19話 修羅場
デモンズ公爵家の教会に私はやってきていた。私がいることにたいそう驚いたファーリスが私を無理やり廊下の端っこに追いやると
「妹が嫌がるから帰ってくれ」
と凄んでくる。私は前日まで感じていた「彼を断罪する罪悪感」がどこか遠くへ飛んでいくように感じてしまった。この人は私のことを少しも愛してなどいない。私よりも妹君が大事で、仮にも婚約者である私を嫌なものでも見るような瞳をで見つめているのだ。
「どうして? 私とデイジーは義理の姉妹になるのよ? それに私はファーリス様の婚約者ですのに」
と反論してみる。けれど彼は
「いいからすぐに帰る準備をしてくれ」
と冷たく言った。私は心の中で何かが壊れる音がして目の前にいる男が人間の形をした何かにしか見えなくなってしまった。
もしも、この場で彼が少しでも私に振り向いてくれていたのなら、優しさを見せてくれたのなら断罪するのを避けてもよかった。婚約破棄をせず一緒に辺境の地で頑張る道も探ろうとおもった。けれど、それももう無理みたいだ。
「デイジーは君の身分や立ち振る舞いを心配しているんだ。それに、デイジーの美しさに嫉妬するんじゃないかって」
私の肩を掴んで、出口の方へと押す彼。私はハルネとお兄様を呼ぼうとした時のことだった。
「おや、ファーリス。どうしたんだい?」
声をかけてきたのはアレックスだった。
「いや、その……」
ファーリスとアレックスは学友とはいえ公爵であるアレックスの方が格上だ。
「ミラは僕とカルロスが招いたんだ。この前、君とデイジーがキャンセルした食事会で意気投合してね。君の招待状には欠席と書かれていたけど、無理を言ってきてもらったんだ。席はファルケンハウゼン家と離れてしまっているが怒らないでくれよ。さ、披露宴が始まる。2人とも行こう」
アレックスはファーリスに気が付かれないように私にウインクをした。一方でファーリスはぐっと苦虫を噛み潰すような顔で「わかった」と呟く。
教会の中へ入ると豪華に飾り付けられた舞台の上に真っ白なドレス姿のデイジーと笑顔を振りまくカルロスがいた。
一瞬、デイジーがこちらに冷たい視線を向けたが気がつかないふりをする。私はこの後に起こることを知っていて、震える手を必死に抑えていた。
披露宴は問題なく進行し、サーカス団の出し物やオペラ歌手の歌、美味しい食事を楽しむフリをする。
そして、披露宴の最後。新郎の友人スピーチだ。
壇上に上がったのはアレックスだった。
「カルロスとは幼い頃から学友として切磋琢磨してきた好敵手です。不器用でちょっとおバカなカルロスがこんなに綺麗なお嫁さんをもらうこと嬉しく思います」
アレックスのスピーチに会場が拍手を送る。彼はそれっぽい言葉を並べ、スピーチを盛り上げていく。
「そして、医師の僕が一つここでご報告をします」
アレックスは注目があつまるまでしっかりと間をおくと
「デイジーのお腹の中にいる子供が無事に生まれてくることを祈っています」
「どういうことだ!」
ここでカルロスが大声を上げる。そしてそのままアレックスの胸ぐらを掴んで叫び散らす。
「俺はつい数週間前までずっと軍隊の遠征に出ていたんだ! 彼女の腹に子供などいるはずがない!」
アレックスはカルロスを振り払うと
「いいえ、僕は医師です。デイジーのお腹にはそうだな。2ヶ月になる子供がいるはずだ。なぜなら僕の家の系列病院に彼女が受診していたからだ」
アレックスは胸ポケットから診断書のようなものを取り出してカルロスに見せる。
カルロスはわざとらしく驚くと「相手は誰だ!」と怒鳴り散らした。
「お言葉ですが、我がファルケンハウゼン家は我が娘に殿方を近づけた記録はございません。使用人すら男女を厳しくわけ、娘には近寄れないようにしています」
ファルケンハウゼン夫人が抗議するも、アレックスは「妊娠は事実だ。僕が直々に診断したのだから」と一蹴する。
「デイジー、どういうことだ? あなたデモンズ公爵との婚約が決まっていたのに浮気だなんて……デモンズ公爵。父親に関してはこちらで追求しすぐにでも死罪に……」
「いいや、ファルケンハウゼン伯爵。その必要はありません。確かに、夫人の言うようにデイジー嬢は厳しく男性には触れられないように育てられた。だからこそ、僕たちは腹の子どもの父親を見つけたんです」
アレックスは会場を見渡すと私の方を向いて手を挙げた。
「ミラ・カルバリェスさん、こちらに来てくれるかな」
私は颯爽とステージに向かうとアレックスの隣に立った。会場はざわついていたものの被害者はデモンズ公爵。この場を止めようとするものはファルケンハウゼン家くらいしかいないが伯爵である彼らは強く意見を言えずにいるようだった。
