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余談 山奥

 その日、父はとある客の前でひたすら頭を下げ、何やら興奮した様子だった。


 見るからに若い男だった。真っ赤なモヒカンに、異世界のロックミュージシャンのようなド派手な服装が、どうも景色に馴染まない。だけど最近じゃ妙な客ばかりだったので、たとえどんな客が来ても、沙織はもう気にならなくなっていた。この前なんか、明らかに目が三つある客が、美味しそうにラーメンを啜っていた。こんな山奥なんだもの、そりゃお目目だって三つくらいあるわよね、って感じだ。


 その若者は、どうやら都会から噂を聞きつけて来たらしい。店の前に、見たこともない赤いスポーツカーが止まっていた。助手席に、これまたケバケバしいクジャクみたいな服を着た女性が、ツンと澄まして座っているのが見えた。


「今度ウチの社長を連れて来るんでェ」

 若い男が誇らしげに言った。顔半分を覆うほどの巨大なサングラスが、夕陽を反射してギラギラ光っている。

「社長は外食産業にも興味を持っててね。上手く契約が取れれば、全国展開も夢じゃないかもヨ」

「左様ですか」

 沙織は木陰に隠れ、こっそり聞き耳を立てていた。


 父は一回りも歳の離れた若者に、ペコペコと頭を下げていた。

 父は敬語で、若者は軽妙な口調だった。この人も妖怪の類だろうか。店内を見やる。ほとんど手のつけられていないラーメンが二杯、テーブルに置きっぱなしになっていた。


「来週の昼ごろ、空けといてヨ」

「来週のお昼ですね」

「そう。貸切でネ」

「貸切……ですか。しかし……」

「あのねェ。社長がわざわざこんな山奥に出向いて食べに来てくれるってハナシじゃない。品評会、商談みたいなモンよ。そこんとこ何とかなんナイ??」

「はぁ……そう言うことでしたら、まぁ、その」


 ふうぅぅぅう、と、若者が思いっきりタバコの煙を父に吹きかけた。父は咳き込んだ。沙織は思わず顔をしかめた。沙織は気が気ではなかった。父はああ言う、一方的な押しに弱いのだ。だから父は母と結婚したし、だから実家に帰られてしまった。


「ゲホ、ゴホ……! よ、予約って形で良ければ……!」

「良かった! 社長はラーメンにもうるさいけど、礼儀にも同じくらいアレだから。ちゃんと時間通りに用意して置かないと、怖いヨ?」

 若い男がサングラスを光らせた。

「上手く行ったら、アンタんとこにも大金入るわけだしサ。ま、協力しましょうや。そん時はボクがブログやら何やらで告知するんで、ヨロシク」

「はぁ」


 沙織はだんだん腹が立って来た。父も父だ。ああやって、下手に出るから調子に乗ってどんどん()()が高くなっていく。やがて男は赤いスポーツカーに乗って、砂埃を巻き上げ、クジャク女と一緒に颯爽と帰って行った。木々に止まっていた野鳥たちが、驚いたように青空に飛び立っていく。時折爆発したようなエンジン音が、山の向こうからしばらくこちらまで響いて来た。


「お父さん……」

「おう、沙織。帰ったか」

 私に気がついて、父はようやく白い歯を見せた。私は父を上目遣いに見た。父は少し疲れた顔をしていた。

「聞いてたか? 上手くいきゃ、全国展開できるかもってよ」

「うん。よかったね」

「全国展開って、この『山奥』がねえ……」


 父は感慨深げに空を仰いだ。自分の店を全国に構えるなんて、今までのことを考えれば、夢のような話に違いない。父が嬉しそうだったので、沙織はそれ以上何も言わなかった。外は肌寒く、空にはポツポツと星が見え始めていた。黒い闇の向こう側から、今夜もまた、不思議なお客様がぞろぞろと『山奥』に集まろうとしていた。 


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