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風は、志高く──。

お久しぶりです。ましゅです。

ようやく更新できました。

結局、四限の終了を告げるチャイムが鳴るまで私たちは他愛もない話を続けた。お互いの好きな動物や得意教科に部活など、唐突な出会いの埋め合わせをするかのようで、話題は尽きなかった。

 チャイムが鳴り終わると、屋上は沈黙に包まれた。


 先に口を開いたのは、やっぱり美羽だった。

「……四限、終わっちゃいましたね」

 そう言って微笑んだ美羽。しかし、その笑顔はどこか冷たく、少しだけ硬かった。そんな笑みを浮かべたまま扉をくぐって校舎に戻った美羽。私は慌てて彼女の後を追って、慎重に言葉を選びながら言葉を紡ぐ。

「別に、これでさよならってわけじゃない」

「……え?」

 はっと目を見開いてこちらを振り返る美羽。

 私は彼女の瞳を見ながら言葉を続ける。

「たったの一回で王子様を捨てるなんて、悪い女の子だ」

「いや、そんなつもりでは……」

「だからさ、連絡先でも交換しようよ」

「……っ、いいんですか?」

「いいも何も、そうしなきゃデートの打ち合わせできないじゃん?」

 そう言うと、美羽は少しだけ頬を赤くして答えた。

「あれ、冗談じゃなかったんですね」

「もちろん」

「先輩ってそんなグイグイ距離詰めてくる人でしたっけ」

「可愛い女の子は逃したくないからね。ほら、スマホ出して」

 ほとんど強制みたいなやり方になってしまったけれど、美羽は嫌がる様子もなくスマホを出してくれた。彼女がメッセージアプリを開いた瞬間に見えた、一番上にあったトーク履歴に気づかないふりをして、私はQRコードを表示する。心がささくれ立つ感覚に包まれたけれど、幸い美羽は何も疑うことなく読み取ってくれた。

「ありがとう。それじゃあ、そろそろ教室戻らないと」

「……はい」

 そっと目を伏せた美羽。そんな彼女の頭に手を置いて、優しく声をかける。

「美羽、またね」

「……っ、はい!」

 また会う約束を取りつけて教室へ続く階段を下りる。とりあえず、まずは友人への言い訳を考えておかなくては。



 教室の扉をくぐると、私はあっという間に人に囲まれる。いつもの光景で慣れてしまったけれど、傍から見たら異常な光景なんだろうな。

「ちょ、体調大丈夫?」

「何かあったの?」

 心配してくれる声がちくりと胸を刺す。私は笑ってごまかして自分の席に座る。またすぐに声がかけられた。

「さて王子様、何か言い訳があるなら聞きますよ?」

 声の主は春日井ことり。ことりにだけはサボったことを伝えたから、こう言われるのは想定内。

「たまには抜け出したい時だってあるんだよ」

 そう返すと、ことりは小さく息を吐いて呆れたように口を開いた。

「はぁ……言いたくないならいいよ。でも本当に心配したんだからね」

 むすっとしながらそう言ってくることり。何も言えなくなって黙り込むと、その空気を壊すようにことりが言葉を付け加えた。

「だから帰りに駅前の喫茶店でいちばん高いケーキ奢ってね」

「おいこら」

「いやー、最近金欠だから助かるわー」

 私の訴えに聞く耳を持たないことり。仕方なく財布の中にいくら入っていたか確認する。

 ちなみに、「おおとり」である私と春日井「ことり」。名前のつながりとよく二人でいるせいで、いつの間にか『王子と側近』という呼び名が周りに定着していた。以前ことりに嫌では ないかと尋ねたら、「王子様の庇護下に置かれてるので助かってるよ」という答えが返ってきた。

 まぁ現実は今みたいに従者ポジションのことりに振り回されることがほとんどなんだけど。

「私も喫茶店行きたかったからいいけど。でも駅前ってことりの家と逆方向じゃない?」

「いーのいーの。王子様とデートなんて貴重な機会なんだし」

 デート、という言葉にはっと息を飲む。僅かな動揺を悟られたくなくて、咄嗟に頭に浮かんだ言葉を口にする。おまけにデコピンを添えて。

「側近が調子に乗るんじゃない」

「いったー……ごめんごめん」

 たいして痛くないだろうに大袈裟に痛がることりに呆れながら、私は別の人物のことを考えてしまっていた。美羽とのデートの行き先、どこがいいだろうか。

 急に黙った私を不思議に思ったらしく、ことりが問いかけてきたところでふっと我に返る。

「……風音、どしたん?」

「っ! いや、何でも」

「そっか。本当に体調が悪いんなら言いなよ?」

「……うん、ありがと」

 ことりに聞こえたか分からないくらいの小さい声で答えたタイミングで、五限開始のチャイムが鳴った。鳴り終わると同時に教室の扉が開き、五限の古文の教科担任で、私たちのクラスの担任でもある桐山(きりやま)志乃(しの)先生が眠そうに欠伸をしながら入ってきた。ちなみに先生は志乃ちゃんという愛称でクラスメイトに親しまれている。

「チャイムに叩き起された……」

「いや仕事中に寝るなよ」

 開口一番そう呟いた志乃ちゃんに、ことりが素早くツッコミを入れた。正論でしかないのだが、一瞬で教室が笑いに包まれた。とどめを刺すように、志乃ちゃんが言い返した。

「ふーん? いつも古文の授業中に寝てるのは誰だっけ?」

「うぐ……寝てていいよ」

「いやもう遅いわよ。ほら、皆も笑ってないでさっさと授業の準備する」

 笑っているのは二人のせいです、なんて言葉を飲み込んで机の中から古文の教科書を取り出して前を向く。と、こちらを見ている志乃ちゃんと目が合った。私、何かしたっけ?

