7話 豹変
ユーリと共にフェリシアが待つ部屋へと入ると、そこは事務所のように広い部屋だった。扉から入ってすぐに広机があり、一番奥にフェリシアの大きな机があった。フェリシアは席に付いて書類仕事をしていた。そして方々に扉があり、それが魔法騎士の個室となっているようだ。
「ユーリ、どうだった?」
「それが全く魔力はありませんでした。魔法適性もありません」
「え。魔力がない?」
「はい」
フェリシアはきょとんとしていた。魔法実力社会のこの世界で魔力がないということは落ちこぼれという事。異世界人というだけでも扱いにくいだろうに、さらに魔力もないなんて、とんだ厄介者だ。
「すみません」
思わず謝ってしまった。私だって来たくてこの世界に来た訳ではない。むしろ被害者と言っていいのに、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「素質もないってこと?」
「はい」
「すみません」
「しかし規格外の腕力を持っています」
「腕力?」
フェリシアは首を傾げた。
「た、体力もあります!」
ここでアピールしておかなければ本当にどんな目に合うかわかったものではない。
しかし、そのアピールはフェリシアにはどうでも良かったようで、反応は冷ややかなものだった。ユーリは必死に笑いを堪えているばかりで、何もフォローしてくれない。
「ユーリ、持ってきたよ」
そんな微妙な空気の中、セシリーが戻って来た。
「ちょうど良かった。ではクロエさん、先程と同じようによろしくお願いします」
「は、はい」
私はセシリーからかぼちゃを受け取った。先程よりも心持ち少し大きなサイズのかぼちゃだ。
みんなの視線に緊張して、じんわりと手に汗が滲む。ふと魔力検査の時、何も起こらなかった事が思い出されて、不安になった。
もし。もし、腕力もなかったら……。
不安を拭い去るように、ぎゅっと唇を噛み締めて、力を思いっきり込めた。
ぱぁんっ!!
真っ二つどころか、粉々に飛び散ってしまった。
あまりの惨状に、私自身も呆然としてしまう。
「!!!」
目の前で見ていたセシリーは目を丸くして私から距離を取った。気持ちは分かるが、どこか寂しい気持ちになる。
「ふはははは!!」
一方ユーリは大爆笑だった。目に涙すら浮かべている。
「なるほど」
そしてフェリシアが一番冷静だった。その冷静な対応が私を正気に戻してくれた。
夢かと思ったが自分の周りに散らばったいくつものかぼちゃの破片を見て、現実だと思い知る。
黒川くろえ、二十三歳。これでも花の盛りの初々しい新卒社会人である。望まれない存在として何か一つ取り柄はあって良いものだが、何も腕力でなくても良かったのではないかと思う。
「い、今何の魔力も感じなかったよ!?一体どんな魔法なんだい?!」
セシリーの反応に『ごめん、魔法じゃないんだ。単純な腕力なんだ』とは言いたくない。
「いいえ、セシリー。彼女には魔法適性も魔力もないのです。純粋な彼女の腕力です」
「腕力!?」
セシリーはさらに私から距離を取った。そこまであからさまな態度を取られると、とても傷付く。
「はっ。まるでゴリラのようだな」
フェリシアが鼻で笑った。初めて会った時から優しくて丁寧な態度の美少女が、嘲り笑って見下ろしている。
え?見下している?
あの、絵に描いたようなお姫様が?
私は自分の耳と目を疑った。最初の印象とは全く違う喋り方に動揺が隠せない。
「異世界人、しかも聖女のこれからの扱いをどうしようかと悩んでいたところだけど、馬鹿らしくなってきたな」
フェリシアは大きくため息をついて、立ち上がった。
「クロエ。魔力のない者にこの国の人々は価値を見出さない。つまり貴方は聖女とは名ばかりのゴリラだ」
あんまりな言い方ではないだろうか。
しかし言われた内容よりもガラリと変わったフェリシアの態度に言葉が出なかった。
私の前にやってきたフェリシアは、不敵な笑みを浮かべて、頭をガシッと鷲掴んできた。
「クレールス教団はとんでもない聖女を召喚したものだ。魔力が足りなかったんだろうな。召喚できたのはゴリラだったわけか」