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18話 招待状


 デモンズ公爵の結婚披露宴が行われる。普通、貴族のこのようなパーティーに招待される時、ここに招待状がくるのではなく婚約者がいる場合はより親密な方にまとめて招待がいくものである。


「アレックス様、どうぞ」

「カルバリェス男爵夫人、ありがとう」

「まぁ、男爵夫人だなんて」

「ハルネさん、とお呼びしても?」

 アレックスの色気にぽっと顔を赤くしつつ、ハルネは私の隣に座った。アレックスはなんというか、どんな令嬢でも恋に落ちてしまうほどの色気とそれから妖しい雰囲気をもっているのだ。

「で、案の定ファーリスは招待状にこんな返事を寄越してね」

 アレックスがもってきた招待状の返信には『親族として出席』と書かれており、婚約者であるはずの私の名前は書かれてはいなかった。

「私にはこんな手紙が」


***


親愛なるミラ


今度、デイジーとデモンズ家の結婚披露宴が開かれることになった。

けれど、デイジーがどうしても君の出席を嫌がってね。デイジーは男爵家の令嬢である君が公爵家や王家のあつまる大事なパーティーにふさわしくないかもしれないと心を痛めていたんだ。

このパーティーはデイジーにとって一生に一度の晴れ舞台。彼女が主役だから。申し訳ないが君は将来の妻としてここは身を引いてほしい。

大事な妹の最後の願いを聞いてあげたいんだ。慈愛深い君ならわかってくれるね?

愛している。


ファーリス


***


 招待状が来たのは1週間ほど前だったらしい。私が「参加したい」と言わないように披露宴が数日前に迫ってからこの手紙を送ってきたのだ。

「本当に救えない奴だよ。旧友として謝らせてくれ」

「そんな、アレックス様が謝ることでは」

「いいや、禁忌を犯しただけでなく幼い頃からの婚約者すら蔑ろにしてしまうなんて同じ貴族としてこんなに恥ずべきことはないと痛感しているよ」

「……いまだに悲しくなることがあります。私がもっと早くに婚約を進めるように働きかけていたら、都市部に行く準備をしていたらこまめに彼に会っていたらとそう思う夜も少なくはありません。多分、お手紙でのやり取りだけだったとしても、婚約者だった彼を慕っていたんだと思います」

 自然と溢れ出る涙、ハルネがそっと私の背中をさすった。数日後の披露宴で彼は断罪される。ファルケンハウゼン家もその家業もただでは済まないだろう。法律家を多く輩出している家系が近親での禁忌を犯したとわかれば爵位の取り消しにだって合うかもしれない。

 自分は何も悪いことはしていないと言われても彼の未来に罪悪感を持たずにはいられない。心の奥がゾワゾワしてずっと何かに焦っているような不快感がある。

「ミラ嬢、君は何も悪くない。もしも、だ。今回のことで君に何か不利益が降りかかるようなことがあれば俺が必ず阻止しよう。君が納得できる婚約者が欲しいというのであれば俺が探して見せよう。だから、何も不安に感じることなどない」

「ありがとう……アレックス様」

「今日はこれを渡しに。カルロスからの招待状だ。名義はお兄さんのボルドー男爵宛になっているがハルネさんとミラ嬢も参加して欲しい。奴らを断罪するには君の存在とあの大量の手紙が証拠になるからね」

「証拠?」

「あぁ、手紙の消印日と内容を俺の方で精査したところ、おそらくデイジーの腹に子供ができた時期が推測できるんだ。おそらく、誕生日の近く……君との待ち合わせをすっぽかしたあの日だ。バカンスに2人が行った先で……」

 私はお医者様ではないし、詳しいことがわからないが一つだけ疑問があった。

「けれど、それだけでは証拠にはならないのでは? ファーリス様ではなく使用人や他の殿方の可能性だってあるはずですわ」

「いいや、ファルケンハウゼン家は法律を重んじる家系だ。君も知っての通り使用人は男女をしっかりと分けていてデイジーの世話係は全て女性、ファーリスの世話係は男性。不貞や愛人すら作らない潔癖すぎることで有名なんだ。知らなかったかい?」

 そう言われて思い出したが、ファーリスがデイジーがいかに箱入り娘かを自慢していた手紙を思い出した。確か、家の中でもしっかりと男女が入れる部屋が限られていて、その中でもデイジーはまるでお姫様のように育てられ男性を知らないまま公爵様に嫁ぐ高貴な女性だからなんとか……。あぁ、頭が痛くなってきた。

「思い出しましたわ。確かにデイジーは他の男性と関係を持てるような環境では……なかったかもしれませんわ」

「あぁ、特にデモンズと婚約してからは厳しかったはずだ。ただ、相手が実の兄ともなれば警戒も薄まっただろうし万が一使用人が目にしても口には出せなかったんだろう」

「えぇ……」

「だから、君のこの手紙が大きな証拠となるだろう。ミラ嬢。辛いだろうが……これは貴女自身とそれからカルロスの名誉を守るために必要なことだ。わかるね」

「わかっています」

「今は、仮にも君は婚約者のいる令嬢だ。だから俺がこれ以上何も……いや、やめておこう。とにかく、もうこれ以上悪いことは起きない。起こさせないから……。公爵家の名前に誓ってでも約束する」

「ミラは……妹はずっとただファーリスを慕っていました。これ以上、悲しい思いをさせたくないですわ」

「ハルネさん。俺が約束します。披露宴は数日後になりますがご準備を」

「えぇ、夫にも話しておきます」



 数日後、私は婚約者を断罪する。


 アレックスが帰ったあと、私は渡された招待状をじっと眺めた。

 貴族の令嬢にとって結婚というのは人生の中で1番の大きなイベントだ。人によっては政略結婚をして望まぬ相手と……なんてこともあるけれど。カルロス様とデイジーはそんなわけではなかったはずだ。

 なのに、この招待状の先に幸せは待っていない。カルロス様の深い悲しみとファルケンハウゼン家の滅亡が待っている。


 本当に、私がお慕いしていた頃のファーリス様はもういないのだろうか。


 まだ、私は迷っていた。



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