引っ張られるような感触があって……意識はそこで途切れた。
・・・・・・・・・・・・・・・
数分の旅を終えて──
・・・・・・・・・・・・・・・
「──さん…お隣さん!」
さっきの乗客に揺り起こされて目が覚めた。
「…うぁ……一体何が…」
「大丈夫ですか? 割と早い段階で気絶してましたよ」
「……そっすか…さーせん……あざす…大丈夫っす……」
俺は自分が女装していることも忘れてふわふわと返答した。
(……ったく何が空のともだちだ、脳みそかき回された気分だよ……。叶太は──)
「──あっはははははっ!!」
「ふふ…あははっ!」
前の席から笑い声が聞こえた。それはもちろん、叶太と優花の声だった。俺も声を出してしまったからあいつらに気付かれてないか心配だったが、あの様子なら問題無いだろうか。
(しかし、本当に笑ってるな……なんて奴らだ…)
…2人は想像以上に相性が良いのかも知れないな。
・・・・・・・・・・・・・・・
コースターは出発地点へ戻り、乗客は出口に通された。
・・・・・・・・・・・・・・・
(あーやべ…まだ脳が揺れてやがる……。……叶太は?)
俺は叶太達の後ろを歩きながら、ひっそりと聞き耳を立てた。
「すゥッごかった!! 俺たち空飛んでたよな!?」
「うん! 最ッ高に気持ちよかった! 風圧とかほぼパンチだったよね!」
「か…叶太、優花……なんで笑ってられんだ……、あいつら結構変態かも…」
「はは…苦手組は早々に死んでたよね……。なんつって、正直うちらも普通に楽しめないレベルでやばかったわ……人間が乗るものじゃねーだろあれ」
「えー、楽しかったけどなあ……。まあいいや、次どこ行く?」
「待っ、悪い叶太、ちょい休憩させて……、おれ結構やばいかも…下手したらヤバい多分」
「はは…じゃあちょっと早いけどカフェ行っちゃうか」
(ふむ…なるほど。次はカフェだな、出口で卓斗を回収して尾行続行だ)
ーーーーーーーーーーーーーーー
俺は卓斗と一緒に再び後を付け、キラキラとしたカフェに足を踏み入れた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
さり気なく叶太達付近のテーブルに座った俺達は、これまたさり気なく聞き耳を立てる。
「──皆は何にした?」
第一声はいつも優花だった。違和感なく、しかし主導権を常に握っている。クラスメイトたちは順に返答していき、そして叶太の答えを聞いた時。
「あっ、叶太くんそっち選んだ? じゃあちょっと交換しない? そっちも気になっててさ…私の方多めに出すからっ」
(……"交渉"か、あまり聞かない誘い文句だが…。──いや待てよ、優花の狙いは叶太への印象付けだ。しかし友人の目がある中で堂々と距離を縮めるのは難しい……だから"交流"ではなく"交渉"の形を取ることで、あざとさを抑えようという訳だ)
「面白いな……」
ふとつぶやく程度には、そう思った。恋路の中、第三者から抱かれる印象。彼女はそこにフォローを入れている。俺も経験は無いから効果の是非は知らないが、その周到さに感心せざるを得ない。
「…へぇ、優花だっけ? 普通に良い人っぽいじゃん」
「……そうだな。…彼女の恋慕が本心なら……。俺も文句は無え、無えんだが……」
「やっぱり、何か気になる訳だ」
「……そうだ、こうして間近で見てると…その違和感が強くなる。何かこう…締め付けられるような……。これが"寂しさ"なのか?」
「ああ、きっとそうさ。……でも大碁の場合、それだけじゃないかもな」
「は? んだよそれ」
「さあね、人間の感情って面倒くさいからなぁ、他人のそれが何なのかなんて簡単に分かんねーよ」
卓斗は糸が切れたようにおどけてみせた。全くこいつは、無駄に含みを持たせやがって……。
「…分かった、精々自分で考えてみるよ……」
ーーーーーーーーーーーーーーー
それからも尾行は続けたが、優花は見事な手腕で叶太の隣を勝ち取り続けた。いつの間にかクラスメイト達も味方に付け、そして完璧な状態で夕方を迎える……。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…もう暗くなってきたね……」
優花は寂しげにそう言った。いつものように、さり気なく第一声をかっさらっている。
「おー、結構楽しかったわ。多分夢に見まくる」
「あはっ、めっちゃ楽しかったんじゃん。最後どうする? あたしちょっと疲れたから落ち着いたのが良いなー」
