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うさぎは願い、風が応える

大変お待たせ致しました。最新話でございます。

 相変わらず混雑している店内で、私とことりは六月頭に控える体育祭について話していた。百合ケ咲高校では毎年六月に体育祭、十一月に文化祭が開催される。正直クラスの結束も何も無い時期に体育祭を開催するのは如何なものかと思わなくもないけれど、これを機にクラスの雰囲気が良くなっていくのも事実なのできっとそういう狙いなのだろう。

「そろそろ体育祭だねぇ」

「王子は今年も選抜リレーかな?」

「気乗りはしないけど、指名されたなら全力を尽くすつもりだよ」

「律儀というか何というか……」

 去年の体育祭で、私はクラス対抗リレーの代表に選抜された。と言っても単純に体力テストにおける五十メートル走のタイムで決められたものだけど、結果として運良く一着を取ることができた。運動は嫌いではないし王子としての面目躍如ってところなんだけど、それを見ていた人はきっと今年も私を推薦してくるだろう。断ってクラスを険悪な空気にしたくないから、そうなった場合はおとなしくリレーに出場するつもりでいる。

 そもそも、向けてもらった期待には責任を持って応えたい。これは王子様とか関係なく、鳳風音個人としてのプライドの問題。期待には可能な限り応える。その結果はいずれ自分に返ってくるものだから。

 それに、去年と同じならばあの子も選抜リレーに出場してくるはず。この学校で「百合ケ咲の王子様」と同列、ともすればそれ以上の重圧がのしかかるレッテルを貼られた「百合ケ咲の皇帝」さんが。あの時のわくわく、いや、肌が灼けるようなヒリヒリした気持ちをもう一度体感したい──と思っていたらことりが一言。

「損な役回りばっか引き受けてると、そのうち痛い目見るよ」

「これくらい損でも何でもないけど忠告ありがとう」

 素直にお礼を告げた私に満足したのか、ことりはケーキを一口。幸せそうな笑みを浮かべてとんでもないことを言ってきた。

「まぁ私は屈服する王子様も見てみたいんだけど、それはそれとして王子様が負けるはずないよねっていうプレッシャーをかけておくね。あ、皇帝にも情報流しておこうか」

 ことりは私の味方なのか敵なのか、あまりにも自然に皇帝との内通を明かしてくるじゃんこの子。そういえば同じ部活なんだっけ、と思いながらことりを睨むと、彼女は悪びれもせずにやにやと少し腹の立つ笑顔を向けてきた。額ががら空きだったので容赦なくデコピンをお見舞いしておいた。

「ぁ痛いっ」

 何とも情けない悲鳴が響き、すぐに店内の雑音に紛れて消えた。



「それはそれとして、去年は選抜リレーしか出なかったから今年はもう一種目くらい出たいんだよね。ことり、何かおすすめの種目ない?」

 まだ額を押さえたままのことりにそう尋ねると、恨めしそうな視線を向けながらも素直に答えてくれた。自業自得だ。

「うーん……王子が出て盛り上がりそうな種目か」

「いや、別に盛り上がる前提で考えなくていいから」

「いやいや、大なり小なり盛り上がりはするよ。あまり自分の影響力を過小評価しない方が身のためだよ」

 それを言われると何も返せなくなる。仕方なく体育祭の盛り上がりを踏まえた上で考えてもらうことにしよう。

「で、何がいいかな」

「急くな急くな。頑張って去年の種目思い出してるところなの……あ! 借り者競争にしようよ」

「ああ、そんなのあったねそういえば」

 ことりが提案してきたのは、良くも悪くも体育祭定番といった種目である借り者競走だった。物ではなく人を借りるという都合上、誰が誰を選ぶかが非常に盛り上がる種目。確かにそれなら出てもいいかもしれない。

