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余談 山奥

「ただいまー……ってあれ?」


 学校から帰って来て、暖簾をくぐり、沙織ははたと足を止めた。なんだかいつもと雰囲気が違っていた。


 店が、混んでいる。


 あっちの席も、こっちの席も、みんな埋まっている。狭い店内は、熱気に溢れ、客でぎゅうぎゅうになっていた。沙織は危うく鞄を落としそうになった。


「らっしゃい!」

 厨房から父の威勢の良い声が響く。沙織は急いで中に入った。

「おう、おかえり!」

 父が、最近じゃ滅多に見ることのなかった、満面の笑みで娘を迎え入れた。

「ちょっとお父さん、どうしたのこれ!?」

 沙織は店内を指差し、目を丸くした。昨日まで無観客試合だったのに、一夜明けて急に満員御礼だ。客の騒々しさに負けないように、父が声を張り上げた。

「どうしたもこうしたもねえよ! 忙しいんだから、沙織、お前も早く手伝ってくれ!」

「そりゃ手伝うけどさ……」


 父は顔が綻ぶのを止められないようだった。


 沙織は鞄を下ろし、急いで着替えに走った。制服を脱ぎ、白いエプロンと花柄の頭巾を被る。

 その日は次から次へとお客さんがやって来て、閉店まで目が回るほど忙しかった。本当に突然だったので、キツネかタヌキに化かされている気分だった。

 

 閉店後、お客さんからもらったお札が葉っぱに変わってやしないかと、何度もレジを確かめた。翌日になってもお札はお札のままだったので、沙織はホッとした。一夜で材料のストックが尽きてしまったので、父は急いでトラックを走らせ、山の向こうまで調達に走った。


 何処かで宣伝にでもなったのだろうか。沙織は首をひねった。口コミが広まるほど、美味しい味とはお世辞にも思えないが……

「こりゃ運が良かったなぁ」

 父は嬉しそうに破顔した。今の今まで、閑古鳥が鳴いていたのだ。せっかく仕込んだラーメンを、食べてもらえずに泣く泣く廃棄にしたことも何度かあった。体はクタクタだったが、父の喜ぶ顔を見て、沙織も嬉しくなった。


 次の日も、そのまた次の日も客足は途絶えなかった。

 連日の反響に、地元の顔馴染みたちも目を丸くしていた。

「良かったわねえ」

 いつもの三人家族(常連客)の奥さんに言われ、沙織はにっこりと頷き返した。


 これで赤字から脱出できる。バイトも雇えるし、父は夜逃げせずにすむ、母も帰ってくるかもしれない。世界も滅亡の危機から免れた。嬉しいことには違いなかった。


 だけどそのうち、彼女は奇妙なことに気がついた。


 お客さんが……なんと言うかその……人間らしくないのである。

 失礼な話だが、でも実際そうなのだ。具体的に、何処がどうとは上手く言えないのだが……。


 たとえば、あるお客は一人で来店して、ラーメンを五杯いっぺんに頼む。

「五杯、ですか?」

「そう! 五杯ね!」

 よくよく見ると、細身の、小柄な客である。

いくら男性だからって、一度に五杯もラーメンを食べれるものだろうか? 

それでその客が席を立つ頃には、綺麗さっぱり五杯分なくなっている。席を立つまで、その間、わずか一分程度しかない。残念ながら、店が忙しくてその男が食べている姿まで見えなかったが、一体どうやってそんな短時間に消化したと言うのだろう? それに、昼間は今まで通りからっきしなのに、日が沈む頃になると客が増え出すのも変だった。妙な客がやって来るのは、決まって夕方から夜にかけてだった。


 他にも、

「麺はいいから、汁だけマグカップに注いで持って来てくれ。お代は全額払う」

 とか、

「レンゲだけ持って来てちょうだい。いいの、舐めればそれで味は分かるから」

 とか、挙句には

「トッピングはホウレンソウとキクラゲとドラゴンの肝と……あ。ここは普通のラーメン屋さんだった」

 ……なんてお客さんもいた。


 極め付きは、とある子連れの客が帰る時。手を引かれた子供のお尻から、一瞬、尻尾がはみ出して見えたことだった。沙織は慌てて厨房に駆け込んだ。


「ねえ、お父さん! 今のみた!?」

「あぁん?」


 沙織は半ば興奮状態になってさっきの子供について説明した。が、父は期待したような反応を示してはくれなかった。


「見間違いだろ。それより忙しいんだから、次の客にこれ、持ってってくれ」

「絶対見間違いじゃなかった! ホントだってば!」

「別にいいじゃねえか、ちゃんと金払ってくれるんだったら。客が人間だろうが、妖怪だろうが」


 父はそれっきり厨房に引っ込んだ。忙しすぎて、それどころではないのだろう。釈然としなかったが、次の注文が飛んできて、沙織もそれっきり尻尾のことは忘れてしまった。


 そしてお店が繁盛しだして、一週間ばかり経ったある日のこと。再び『山奥』に転機が訪れた。

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