ステージの上からファーリスが見えた。彼は怒りに震えているファルケンハウゼン伯爵の横で顔を真っ青にしていた。
彼のその表情を見て、本当にデイジーと彼が禁忌を犯したのだと実感が湧いて吐きそうになる。悍ましい。
「彼女がデイジーの腹の中にある赤ん坊の父親が誰かを証明してくれます」
アレックスは私に見覚えのある便箋を渡してきた。
「これは、数ヶ月前。私が婚約者であるファーリス様から受け取った便箋です。
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拝啓、いとしのミラへ
ミラ、すまない。
僕の妹であるデイジーの誕生日が近いんだ。君とのデートの準備をしていたら「お兄様とバカンスに行きたい」とごねられてしまってね。
こうなってしまうとデイジーは絶対に譲らない子なんだ。
君はいずれデイジーの姉となる存在。それに君が男爵令嬢である今は君の方が身分が低い。
つまり、僕は年下で身分の高い彼女を優先することにした。
デートはいずれまた僕の方から声をかけるよ。
追伸
デイジーの誕生日が近いんだ
君からも何か贈り物をしてほしい
ファーリス・ファルケンハウゼン
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私が読み終えると会場はより一層ザワザワとうるさくなった。
それもそのはず、近親同士で肉体関係をもつことはこの国では禁止されている。しかも、それを隠して格上の貴族に嫁入りしようとしていたのであれば大問題である。この話の流れで読まれたバカンスという言葉に会場にいるすべての人が兄妹のおぞましい行為を想像したのだろう。気分を害して口を抑えるご婦人やファーリスを睨む招待客も少なくなかった。
「そう、このようにデイジーは2ヶ月前に彼女の兄であるファーリスとバカンスに行っていたのです。婚約者であるミラさんを置き去りにして……そして彼女に協力を願いファーリスが送った手紙とその内容を精査したところ、デイジー嬢が妊娠した時期に関わっていた相手がファーリスだけであると結論づけました」
「嘘よ! 私は妊娠なんて」
デイジーが騒ぐがアレックスはそれを無視して話を続ける。
「さきほど、ファルケンハウゼン伯爵がお話になった通り。デイジー嬢に近づける男性はほとんどいなかった。であれば妊娠の時期とバカンスへ行った事実、そして今から読み上げる異常な兄妹愛が滲み出る手紙を読めば……自ずと父親がファーリス・ファルケンハウゼンであることは否定できないだろう」
アレックスは、数々の愛の手紙を読み上げる。ファーリスの方を見ると顔を真っ青にして呆然としていた。デイジーの方は狂乱して暴れ、デモンズ家の使用人たちに取り押さえられていた。
「お兄様! 助けて!」
デイジーの悲痛な叫びもファーリスには届かない。彼は俯いてぶつぶつと何か呟いていた。
「ミラ嬢、もう戻ってくれ」
「はい」
私はステージを降りて、すぐそこまで迎えにきてくださっていたお兄様とハルネに連れられてテーブルへと戻った。体の震えは止まらず、息も浅くなって苦しい。招待客たちの哀れみの視線が痛くて怖くて今にも逃げ出したいような気分だった。
ステージの方ではカルロスが婚約破棄を叩きつけている。
「デイジー。君との婚約もファルケンハウゼン家への援助の話もなかったことにさせてもらうよ。それからファーリス、僕の婚約者に手を出したこと強く抗議しよう。近親での肉体関係は禁じられているはず。裁判所の長を務めるファルケンハウゼン家の信頼も揺らぐだろうな。公爵家であるデモンズ家は王宮でこのことを報告しファルケンハウゼン家の爵位を取り上げることも検討させてもらう」
カルロスは「デイジー、君もしっかり償ってもらうよ」と言い放つと会場を後にした。それに続いてデモンズ公爵家の方々も会場を出ていく。
「ミラ、僕たちも帰ろう」
お兄様が立ち上がり、私はハルネに支えられながらやっと腰を上げた。ゆっくり、けれども確実にこの場を去ろうとする私に
「ミラ! 待ってくれ!」
ぎゅっと押し戻され、心臓が飛び上がりそうになる。
ファーリスが私の手を掴んだのだ。
彼は涙をいっぱいに浮かべ、私にすがった。何度も謝罪をして許しをこう。
「悪気はなかったんだ。ただ、妹に誘われて仕方なく……」
最後には愛していたはずの妹のせいにして私に縋り付く彼を心から気持ち悪いと感じ、パッと手を振り払った。
「ファーリス様。こちらの婚約についてはお手紙にて今後のことをお伝えさせていただきますわ」
ファーリスが何か叫んでいるのが聞こえたが私は無視して会場をあとにした。




