15話 アレックスの思惑
「困ります、公爵様」
「すまないね、お茶だったかな?」
アレックスは私を打とうとしたデイジーに微笑みかけた。しかし、彼の目は笑っておらずじっとデイジーを見据えていた。
デイジーは手を引っ込めて猫撫で声で
「いえ、とんでもございませんわ。たった今、ミラお姉さまの耳元に虫が」
「あぁ、そうかい。ミラ嬢ごきげんよう」
「ごきげんよう、アレックス様」
私はつい彼を下の名前で呼んでしまった。デイジーはありえない! と言いたげな表情で私とアレックスを交互に見た。
「あら、お二人に親交が?」
「あぁ、僕がカルバリェス家の領地に診察所を立てる計画を進めていてね。ミラ嬢には協力してもらっているんだ。それはそうと、ファーリスも抜きでお二人でお茶だなんて何かあったのかな?」
全てを知ってる癖にアレックスは白々しくデイジーに問う。
「まぁ、公爵様。義理の姉妹になるお方とお茶をしたらいけなくて? 私はミラお姉様とお話がしたかったのよ。だって、私がデモンズへ嫁げば滅多に会えなくなってしまいますし」
「そう、虫を取るために腕を振り上げるほど、仲が良いようだからね。さて、この前君が僕の勤め先に来た時に忘れていったハンケチだが……」
デイジーの顔が青くなる。それもそうよ、だって彼女がアレックスの職場……病院に行ったのは妊娠の検査のためなんだから。
「あ、ありがとう。公爵様」
「そうだ、お二人はこの後予定はあるのかな? ちょうど、ファーリスと食事の約束をしていてね。僕の屋敷でディナーを。よければお二人もいかがかな?」
アレックスはデイジーには見えない角度で私に手で合図を送ってくる。これも2人を貶める作戦の一部なのかしら。
こわばるデイジーは私が断ってくれるのではないかとこちらをチラチラと見ている。あぁ、その期待には答えてあげないわ。
「えぇ、もちろん。ファーリス様にもお会いできるなんて……ぜひ」
「わ、わかりましたわ」
デイジーは悔しそうに私を睨んだ。
「さて、デイジー嬢は屋敷にいるから良いとして、ミラ嬢。君は少しドレスアップが必要だね。イブニングドレスをうちの仕立て屋に用意させよう。あぁ、大丈夫。ファーリスにはしっかりと許可を取ってあるからね」
デイジーがクスッと笑う。
「お兄様、ミラお姉さまが他の男にドレスを作られても嫉妬しないなんて本当に心が広いのね」
アレックスは聞こえないふりをする。私はデイジーに「そうね」と愛想笑いをした。
「仕立て屋の場所は君の使用人に伝えてあるよ。時刻になったら迎えをよこそう」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ、先日、領地では色々とお世話になったからね。では、デイジー嬢」
アレックスが去り際に振り返ってデイジーにいった。
「この時期に羽虫とは、この屋敷の掃除が行き届いていないようだ。客を招く前に注意すると良いよ」
といって、デイジーが苦虫を噛み潰したような顔をした。私はちょっとスッキリして心の中でアレックスにこっそり感謝をした。