「賛成、やっぱ普通に観覧車かな」
「うちも賛成ー、じゃあ2人席だし、組分けどーすっか……」
クラスメイトたちはすっと目を見合わせ、そして示し合わせたかのように言う。
「…まー、ジェットコースターん時ので良いんじゃね? 結構収まり良かったし」
「…だね」
クラスメイトは同意を求め、皆それに頷いた。
(あの空気感…なるほど、クラスメイトまで完全に味方に付けたか、優花は。観覧車で二人きり……彼女なら最高の結果を出すんだろうな)
俺は叶太達の背中を見送ると、そのまま踵を返した。
「──えっ、おい大碁!? 尾行は?」
背後から卓斗が呼び止めるが、俺は「もう充分だ」と伝えて、帰路についた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
足取り重く、自宅へ向かう。どうして足が重いのかは……これから考えることだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーー
───通知音─
自宅前、玄関の扉に手をかけた瞬間それは来た。メッセージの送り主は優花…今回の顛末を話してくれるのだろう。
「……上手くやったみたいだな」
内容を軽く確認して、俺は無言のまま携帯を伏せる。
(早く見つけねーと……この感情が何なのか…)
乱暴に家の扉を開け、そして そっと閉めた。
・・・
……暫くして、物陰から一人現れる。大碁の様子を、こっそり見ていたのだろう。
「……そろそろ、気付いてくれたかな? …はぁー全く、人間感情ってのは本当に……」
彼は大碁の親友、島田卓斗だった。彼は溜め息を一つこぼして携帯を持ち、誰かと通話を始める。
「……もしもし。──ああ、上手くいったと思うよ? 島野優花さん?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
数日後……。
ーーーーーーーーーーーーーーー
──「よっ、おはよー大碁」
朝、教室内。俺は上機嫌な卓斗に背中を叩かれる。
「卓斗か、おはよう」
「どう、あれから。考えは纏まった?」
その問いに、俺はゆっくり頷く。
「……ああ、そうかもしれない。…だが……」
「"だが"、なにさ?」
「その…どうすれば良いか、分からねえんだ」
「はぁ? なんだよ大碁らしくないなぁ」
「分かってんだよ んなこと…。けどこれは相当難しい──」
───電話の着信音─
遮るように、俺の携帯が鳴った。
発信者は…優花だ。
俺は一瞬手が止まったが、深呼吸をしてから応答する。
「……もしもし?」
《大碁先輩? 今から少し、お話できませんか? …出来れば二人きりで》
「なにか問題か」
《はい。校舎裏で待っています》
「……分かった、すぐに行く」
《お願いします。では》
─電話が切れる─
「悪い 卓斗、ちょっと出てくる」
「ああ、頑張れよー」
「何をだよ」
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俺は急いで待ち合わせ場所に向かう。少しだけ、嫌な予感を抱きながら。
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「優花!」
校舎裏に着くと、優花はそこに居た。
「大碁先輩…」
「悪い、待たせたな。それで、話ってのは?」
「貴方のことです、大碁先輩」
「えっ、叶太じゃなくて?」
優花は、まっすぐ俺の目を見てくる。だが様子がおかしい、どこか虚ろな……
「単刀直入に訊きます。貴方は…叶太くんの誰なんです?」
「は? 何を言って…」
「…叶太くんは、貴方の話ばかりする……。教室でも、遊んでいるときも、…二人きりの時だって」
「そ、そうなのか? だがそんな報告一度も…」
「言う訳ないでしょう、貴方自身に言ったってしょうがない。それとも、"仲が良いですね"なんて嫉妬まみれの嫌味でも欲しかった? ……叶太くんは貴方だけを見ている、私みたいな他人が付け入る隙なんて初めから無かった訳だ」
優花は大きなため息を吐く。礼儀を捨て去った彼女は振る舞いも荒くなり、近くの壁に腕を組んでもたれかかった。
「それで? 質問に答えてくださいよ先輩さん。他人のくせにわざわざ私を値踏みしていた貴方は、叶太くんの誰なんですか?」
……それは、俺が抱いていた問いでもあった。優花は刺すような目つきで俺を見る、まるで返答次第では絞め殺すと言わんばかりだ。
