8話 異常な兄妹
「や、お待たせ。スパークリングでいいかな」
「ありがとうございます、デモンズ公爵様」
「あぁ、カルロスでいいよ」
「そうだ、僕のこともアレックスでいい。堅苦しいのは嫌いでね」
2人の公爵様は優しく微笑むと私を挟むように腰掛けた。公爵様に挟まれてさっきまでの悲しみよりも緊張が優ってしまう。私なんかではお話しすることだって叶わないような雲の上の存在だもの。
「なぁ、さすがにあの兄妹おかしくないか?」
アレックス様がそう言うとカルロスもうんうんと頷いた。そして2人は私の方を見ると
「ミラ、君は何か知らないかい?」
と同時に言った。
正直、ファーリス様とデイジーの関係性に疑問がないと言ったら嘘になるし私にはいくつか心当たりがあった。でも、個人的なことをご学友とはいえ、話してしまうのは抵抗があった。
「えっと、お話しするようなことでは」
俯く私にカルロスが
「ミラ、僕たちは舞踏会でひどい屈辱を受けたんだ。それは僕が公爵だからとか君が男爵令嬢だからとか爵位なんて関係ないよ。婚約者が婚約者を置き去りにしていい理由なんてないんだ」
と言ったが私の心は決まらない。まだ、心のどこかで私は優しかった頃のファーリス様を愛していたから。これは気の迷いか何かでいつかまた私の方を振り向いてくれるのじゃないかって期待をしてしまっているのだわ。
「ワインをかけられ、嘘をつかれても君が黙っていたいならそうすればいい。けれど、それは違う。君はもう少し誇りを持つべきだ」
アレックスは声色こそ優しいもののじっと私をみる視線は鋭くて、彼だけ何か別のことを知っているような……そんな気すらした。
「ミラ、僕は公爵としてデイジーがしたことを追求する必要があるんだ。何か知っているなら情報提供をしてほしい」
きっと、話してしまえばファーリス様との婚約はダメになってしまうかもしれない。お優しかった彼に会うことは2度とできないのかもしれない。
でも、2人の顔を見ていると私は失っていたはずの意志や誇りを取り戻すべきだと思い直し始めていた。
「ミラ、大丈夫。話してごらん」
アレックスのひと押しで私は今まであったことを話すことに決めた。
「こんなこと……なら」
私は今までの文通のやりとりや初デートをデイジーに邪魔されたことなどを彼らに話した。話せば話すほどやっぱりあの2人はおかしかったんだと実感する。
——あの2人の距離感は異常だ。
「婚約者を待ちぼうけさせたあげく、妹と2人きりで長期のバカンス……ねぇ」
アレックスが呆れたように呟く。
その時、慌ただしい足音と安心する声がして私はぱっと顔を上げた。
「あぁ、よかった。ミラ。ファーリスさんが帰ったって聞いて私探したのよ」
「ミラ、こちらの公爵様たちと何か?」
そこにいたのは兄と義姉のハルネだった。挨拶回りでつかれてしまったのか少しメイクのよれたハルネと私を心配する兄の視線にぶわっと閉じ込めていた感情が溢れ出す。涙が止まらなくて、しばらく口を聞くことができなかった。
しばらくして、私は兄とハルネに私たちは事情を話した。ハルネは半分くらい知っていたから優しく私に寄り添っていてくれたが、兄の方は顔を真っ赤にして怒っている。
「ミラ、どうしてそれを今まで」
「この婚約は我が家にとって重要なものだったから」
「すまない……本当にすまない。デモンズ公爵がここにいるということは……まさか」
ファーリスの学友である公爵2人も兄とハルネに今まであったことを洗いざらい話した。
「ミラ。婚約を破棄したっていいんだ。こんな屈辱を受けてまで家のために生きることはない」
兄のその一言で私の心にフッと幕が降りたような気がした。私は、あんな家に嫁ぎたくなんかない! 一生、妹を優先し続ける夫に悲しむ生活なんて……私はしたくない。
「カルロス、もし私が婚約破棄をしたら理由を話すことになる。そうすればあなたの婚約者デイジーも傷つけることになるわ」
「あぁ、僕もこの場で屈辱を受けたんだ。あの2人にはそれ相応の報いを受けてもらわないとな」
カルロスの方はとっくに心が決まっているようだった。
「ただ、婚約破棄をするタイミングは相談をさせてほしい。そうだ、ミラ。しばらくの間はアレックスを通じて連絡を取ろう。2人に怪しまれないように……」
「僕は地方にもよく仕事の関係で行くんだ。医療の繁栄のためにね。ミラ、僕たちが無理に君に話させたんだ。君の婚約破棄後の生活については僕が保証するよ。安心して、もうファーリスのことは忘れるんだ」
私は兄とハルネと一緒に馬車に乗った。
まるで鳥が飛ぶみたいに早く流れた展開に心は追いついていなかった。私は幼い頃から恋をし続けたファーリス様と決別するのね。
そして、婚約者のいないご令嬢になるのだわ。未来が不安で怖い。アレックスはあぁ言ってくれたけど……正直今は家族以外の誰も信用なんてできないわ。
「ミラ、おうちに帰ったらゆっくり休みましょう。一緒に野原でピクニックをしてたくさんたくさん笑いましょう」
ハルネにぎゅっと抱きしめられて私は気がついたら眠りに落ちていた。