「鳳さん、四限の時間いなかったらしいけど体調は大丈夫?」

「あ、はい。問題ないです」

 突然そんなことを言われて表情が軽くこわばる。四限の教科担任が私の不在を志乃ちゃんに伝えていたらしく、体調の心配をされてしまった。まぁサボっていたわけなので、この場では問題ないと答えるしかない。それを聞いた志乃ちゃんは安心したように微笑んで言葉を続けた。

「そう、無理はしないようにね。それと鳳さん──」

 そう言って志乃ちゃんは教科書に視線を落とす。まさか教科書の本文を読めという指示でも飛んでくるのかと身構えたけれど、すぐに聞こえた言葉は予想の斜め上をいくものだった。

「前回どこまでやったっけ」

「……え?」

「お恥ずかしながら記憶がすっぽり抜けててねぇ……。鳳さんなら覚えてると思って聞いたの。どう?」 

 まさかの発言に一瞬思考が停止したけれど、すぐにノートをめくって記憶を辿る。そして授業内容を思い出して志乃ちゃんに告げた。

「源氏物語の『澪標』の前で終わってました」

「あー、そうそう。そうだった。ありがとねぇ」

 お礼を口にした志乃ちゃんは黒板の方を向いて大きく『源氏物語』と書いた。そして私たちの方に向き直り、ようやく授業を始める宣言をした。

「はい、じゃあ授業始めようか。級長さん、号令お願い」



 源氏物語の『澪標』。めちゃくちゃ端的に言うと源氏と同日に住吉に参詣していた明石の姫君が源氏との身分差を痛感し会わずに帰ってしまった。それを哀れに思った源氏が姫君に歌を贈る、という話。私は、この話に出てくる和歌が何故か好きだった。


   みをつくし

    恋ふるしるしに

     ここまでも

   めぐり逢ひける

    えには深しな


 巡り逢えたのは縁が深かったからでしょう、という至ってシンプルな表現。だけど、シンプルだからこそ何故か印象に残ってしまった。たった三十一音で自分の想いを相手に伝えるなんて、現代人にできる芸当とは思えない。というかそもそも、私はそういう相手と出逢うことができるのだろうか。女子校に通っている時点で絶望的な気がするんだけれど。

 そんなことを考えている間にも静かに授業は進み、あっという間に終わりを迎えた。好きな授業だからだろうか、時間が経つのがやけに早く感じた。名残惜しさを抱えつつ級長の号令に続いて礼をすると、すぐに声がかけられた。

「鳳さん、ちょっといいかな?」

 志乃ちゃんに名前を呼ばれ、周囲の視線が私に集まる。きっと授業開始時みたいにどうでもいいことを頼まれるんだろう、なんて考えながら返事をして、志乃ちゃんのもとへ。

「何かありました?」

「ここでは何だから廊下で話そ。皆は六限の準備ね」

 そう言って志乃ちゃんは私を教室の外へ連れ出した。そして教室から少し離れた場所まで歩いていき、私を手招きした。何の疑問も抱かずについて行くと、志乃ちゃんの口から飛び出したのは思いもよらない言葉だった。

「怒らないから正直に言ってねぇ? 四限の時間、本当はどこにいたのかな?」 

「うぇ!?」

 本当に突然の質問で、変な声が出てしまった。それを見て志乃ちゃんはぽつりと一言。

「やっぱりねぇ」

 そんな言葉が耳に届いて十数秒、私はようやく嵌められたと気がついた。何で志乃ちゃんは私がサボったことを知っているんだろう。

「……何でわかったんですか?」

 そんな問いに対して、志乃ちゃんは当然かのように言葉を返してきた。

「私が体調が大丈夫か尋ねた時の鳳さんの表情かなぁ。あれは完全に嘘をつき慣れてない人のものだったもん」

「それだけで……?」

「何年教師やってると思ってるのぉ」

「あぁ、今年で三十歳だっけ──」

「二十八だよぅ」

 おっと、志乃ちゃんを怒らせてしまった。さっきは怒らないと言っていたのに。いやまぁ完全に私が悪いんだけど。

 志乃ちゃんは呆れたようにこっちを見て咳払いを一つ。

「それで、ちゃんと話してくれるわよねぇ」

「はい。でももう六限始まりますよ?」

「そうねぇ……。ちょっと待ってて」

 そう言って志乃ちゃんはぱたぱたと教室へ向かった。何をするんだろうかと思ってそのまま見ていたら、大きな声でこんなことを口にした。

「あ、大原先生。六限なんですけど、鳳さん借りてもいいですか?」

 これは……六限のサボり(公認)も決定したということでいいのだろうか。



 志乃ちゃんに連れられて進路指導室へ入る。進路……あと半年もしたら真面目に考えないといけない時期になるんだろう。自分の人生だからっていうのもあるけれど正直面倒だ。そんなことを考えながら志乃ちゃんに示されるまま対面に座る。変な緊張感に襲われていると志乃ちゃんがゆっくりと口を開いた。