緊迫の中、俺は考えを巡らせた。体育館裏に吹き込む冷たい風と彼女の視線が思考をフラットにする、自分自身を俯瞰して…あるいは更に内側から探る。叶太との記憶を出会いの頃からひっくり返し……
そして今、答えを見付けた。
「……俺は、…俺は──叶太を愛している。これまでずっと一緒に過ごしてきて…離れることを考えられなくなっていた。……お前に、嫉妬していたんだ。すまない!」
俺は深く頭を下げる。その勢いのままに、土下座の形で頭を地面に叩きつけた。
「やっぱり…そういうことですか」
「…こうなった以上、これからはお前に協力することは出来ねえ。殴ってくれても良い、お詫びもしよう。これからは…恋敵として──」
「顔上げてください、先輩」
「え…?」
優花は、微笑んで立っていた。てっきり、もっと怒っているのかと思ったが……。
「言えたじゃないですか、叶太くんへの気持ち。……正直、私があなたと戦っても勝てっこないですよ、幼馴染なんて特大アドバンテージ覆せません」
「優花……」
「手を引きますよ、私は。だから責任持って、叶太くんと幸せに過ごしてください。今度は、感情とかいう面倒なものに振り回されないでくださいね?」
優花は、笑って拳を突き出す。俺もそれに応じて拳を──
───打撃音─
それは罠だった。優花の拳は、俺の腹に見事なボディブローを放つ。
「かはッ……!!」
俺は腹を抱えて膝から崩れ落ちる。完全に油断してたから割とマジで痛え。
「──ふふっ、すみません。それはそれとして腹は立ったんで殴らせてもらいました。それじゃ先輩、お元気で!」
優花は、満足そうに去っていった……。
「……ごもっともだな…」
俺は暫くうずくまり、痛みと、そして叶太への思いを噛み締めた。
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そして、放課後。
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夕暮れ時、俺と叶太は肩を並べて校門を出た。いつものことだ、いつものことだが…決していつもと同じ気持ちではなかった。
「…なあ、叶太」
「んー? どした?」
「今日は少し…道を変えねえか? 話したいことがあるんだ」
「話したいこと…? ……分かった」
俺は叶太を、人通りの少ない道に誘った。今日は己の感情と向き合う日だ。雰囲気を変える必要がある。
いつか歩いた、川沿いの道。2人で走って、そして転んだそんな道。
「……叶太、俺等が出会ったのはいつだった?」
「16年前、4月16日の8時…20分くらいだっけ? あー、ちょっと覚えてねーかも」
「覚えてんだよそれは。つまりまぁ…ほぼ生まれた時からの仲って訳だ」
「うん、そーだな?」
叶太は、当然のように応える。…そうだ、お前はいつだって当然のように傍に居る。
「……叶太、俺は…これからもお前と一緒に居たい。……そう思ってる」
「……」
叶太は立ち止まる。夕日が川に反射して彼を照らした。
「俺は、今までずっとお前の傍に居た。お互い両親も家に居なくて……確かに家族みたいなもんだった。……だから俺は、お前と本当の家族になりたい。…生涯、一緒に居られるように」
沈黙が走る。
「……それって、愛の告白?」
「ああ」
「……そっか」
叶太は俺に背を向けて、歩き出した。
「告白ってさ、言わば"自分のものになってくれ"ってお願いだよね。誰かの視線を独占したい、そんな気持ち」
「……嫌か?」
俺はおずおずと聞いた。すると叶太は振り向いて、にっこり笑う。
「ぜんぜんっ!」
ああ…見たことない笑顔だ。だけど……見ていてすごく幸せだ……。
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その後のいつか。俺は、親友の卓斗と駄弁っている。
「──最近調子良いよな、恋人が出来たからか」
「ん? まぁ…そうかもな」
「惚けるねぇー。──おおっと忘れてた、今日はちょっとな? 妹からおやつを貰ったんだ」
「おやつ?」
「そう。俺の妹、優花さんからの、カレーパンだ」
卓斗はニヤついて袋を広げた。その瞬間、俺の記憶が深く刺激される。
「──この香りは、俺の…? ──卓斗まさか、お前……いや、お前ら…!」
「へへっ、結果が良けりゃ多少強引でも良いでしょ? 特に、人間の感情なんて不安定なものはね」
卓斗は、カレーパンを美味そうに頬張った。