31話【龍治】
31話【龍治】
「ちょっと待て!」
動揺しつつ俺は孝弘を呼び止めた。
「まだ、なんかあるのか……?」
俺の声で孝弘は足を止める。
消え入りそうに呟くその声はかすかに震えていた。
「さっき、なんて言った?」
俺は数メートル遠ざかった孝弘を追いかける。
「いや、直往には謝るって……」
「その前!」
直に謝るのは当然だ。
俺が聞きたいのは、その前に孝弘が言った言葉だ。
孝弘は小さくため息を吐いて、
「もう……。勘弁してくれよ……」
面倒くさそうにこちらを振り返る。孝弘は妙にすっきりとした表情をしていた。
「何度も言うの、恥ずいんだけど……」
照れたのか、少し視線を泳がしてから一息つき、再び俺を見ると、
「俺は龍治の事が、その……恋愛として好きなんだよ」
さっきと同じようにはっきりとした口調でそう言ってきた。
「ちょっ……、と待て」
真剣な眼差しで見つめられた俺のほうが急に恥ずかしくなって孝弘から視線を逸らした。
思ってもいないことを言われたのがショックだったのかびっくりしたのか分からないけど、でもすごく動揺しているのは自分でも分かる。
あまりにも突然すぎて、まだ鼓動の高鳴りが治らないが、孝弘が俺のことを好きだってのは理解できた。でもなんで俺なのかが分からない。なんで孝弘は俺が好きなんだ?
「なんで、俺なの?」
ようやく絞り出した言葉は、口の中がカラカラに乾いていて掠れた声になった。
「……気持ち、悪くねぇのか?」
孝弘が少しびっくりしたように目を丸くしていたが、
「いや別に」
俺にも同じような感情 (直のこと好きだとか) があるから気持ち悪いとかそんなのはなかった。
「……その。誰かに、そんなふうに『好き』って言われるなんてなかったから……。あと、なんで俺なのかとか……」
孝弘を変に意識してしまい俺は顔中が熱くなるのを感じ、それを見られたくなくて俯き加減となってしまう。
「お、俺だってこんな感情初めてだよっ!」
少し怒ったような口調の孝弘に俺は思わず顔をあげる。孝弘もまた顔が真っ赤になっていて視線だけを俺から逸らしている。
「孝弘……。お前、顔真っ赤だぞ」
そうやってぼそりと呟けば、
「はぁっ?!」
孝弘は眉を吊り上げて俺を睨みつけてきた。
「龍治こそ顔赤いじゃねぇかよ!」
と、俺の眼前に指を差してくる。
「いやだって! ……こ、告白されるとか初めてだしっ! なんか気恥ずかしいっていうかっ」
顔のことを言われて俺は慌てて弁解するように言うが、
「お、俺だって初めてだって言ってんじゃねーか!」
俺と同じように孝弘も弁解するように言ってくる。
お互いの視線が混じり合って、
「……ぷ」
最初に吹き出したのは孝弘。その次に俺と孝弘は同時に大声で笑い出した。
「てかなに? なんで俺ら顔真っ赤にして言い合ってんの?」
しばらく笑い合ったあとに孝弘は息絶え絶えになってそう言う。
「俺も分かんねぇ」
俺も笑いを止められず、口角を上げながら首を横に振る。




