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11話 sideアレックス 


 それはあの舞踏から数日後のことだった。



 ファルケンハウゼン家のデイジー嬢は阿呆なのだろうか。公爵である俺にバッグいっぱいの賄賂を持ってきて自ら不貞を暴露している。


「それでは、婚約中の身でありながら子を宿したと?」


「えぇ、あなたはお兄様のお友達でしょう? それに、優秀なお医者様でもある。だから、これを受け取ってカルロス様には黙っていてちょうだい。カルロス様はしばらく戦争から戻らないと聞いたわ。年に数度戻るみたいだけれど……彼のいない間にこの子を産みたいの。誰にもバレずに」


「君は僕に友人を裏切れと?」


「だから、これだけ包んだの。それにあなただって私やお兄様との交流を続けた方が良いでしょう? 生まれた子はファルケンハウゼン家で使用人として育てるわ。お兄ちゃんとあの婚約者の女がね」


 どこまで甘やかされて育ったらこうなるんだか。でも、思ってもみない収穫だった。まさか、カルロスやミラに恥をかかせただけでなく、不貞を犯していたとは。

 問題は、腹の子供が誰の子供かということだ。


「父親は?」


 デイジーは押し黙った。


「なるほど、それでは最後に月の物がきたのは?」


 デイジーの答えを俺はメモする。


「約束、守ってくれるのよね?」

 

 彼女の言葉を無視して質問を続ける。


「最後に男性と寝屋を共にしたのは?」


 デイジーはうっとりした様子で日付まで正確に答えた。


「一つ疑問なのだが、君のような婚約者がいると公然にしているご令嬢がこのような行為に及べるとは大抵思えない。何か特別な場所でも?」


 デイジーは少し黙ってから


「特別だったのよ。たった一回だけよ。この日は愛する人とバカンスにいったの。2人きりで、そうしたら盛り上がってしまって……大丈夫だと思って」


 バカンス? 確か、舞踏会でミラが「妹とのバカンスだと言って待ち合わせをすっぽかされた」と言っていたような。まさか……本当に兄妹で?


「使用人には隠れて?」


「人払いをしたわ。ってどうしてそんなこと聞くのよ。ねぇ、秘密は守ってくれるのよね?」


「もちろん、僕は医者だからね。守秘義務はある。けれど、その妊娠がもし法に反するものであればそれは別です。ファルケンハウゼン家のご令嬢ならご存じかと思いますが」


 デイジーの顔が歪む。

 やはり、相手は兄のファーリスか。カルロスはこのことを知れば激怒しファルケンハウゼン兄妹に制裁を加えるだろう。

 婚前交渉や極秘の出産は不貞行為なので訴えられれば制裁を加えられることになるが、法律を犯しているわけではない。だから、医師としては守秘義務が発生するんだが、近親相姦となれば話は別だ。


 だが、カルロスがこのことを公にしたら、あの子が傷つくんじゃないか?


 俺はミラ嬢の悲しそうな顔が浮かんだ。どうしてファーリスはあんないい子がいるのにバカな女に手を出すんだろう?


「べ、別に犯罪は犯してないわよ」


「そうですか。それでは医者として秘密は守りましょう」


 俺は賄賂を受け取らずに診療室を出た。カルロスと2人でファルケンハウゼン兄妹の不貞を調べるつもりが既成事実までできているとは……。カルロスはまぁいいとして、ミラ嬢にはなんと説明しよう?

 男爵令嬢として家の期待をいっぱいに嫁ぐつもりだったはずだ、だからあんなに辛くても悲しくても手紙ひとつもらうだけで喜んで心を封じ込んで……。


「あの2人に不貞の証拠はなかった。なんて言えないよなぁ」


 近親相姦が犯罪になったのは貴族がその家の血を大事にするあまり近親での婚姻が相次ぎ、子供に異常が見られるようになったからだ。医療の人間としてそれが許されるべきでないことは十分にわかっている。

 だが、ミラ嬢にいらぬことを話して傷つける必要があるだろうか? すくなくとも彼女はファーリスとの婚約がなくなれば次の婚約相手を探すのにも苦労するだろう。「不貞された女」の烙印がつくのだから。



「真実を話して、彼女に向き合ってもらうしかないか」


「アレックス様、どちらへ?」


「ちょうどいいところに、近くカルバリェス男爵家の領地に視察に行こうと思う。手配を」


「かしこまりました、公爵」


「ご令嬢がこのみそうな手土産を用意してくれ。大事な友人に渡したいんだ」


「かしこまりました」


「それから、遠方にいるカルロスに手紙を届けたい。そちらも手配してくれ」







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