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6話 宣戦布告 妹君を優先する人


 待ちに待った舞踏会の日になって、私は待ち合わせ場所でファーリス様を待っていた。彼の髪に映えるようにネイビーのドレス、アクセサリーは控えめだけれど私の肌が美しく見えるダイヤモンド。ネイルは慎ましさを演出するために整えるだけ。

 

「ミラ?」


 名前を呼ばれて振り返ると、燃えるような赤毛に優しそうな垂れ目の青年がこちらに手を振っていた。彼の後ろにいる護衛はミルホックだ。


「ファーリス様?」


「ミラ、きれいだね。久しぶり」


 そっとハグをしてチークキスをすると、ファーリス様は熱のこもった視線で私を見つめた。


「待たせて悪かったね。デイジーをデルモンド公爵のもとに送っていたんだ」


 デイジーというのは彼の妹だ。私の記憶ではまだ小さな少女だった頃の姿しかないが、今はもう年頃のはず。


「いえ、ぜんぜん待っておりませんわ」


「じゃあ、会場へいこうか」


 私は彼の手を取ると、エスコートを受け入れて馬車に乗り込んだ。こんな短い距離を馬車で移動する。しかもファルケンハウゼン家の家紋の入った馬車で。


「そうだ、この前のこと本当に悪かった」


「そんな……大事な妹さんのことですから」


「ありがとうミラ」


「いいえ」


 私は心の中のモヤモヤを隠すように微笑むと視線を車窓へ移した。都市部の明かりがキラキラと輝き、とてもきれいだ。

 

「今日は君を僕の婚約者としていろんな方に紹介しようと思っているんだ。少し疲れるかもしれないけれどついてきてくれるね」


「えぇ、もちろん。光栄ですわ」


 ファーリス様がそっと私の手を握った。

 大きくて柔らかい手を私は握り返す。けれど、こうして肌が触れ合ってみるとやっぱり彼の気持ちが私に向いていないような気がしてならない。


——やっぱり、彼はデイジーのことを


「さ、ついたよ。ミラ」


「え、えぇ」



***


 舞踏会が始まると、私はファーリス様の隣でいろんな方々に挨拶をした。


「こちらはアレックス・ラベルゴ公爵だ。僕の学友でね」


 ラベルゴ家といえばこの国の医療を牛耳っている一族だったはず。とんでもない家系だわ。そんな方とファーリス様は御学友なのね。

 アレックスは金色の髪に美しい青い目で少し吊り目。ファーリス様とは対照的な印象だわ。


「やぁ、ファーリスにまさかこんなきれいな婚約者さんがいたなんてね」


「はじめまして、ミラと申します」


「まさか、僕たちの中で僕が一番最後になるとは」


 アレックスの視線の先には一際大きくて強そうな騎士風の男とその隣で笑顔を振りまく赤毛の美女がいた。美男美女でまさにお似合いといった感じで王族かしら。


「あとで紹介するよ。あそこにいるのはカルロス・デモンズ公爵」


——ということは……その隣で微笑んでいるのは


「隣にいる可憐な美人は我が妹デイジーだ。あぁ、なんてきれいなんだろうね」


 ぽっと顔を赤くして自慢げに妹さんをみる彼。やっぱり、その視線には家族愛ではなく……いいえ、ダメよ。こんな場所で後ろ向きになっては。


 なんて考えていたら、遠くにいた赤毛の美女はファーリス様を見つけてこちらへ駆け寄ってきた。その様はまるでおとぎ話のプリンセスのよう。



「お兄ちゃん!」


 キンキンする声と共に私とファーリス様の間にデイジーは勢いよく割って入った。私は押しのけられてファーリス様の腕を離してしまう。その拍子に彼女のもっていた赤い葡萄酒が私の胸元にかかった。


「きゃっ」


 私の悲鳴をかき消すようにデイジーはわざとつまづいて見せる。すかさずファーリス様が彼女を支えた。


「デイジー、危ないだろ」


「だって、お兄ちゃんと離れてしまってさみしかったんですもの」


「デイジー、君には婚約者のデモンズ公爵がいらっしゃるだろう?」


「いるけど……まだ婚約者だもん。今はお兄ちゃんがいい。ねぇ、あっちに美味しそうなラザニアがあったの。食べにいかない?」



「ちょ、ちょっと」


 私に背を向けるようにして話し続けるデイジーとそれに夢中なファーリス様に声をかける。


「ミラ、悪いね。デイジーが料理を食べたいらしい。少し外すから君も適当にしていてくれ」


 デイジーを愛しそうに見つめるとファーリス様は「こっちだ」と彼女をエスコートする。


「あっ、ちょっと待ってお兄ちゃん。ミラさんのドレスがワインで汚れてしまってるわ」


 デイジーは胸元からハンカチを取り出すとわざとらしく私に近づいてくる。私の胸元に溢れたワインを拭くフリをしながら




「お兄ちゃんは私に夢中なのよ。あなたにはあげない。せいぜいお飾りの奥さんでいてね」




 と呟いた。


 あまりに突然のことで私は言い返せず、彼女が笑顔を振りまきながらファーリス様のもとへ帰っていくのを見守ることしかできなかった。

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