「どうかな」

「ん、いいね。希望人数が多くならないことを祈っておくよ」

「その心配はないでしょ。風音が出るってなったらクラスの子たちも潔く身を引くんじゃないかな」

「……へ?」

 どういう意図でそう言っているのかわからず間抜けな声で聞き返すと、ことりはこんな風に続けた。

「下世話っていうのも変だけど、みんな王子が誰を選ぶのか興味津々だと思うし」

「そんな忖度じみたこと……と思ったけど希望種目に出られるなら遠慮なく忖度されてみようかな」

 こういった役得なことを受け入れていかなければ王子なんてやってられない。普段みんなの前で肩肘張ってるんだから、これくらいのご褒美はあっても許されるだろう。

「強かですなぁ」

「特権はフル活用していかないとね」

「ごもっともで」

 ふと、私は気になったことをことりに尋ねる。

「ことりはどの種目に出るの?」

「風音と違って運動はそんな得意じゃないし、できれば集団競技かネタになる種目かな」

 どこか遠い目をして答えたことり。私のことはあんなにノリノリで考えてくれていたのに、自分のことになるとあまり乗り気ではないみたいだ。

「ネタって……仮にも私の従者なら変に無様なところは見せないでほしいんだけど?」

 からかうつもりでそう言ってみたけれど、ことりはここぞとばかりに軽口を返してきた。

「王子様のお望みとあらば喜んで道化になってみせるよ。ま、笑い転げさせてやるから覚悟しといてね」

「それは楽しみだ。そうなったらご褒美をあげよう」

「お、ちょっとやる気出てきたかも」

「現金なヤツめ」

 そんなやり取りをして、お互い同時に笑い出す。

 まだまだ先の体育祭が、少しいいものになるような気がした。



 ことりと別れ家に帰ると、ちょうどそのタイミングでスマホにメッセージが届いていた。どうやら美羽のバイトが終わったらしい。アプリを開き美羽のトーク画面を表示すると、『お疲れ様です!』というウサギのスタンプが目に飛び込んできた。お疲れ様、と返すとすぐに既読がつく。数秒後、新たなメッセージが届いた。

──今、お電話大丈夫ですか?

「……電話?」

 思わずそんな呟きが漏れる。別に今は家に私以外誰もいないし問題はない。どうして電話なのか疑問は残ったけれど、私は『いいよ』と返信をした。

 先ほど同様すぐに既読がついた。異なるのは直後に鳴り響いた着信音だけ。

「もしもし、鳳です」

『急にすみません、美羽です!』

「問題ないよ。調子はどう?」

『ばっちりですよ〜。先輩こそお元気そうで!』

「まぁ、急に体調が変わることはないよね」

『それもそうですね』

 どこか社交辞令のような、型にはまったやり取りを終えて私は気になっていた話題を振ってみる。

「美羽、バイトしてたんだね」

『ええ、まあ。学校には──』

「内緒?」

『いえ、ちゃんと許可は取ってます!』

「そ、安心したよ」

『先輩は保護者か何かですか?』

「いや? 王子としてお姫様が軟禁なり追放なりされるのが嫌なだけだよ」

 そう芝居がかったセリフを口にすると、電話口の向こうからケラケラと明るい笑い声が聞こえてきた。どうやら深刻な問題があって電話してきた訳ではなさそうで少し安心した。一方でそれならどうして電話してきたのかという疑問が強くなる。

「それで美羽」

『はい?』

「本題は?」

『あ、はい。えっとですね……屋上の鍵、私たちだけの物にできませんかね』

「ああ、美羽が壊した南京錠?」

『ちょっと! 人を馬鹿力みたいに!』

 そう不満気な言葉を発しているが、口調からはそこまで嫌がっていないことが伝わってくる。さすがに冗談だと分かっているみたいだ。

「ごめんって。鍵の独占に反対はしないけど……それにしても何で電話?」

『だって文面だと見られたら終わりじゃないですか』

「いや、トーク履歴削除できるでしょ」

『……あ』

 どうやら後輩ウサギは少し抜けているらしい。全く考えていなかったという思いが伝わってくる言葉に、今度は私が笑い声を上げる番だった。

『先輩笑いすぎです!』

「ごめんごめん。でも、だって……」

『まだ笑いますか!』

「ちょっと待ってって」

 そう言って私は大きく深呼吸する。

 すぅ、はぁ。吸って、吐いて。

 よし、落ち着いた。

「それで、鍵の調達は?」

『あ、私がやります。今駅を出てホームセンターに向かってるので』

「……もしかして美羽、私が断っても『買っちゃったのでー』ってごり押すつもりだった?」

『……ソンナコトナイデスヨ』

「図星か」

 その場合でも何だかんだ丸め込まれそうな気がするんだよね、私。自分で言うのも変だけど、たぶん美羽には激甘になってしまうから。

 それにしてもホームセンターとJKか。異色の組み合わせすぎでしょ。

「まあいいや、それじゃあ任せるよ」

『はい! 急なお電話すみませんでした!』

「気にしなくていいよ。また明日ね」

 そう告げると、はっと息を飲む音が聞こえた。その直後、『はい、また明日です!』と一段と明るい返事が返ってきて電話が切られた。



 全く、可愛い後輩ができてしまったものだ。

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