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10話 公爵様と散歩



「おはよう、ミラ」


 と食卓で私を出迎えたのはなんとアレックスだった。


「アレックス……?」


「あぁ、悪いね、朝からお邪魔してるよ」


 彼は爽やかに笑うと用意された朝食を口にした。都会にある公爵家での朝食と比べたらうちの食べ物なんて質素だろうに……美味しいと言いながら。


「ミラ、食べられるかい?」


「はい、昨晩少し考えて……私なりに受け止めました。ファーリス様とは婚約を破棄します。そのかわり、どんなお相手とでも次の婚約は受け入れようと思っています」


 跡取りではない男爵令嬢は政略結婚がほとんど。その中でも年ごろの近く心から愛することができる殿方と婚約できることなんて奇跡に近いのだ。特に、私のように爵位の低い家の令嬢は歳がとても離れた……お方に嫁ぐことも多い。嫁ぎ先ではいびられたり、奴隷のように扱われるなんてことも……。

 けれど、ファーリス様との婚約を破棄するというリスクをとってしまった以上、次の婚約はどんなに過酷なものになろうとも家のために嫁ぎましょう。



「心配しなくていい。僕が悪いようにはしないから」



「お心遣いありがとう」



「さぁ、少し食べたらこの街を案内してくれないか?」


「でも、まだ私はファーリス様と婚約中の身です。あまり2人きりでいるようなことは……」


「君は本当に義理堅くて素敵な女性だね。いいや、今回は友人として、この地を視察する公爵を案内しているだけさ」



***


 朝食を食べて、少し休んでから私はアレックスと一緒に外へと出かけることになった。領民たちに挨拶をしながら収穫前の野菜を眺めたり、牧場で馬と触れ合ったり……私にとっては見慣れた光景だったけれど彼には新鮮なようだった。


「へぇ〜、お嬢さん次は僕が」


「公爵様がやってくれるの?」


 アレックスはポンプ式の井戸で水を汲んでいた領民の少女に声をかけるとにっこりと微笑んでぐっとレバーを引く。何度か押し引きするとザバァと水が溢れて木のバケツに注がれる。


「わぁ! すごいっ、最新記録だぁ!」


 少女は飛び跳ねて喜び、木のバケツに野菜を放り込んだ。


「おうちまで運んであげよう。重いだろう?」


 アレックスはバケツをひょいと持ち上げると少女の案内に従って歩き出した。片手で少女と手を繋ぎ、バケツに入った水がこぼれないように注意しながらそっと歩く。

 いけないわ、後ろ姿を見ているとファーリス様のことを思い出してしまう。彼もとても優しくて領民思いの方だった。


——どうしてこうなってしまったのだろう。



「公爵様、ありがとう!」


「どういたしまして、さぁお母さんを心配させたらいけないよ」


 アレックスは少女と送り届けるとこちらに振り返って


「とてもいい場所だ」


 と言った。


「私もこの場所が好きです。辺境だなんていわれるけれどのどかで良い場所です」


「気が合うね。僕も余生はこういうのどかな場所で暮らしたいと思っているよ。ほら、医療家系は毎日が目まぐるしいからね」


「だから、領地を守りたいんです。令嬢である私にとって婚約は最大の武器ですから。でも、めげていてはいけませんね。婚約破棄のこと兄に伝えようと思います」


「あぁ、そのことなんだけど」


 アレックスは歩みをゆっくりにして声を小さくする。


「今、カルロスとある計画を立てているんだ。カルロスと君の名誉を傷つけないために、婚約破棄を宣言する場所を作ろうと思っていてね」


「場所?」


「あぁ、もしも今、家同士で婚約破棄について解決してしまえばファーリスやデイジーは犯罪者にもかかわらず新しい令嬢と婚約しておしまい……だ。でも、公然の……例えば王子の前で秘密を暴かれ婚約を破棄されれば彼らを没落させることができるかもしれない」


「没落だなんて……」


「当然さ。それほどのことを彼らはしてしまったんだから」


「では、いつ……」


「そうだな、カルロスが遠征から帰ってくる1ヶ月後を目安にしよう」


「カルロス様は遠征に?」


「あぁ、彼は舞踏会のために一時帰国していたんだが、ここのところずっと遠征していてね」


「では、あの件は確実に……」


「あぁ、おぞましいことだ」


 アレックスはその夜都市部に戻っていった。私は彼の計画の通りしばらくの間はファーリス様との文通する関係を続けることにした。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] あの二人が悍ましい関係にある事はアレックスやカルロスも知っているみたいだけど、その結果の存在もアレックスは知っていそうな口ぶり。 短編で結末は知ってるものの、早く続きが読みたいので、お忙しい…
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