「お説教するつもりなんてないから安心してねぇ。あ、鳳さんコーヒーと紅茶どっちがいい?」

「何でそんなものがあるのか気になりますけど、コーヒーで」

「はぁい、待っててねぇ」

 志乃ちゃんはちょっと楽しそうにお湯を沸かし始めた。少し経ってポコポコと音が聞こえてきたと思ったら、あっという間にコーヒーの香りが進路指導室を満たした。

 二人分のコーヒーカップが机に並べられて、ようやく志乃ちゃんとのお話が始まった。

「それで、四時間目はどこにいたの?」

 屋上にいましたなんて口が裂けても言えるはずがなく、私はここに来る途中で予め用意しておいた答えを口にした。

「図書館にいました」

「ふぅん……。でも鳳さんがサボるなんて珍しいわねぇ。明日は雪でも降るのかしらぁ」

「いや、五月ですよ」

「先生の渾身のボケに正論を返さないでよぅ。って話逸れちゃった。そこにいた理由を聞いてもいい?」

「えぇっと……」

 そこで私は言い淀む。美羽のことをどこまで話していいのかわからなかったから。本音を言うのであれば、美羽は私一人の力で助けてあげたい。だけど私はただの女子高生。一人の無力な女の子。

 そう自分に言い聞かせて、大人の力を借りることに決めた。一人で無茶をして失敗するよりも、確実な方法を私は選びたい。それに志乃ちゃんは一年生の授業も担当していたはずだから信頼できる。

「志乃ちゃ……桐山先生」

 私がそう切り出したことでただ事ではないと判断したのか、志乃ちゃんが姿勢を正した。そんな姿に安心して、私は屋上にいたこと以外、全て正直に話すことを決めた。

「一年の宇佐見美羽さんって知っていますか?」

「えぇ、現代文を担当してるわ。その子がどうかしたの?」




 事情を話し終わると、志乃ちゃんは小さく息を吐いた。

「よかったぁ。鳳さん、グレたわけじゃないのねぇ」

「えぇ……?」

「それにしても、鳳さんは優しいね。出会ったばかりの後輩のために真剣に考えてる。高校生とは思えないよぅ」

 思いがけない言葉に、少しだけ恥ずかしさが込み上げて何も言えなくなる。志乃ちゃんはそんな私を見て微笑みながら言葉を続けた。

「だからかなぁ、そんな鳳さんが私を頼ってくれたこと、すごく嬉しいなぁ」

 そして志乃ちゃんは一呼吸おいて話し出した。

「要するに、宇佐見さんがいじめられているかもしれないってことか。二年生の教室がある棟にいた理由、教室に戻りたがらなかった理由は教えてもらえなかったけれど、尋常じゃない様子だったのね?」

「……はい」

 志乃ちゃんは何度もうんうんと唸りながら考えていた。そして私を見て言った。

「わかりました。宇佐見さんの様子については私たち教師の間でも情報を共有しておきます。だから鳳さんはできるだけ宇佐見さんと一緒にいてあげてください。信用だけじゃなく、信頼できる人間として」

 その言葉を聞いて、私は思わず問い返していた。

「信用と信頼って違うんですか?」

「そうねぇ。辞書的な意味の違いももちろんあるわねぇ。だけど私はちょっとだけ違う使い方をしているの。国語教師としては失格なのかもしれないけど」

 しっかりと前置きをしてから、志乃ちゃんは自分の考えを私に伝えてくれた。

「これは別に覚えなくてもいいけれど……信用は『信じ用いること』、信頼は『信じ頼ること』だと私は思ってる。鳳さんには、宇佐見さんにとっての問題解決の手段になるんじゃなくて、頼れる味方であってほしいの。お願いできるかな?」

 志乃ちゃんの言葉は、やけにすんなりと胸に染み込んできた。用いられるんじゃなくて、頼られる。美羽にとって、頼ることのできる存在になりたい。そう強く思えた。

「はい、わかりました」

「ありがとね。さて、もう六限も終わっちゃうね。チャイムが鳴るまでここでゆっくりしていいからねぇ。あ、クッキー食べる?」

「……何でそんなものがあるのか気になりますけど、いただきます」

 美羽を見てくれる大人がいることに安心しながら、私は渡されたクッキーを頬張った。

X(旧Twitter)で小説用のアカウントを作成しました。更新報告等もするのでぜひフォローお願い致します。

@masyu_ran0be です。

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