第一話 如雨露
高校に入学したものの、やりたいことも特に見つからず、早一ヶ月が過ぎた。
勉強、部活動、バイト、恋愛、趣味……など、人生のイベントは探せば色々あるはずだが、どうにもやる気が起きない。そのうち教室ではポツポツと数名の仲良しグループが出来始め、部活仲間が出来始め、気がつけば私・葛藤小和は、寂れた教室の片隅に一人ポツンと取り残されてしまった。華々しい高校生活の、スタートダッシュに出遅れてしまったわけだ。
中学時代は帰宅部だったし、今更新しいことを始めるのも何かと億劫だ。運動も苦手だったし、かと言って楽器ができるとか絵が上手いとか、文化方面に秀でているわけでもない。
これと言った特技も特徴もないまま十数年をダラダラ過ごし、そしてそのダラダラは、これから先何十年も続くとそう思っていた……そんな春先の出来事だった。
彼らはやってきた。
彼ら……そう、二人だ。私の元に現れた謎の人物は、二人いた。一人目は……。
※
「不審者?」
「そう……」
リビングに寝っ転がっていた姉が、私の方を振り向きもせず気怠そうに言った。ソファの近くには古ぼけた雑誌が散らばっている。姉は製薬会社に勤めている。去年の十二月、「彼氏の出したせんべいが固かった」とか何とか言う理由で十四人目の彼氏と別れ、今は実家に戻ってきている。彼氏のせんべいが固かったんなら、まぁ、しょうがないか……と思わなくもなくもない。私は学校指定のカバンを放り出した。
「小和ちゃんも気をつけなさいよ」
「ふぁあい……」
姉の日和がそれらしいことを言って、私に注意喚起した。私は欠伸まじりに相槌を打った。その不審者が具体的にどんな背格好で、どんな悪行をしでかしているかは、結局明かされぬままだった。内容は、姉もよく知らないのだろう。
姉はテレビを見ながら手元でスマホを弄っていた。見知らぬ誰かが発信したインターネットとかSNSの情報を、そのまま拡散して、また見知らぬ誰かに回している。やっていることは電子回覧板みたいなものだ。おかげで私の元にはただただ、この清澄町に不審な人物が出るという、ふわっとした情報が渡されただけだった。
不審者。誰だろう? その日のベッドに潜り込みながら、私は暗い天井に想いを馳せた。心当たりがない。そんなイベントは滅多にないことだった。
その不審者について語る前に、もう一人の謎の人物について紹介したい。
「えぇ〜、転校生の、柊木明日佳ちゃんです」
次の日。担任の淀橋先生は教室に着くなり、一人の少女を連れてきて私たちを仰天させた。
転校生?
五月に?
何で?
美人じゃね?
誰?
数秒間、いや数十秒間はクラスがざわついた。私も驚いた。そんなものは、私たちの予定になかったからだ。
「明日佳ちゃんは、未来が視えません」
騒然とする私たちに向かって、淀橋先生が淡々と告げた。それで、教室は水を打ったように静まり返った。
「彼女は持病で……生まれつき過去しか見えないのです」
「……!」
「柊木、明日佳です……」
清楚で、おしとやかそうな、黒髪ロングの、華奢な、陶器で出来た人形のような、白百合の、えぇと、とにかくとにかく可愛らしいその少女が、黒板の前で私たちにぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
それがもう一人の謎の人物・明日佳ちゃんと私の、初めての出会いだった。