1話 異世界召喚
自分の身に一体何が起こったのだろう。
眩しいと思って目をつぶってしまい、それからもう一度目を開けた時、そこはもう私がよく知るアパートではなかった。円柱のような建物なのだろう。黒い壁は曲線を描いている。後ろを振り返ってみても、もちろん自分の部屋は無かった。
しかもどうやら私は今、お揃いの白い装束に身を包み目深くフードを被ったいかにも怪しい集団に囲まれている。
「おお!」
「聖女様だ!」
「本当に……来てくださった!」
「我らが光!」
「聖女様!」
集団はざわざわと落ち着かない雰囲気で私を値踏みするようにジロジロと見つめてくる。そのくせ誰も私に話しかけてこようとはしない。見せ物になったような感覚に、私は唇を噛み締めた。
「聖女様」
白装束の一人が一歩前に出て話しかけてきた。その声をきっかけに周囲はぴたりと話すのを止めた。
「突然呼び出した事をどうぞお許し下さい」
そう言って軽く頭を下げてきた。けれど胡散臭い雰囲気は変わらず、眉間に皺が寄る。
「貴方達は……?」
「我々はクレールス教団。この世界を変える為立ち上がった者たちの集まりです。けれど我々の力は小さく、強大な力の前になす術が無くなってしまいました。そこで聖女様に救いを求めたのです」
本当、どこかで聞いたことのあるような展開だ。
「それで。私がその聖女ってことですか?」
「その通りです。我らの声に応えて来てくださった。貴方はまさに聖女様です!」
白装束は満足そうに声を弾ませた。それに呼応するかのように周囲の白装束達も感嘆の声を上げ始める。
そんなに喜ばれても困るんだけどな。
なんせ私の意思で応えてここに来たわけじゃないのだ。何の因果か偶然か、気が付いたらこの訳の分からない世界にいたのだから。
私はやけに冷静な頭でそんな事を考えていた。顔は見えないが白装束は満足そうに笑っているような気がする。
「聖女様!どうか我らをお導き下さい!」
わあ、と一気に熱気が溢れ出てくる。私はその気迫に押され、体を強張らせた。
私は自分の意思に関係なく、白装束達によってこの世界に召喚されたらしい。
これが異世界転移。
理不尽に召喚させられて、説明も曖昧なまま、見せ物に仕立て上げられていく。彼らの言葉は不思議と分かるのに、言っている意味を一つも理解できない。じわじわと恐怖が体を蝕んでいく。
けど、ここでのまれたらダメだ。
勇気を振り絞り、声をかけようと口を開けた。
その瞬間。
「そこまでだ!」
突然扉が開かれ、太陽の光が暗い部屋に差し込んで来た。私はその眩しさに思わず目をすぼめた。
薄目で声のする方をみると、一人の少女がいた。
逆光になっていて少女の表情や顔立ちは全く分からない。しかし彼女の背後には黒い軍服を来た集団が控えているのが見える。それはかなりの人数で、この場にいる白装束達の数倍もの数だった。
「貴様!フェリシア=エバンスか!」
「クレールス教団、ようやく尻尾を見せたな」
一人の少女がゆっくりとこちらに近付いてくる。
「しかし、これで終わりだ」
少女が数歩前に出てきたことで、顔立ちがよく分かった。
すっと通った鼻筋に陶器のような肌、爽やかな青い瞳の、整った顔立ちの少女だ。まるでお姫様のような可愛らしさなのに、軍服を身にまとっていてかっこいい。
少女がパチンと指を鳴らすと白装束と私を取り囲むように炎が上がった。白装束達は小さな悲鳴をあげてオロオロしている。
「一人残さず捕らえろ」
その言葉を号令に、控えていた軍服の人達がなだれ込むように入ってきた。そして逃げようにも逃げられない白装束達を、いとも簡単に捕らえていく。ほとんどの人が魔法を使って白装束を捕らえていくが、白装束は魔法を使う素振りもなく、ただただ逃げ回っていた。
すごいなあ、なんて考えながら、そんな様子をぼんやりと見つめていると、あっさりと白装束達は全員捕らえられてしまった。
あれ?私、どうなるの?
ぽつんと取り残された状況になって、私はようやく焦りを感じ始めた。
勝手に召喚して、聖女と呼んで、祭り上げようとされて、そうなる前に皆捕まってしまった。
こんなことってある?
「失礼」
少女が声を掛けてきた。私は呆然としたまま少女を見上げた。
「貴方は何者ですか?」
「はあ……何者なんでしょうねえ」
それはこっちが聞きたい。項垂れる白装束達を見ていると何とも言えない気持ちになる。
「クレールス教団の仲間ではないようですが。貴方の服装は見た事がない」
ビジネススーツ姿の私がとても珍しいらしい。マジマジと服装を見られると、何だか恥ずかしい気持ちになった。
私は視線を泳がせながら答えた。
「あー……ついさっきここに召喚されましたから」
「召喚?」
「私にもよくわからないんですけどね。なんせ召喚されたら召喚した人達が捕まっちゃいましたから」
そう言って私は笑いながら白装束達を指差した。そんな私の様子に少女は少し複雑な表情になった。
やめてくれ。
そんな哀れみの目で私を見ないで欲しい。
少女は何を言ったらいいのか、言葉を選んでいるように見える。
「えっと、その……色々と申し訳ありません。うちの世界の者たちが巻き込んだようで」
少女もそれ以外に言葉がないのだろう。タイミングが良いのか悪いのか。あと少し早ければ私は何の被害も無かった。けれどあと少しでも遅ければ私は白装束と共にここを去っていただろう。そしてこの少女と出会うのも戦場だったに違いない。
まあどちらにせよ、少女が悪いわけでは無い。
「いえ。あなたが謝ることはありませんよ」
人生何が起こるか分からない。私の運が非常に悪かったのだろう。
少女はそっと私に手を差し伸べてきた。
「とりあえず、お城へ招待します。そこでゆっくり話しましょうか」
「お城?」
「はい。城と言っても我々魔法部隊がいる別棟ですが」
私は頭の整理をしながら、ゆっくりと少女の手を取った。城やら魔法部隊やら、日本で聞き慣れない単語が次々出てくる。
「あの、貴方は……?」
とりあえず、目の前の人物を知りたい。
フェリシアと呼ばれていたのは知っているが、それ以外何も分からない。
私は怪訝な顔で少女に問いかけた。
「申し遅れました。私はフェリシア=エバンス、この国の王族の一人で、今は魔法部隊ガンマ班所属の魔法騎士です。貴方のお名前は?」
「あ。私は黒川くろえです。しがない普通の商社に勤める新卒社会人です」
魔法部隊という聞きなれない組織名に対抗するように、商社に勤める新卒社会人と言ってみたが、フェリシアから不思議そうな顔をされた。
それはお互い様なのに。
優しそうなフェリシアを見つめながら、自分のこれからがどうなるのか、不安に思う。
本当、どうしようかな。