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8話 新たな日々の幕開け

 もう開いた口が塞がらない。私の中には、不安よりも怒りの方が大きくなっていった。


「ゴ、ゴリラゴリラって失礼ですね。私だって来たくて来たわけじゃない」


私はフェリシアを思いっきり睨みつけた。そしてフェリシアの手を思いっきり払い除けた。フェリシアは払い除けられた手をじっと見つめ、握ったり開いたりしている。


「今のは痛くも痒くもない力加減だな」

「え?」


しかしフェリシアは冷静だった。払い除けられた手に違和感がないことを確認し何か考え込む様子を見せた。


「力をコントロールした?」

「え。いや……何も考えてませんでした」

「そう」


フェリシアは踵を返して自席に戻って行った。私は何が何だか分からず首を傾げた。素っ気ない態度や冷静なところは変わらないが、怒りは何処かに消えてしまった。

 そんなフェリシアの様子を、セシリーは目を丸くして見守っていた。


「フェリシア、君は怖いもの知らずだね」

「ええ。面白いくらい吹っ飛ぶかと思っていました」

「ゴリラくらいなら魔獣よりかわいいものだろ」


三人の会話からようやく自分が試されていたのかだと分かった。確かにこの想像以上の腕力が制御できていなければたまったものではない。しかしどうやら私は無意識のうちにきちんと使いこなしていたようである。

 その事実に少し安心した。

 制御できない腕力では本当にただのゴリラだ。


「触れればなんでも破壊するような腕力というわけではないな。無意識だけど、本人の意志で力加減を調整もできている。けど野放しにしておくのは危険だ」


危険、という言葉に私は再び不安に襲われた。聖女として召喚された異世界人であることには変わりないのだから当然だ。


「ええ。並々ならぬ腕力がありますから。我々は本気で殴られたら終わりです」


セシリーが無言で何度も頷いている。ユーリは完全に面白がっているが、セシリーはどうも私のことを本気で恐れているように見える。


「しょうがないな。とりあえずガンマ班だけの秘密にして、雑用係にしようか」

「ふふ、それしかないでしょうね」


黙って成り行きを見守っていたら、フェリシアが真っ直ぐに私の方を見てきた。その表情からこれからの自分の処遇が言い渡されるのだと思うと、自然と身構えた。


「そういうことだ、クロエ。君は今日からこのガンマ班の雑用係として働いてもらう」


私は覚悟を決めた表情でゆっくりと頷いた。死刑とか牢獄行きとかじゃないだけマシと思うしかないだろう。


「ああ、こういうのをパシリと言うのだっけ?」

「パシリ!?」


フェリシアがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。明らかに楽しんで馬鹿にしている様子に、ムッとした。

 初めて会った時のかっこいいお姫様のような態度なんてカケラもない。


 くっそ!この女、猫かぶってやがった!

 とんでもねえ腹黒毒舌野郎だ!!


 私に魔力がないと知り、ただの腕力だけの厄介者とわかった途端に手のひらを返しやがった。けれど私だって立派な社会人経験(約二ヶ月)のある大人だ。居場所をもらったのだから、少しの嫌味は飲み込んでやろう、と思うことにした。


「さて。貴方の処遇も決まったところだし、改めてうちの班員を紹介しようか」


フェリシアが立ち上がってセシリーとユーリの方へと向かった。


「彼女は紹介したわね。セシリー=ベネットだ。彼女の見た目に騙されてはいけない。まだ十六歳の最年少魔法騎士で、天才なんだからな」

「よろしく」


子どもかなと思っていたが、本当に子どもだったらしい。そりゃあ大人の女性があんな腕力あったら怖いだろう。

 ここは大人の女性として、大人な対応をしよう。


「そして隣がユーリ」

「ユーリ=タイナーです。魔法学の研究をやっていますので、力仕事はお任せしますね」


ユーリはかなりの美人だ。長身でスラリとした細身のスタイルだが、よくよく見るとがっしりとしたところがあるので軍人として鍛えているのだとわかる。そんな人に力仕事お願いと言われても胡散臭い。だが、美人のユーリが言うと聞いてしまいそうになる。この美貌に騙されてはないけない、注意しなくては。


「あとはグレイスか」


どうやらこの班にはもう一人魔法騎士がいるらしい。


「まだ戻って来てないようだね」


セシリーが少しムッとした表情を見せた。


「まあまあ。グレイスも仕事に出てるんですから」


そしてそんなセシリーを宥めるようにユーリがそう言った。セシリーは不機嫌そうに顔を歪めた。

 その時、部屋の扉がゆっくりと開き、みんながそちらへと顔を向けた。


「お待たせぇ」


 また美女だ。

 黒髪に黄色のメッシュが入ったショートカットの美女で、少し気怠そうな雰囲気をしている。


「遅いよ!グレイス!」


セシリーはピリピリした態度でそう怒鳴った。だがグレイスは全く気にした様子はない。


「ごめんってぇ。クレールス教団の残党追いかけてたけど奴らすばしっこくって」

「逃げられたか」


フェリシアはため息をついた。グレイスは「ごめぇん」と申し訳なさそうに頭をかいた。


「でも、だいたい当たりはついてるよぉ」


クレールス教団は全員捕まったと思っていたがそうではなかったようである。ゾッとする。


「ん?誰これぇ」


グレイスはようやく私を視界に入れた。そして睨みつけるように顔を歪めた。警戒されているのが痛いほど伝わってくる。


「今紹介してたところだ。彼女はクレールス教団が異世界から召喚した聖女だ」

「え?マジぃ?」


グレイスは目を丸くして不躾にマジマジと見てきた。


「だが魔力も適正もない腕力だけの聖女だ」

「それ、ただのゴリラじゃぁん」


ゴリラという言葉に反射的にムッとした。


「ああ。体力と腕力はあるようだし、色々面倒だからガンマ班の雑用にすることにした」

「ああ、そうなるよねぇ」


グレイスは私の前に来て、手を差し伸べた。


「私、グレイス=フィリップス。よろしくねぇ」

「よろしくお願いします」


不本意ながらグレイスの手を握り、握手を交わす。


「グ、グレイス!君正気かい!?」

「え?何言ってんの?セシリー」


先程かぼちゃを破壊したのがどうもトラウマになっているようだ。セシリーが顔を真っ青にして叫んだ。その様子にユーリは笑いを堪えて体が震えている。


「グレイスは相変わらず怖いもの知らずだな。彼女はかぼちゃも粉々にするほどの腕力の持ち主だよ」

「えー?でも握手の力普通だし。まだ信じられないなぁ」

「力の調整は無意識にしているみたいだ」

「ふーん?」


グレイスはまだ納得していないようで、ジロジロと見つめている。


「で?聖女サマは名前何て言うの?」

「私は黒川くろえと言います。日本という異世界から来ました。これからよろしくお願いします」


今日からこの四人と過ごす。思うところは色々あるが、くよくよしても仕方ない。前を向くしかない。



 これが、私の新しい日々の幕開けになったのだった。






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