表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

かくして、風は強く吹き始める。

お久しぶりです、ましゅです。

前話からの展開を試行錯誤していたらいつの間にか冬になっていました。これからの季節にふさわしい、あたたかい物語になりますように。

 眠ってしまった美羽の重さを感じながら、ぼーっと遠くを眺める。どこまでも広がる青い空と自分の境目が曖昧になったような不思議な感覚に陥り、自分を構築する何か大切なものが溶け出していくかのような恐怖に襲われた。肌を撫でる風も心なしか冷たく、小さく体が震えてしまった。美羽を起こしてしまわないか心臓が大きく跳ねたけれど、当の本人は安心しきった子どものように寝息を立てていた。

 そっと息を吐くと同時、ポケットにしまったスマートフォンが振動する。なるべく体を動かさないようにしてポケットから取り出して確認すると、私を心配するメッセージが届いていた。保健室に行く、と連絡した友人──春日井ことりからだった。私が言える立場ではないけれど、授業中だよね?

『風音、体調は大丈夫?』

 アプリを開いて真っ先に目に飛び込んできたその一言に、罪悪感で胸にちくりと痛みが走る。小さな痛みをごまかすように、考えることなく『大丈夫』と返信する。すぐに既読と表示された。あれ、授業中だよね?

『授業終わったら保健室行こうか? 何か飲み物持ってく?』

 すぐにそう返されて冷や汗が頬を伝う。どう反応すればいいかしばらく考えた結果、私は罪悪感に屈した。

『ごめん』

『突然の謝罪!?』

『実は保健室行ってないんだ』

『どゆこと?』

『サボり』

 めちゃくちゃ驚いているスタンプが送られてきた。そんなに驚くことだろうか。

『品行方正で成績優秀で教師受けのいい王子がサボり!? 雪でも降る!?』

『その呼び方やめろ』

『前半は否定しないんだ』

『努力はしてるから』

 その言葉を送って、私はほっと息を吐く。「鳳風音」という人間はそうやって生きてきた。いや、そうすることでしか生きていけなかった、と言う方が正しいのかもしれない。昔から周りの視線に敏感で、周りにどう思われているのかばかりを気にする性格だった。それは今も変わらないし、成績という分かりやすい評価基準がある今の方が顕著になっているように感じる。人から良く思われたい。ある種の呪いのような考えに雁字搦めにされていったことで、皮肉なことに成績は伸びていき、教師からも優等生という扱いをされている。それは非常にありがたいこと、なんだけど。

「……結局、自分から王子になりにいってるんだよねぇ」

 そんな自嘲的な呟きは、風に乗って消え──

「どういうことですか?」

「美羽!?」

 うん、拾われてしまった。



 いつの間にか起きていた美羽がじっと私の顔を覗き込んでいた。そのまままっすぐな瞳で問いかけてくる。

「何かあったんですか?」

「いや、そういうわけでは……」

 さすがにこんな弱音を後輩に吐き出すわけにはいかない。そう思って言葉を濁していた私に、美羽の視線が刺さる。不思議と、私は口を開いていた。

「えっと、嫌だとか不満を言ってるけどさ、自分から王子になりにいってるじゃんって思ってさ。馬鹿みたいだよね」

 思わずそんな言葉が飛び出した。情けなくて吐き捨てるようにしか言えず、恥ずかしくて美羽の顔をまともに見ることができなかった。

「いいんじゃないですか?」

「……え?」

 予想だにしない言葉が返ってきて、顔を上げる。相変わらず真っ直ぐな視線を向ける美羽がいた。

「王子って揶揄されてますけど、それって先輩の武器、というか武装みたいなものですよね。周りに隙を見せたくないっていうのは私もわかりますし、そんな先輩の姿勢ってすごくかっこいいものだと思いますよ?」

 だから、と美羽は言葉を続けた。

「言いたい人には言わせておけばいいんです。知り合ったばかりの後輩が何言ってるんだって感じですけど、一緒に授業をサボった縁です。私は王子じゃなくて、鳳風音っていう一人の人間を見るようにします。飾らない自分を見てくれる人の存在って、結構楽になりません?」

 美羽の言葉をゆっくりと脳内で処理する。

 すとん。と音がして、今までぐるぐると考えていたことが馬鹿みたいにあっさりと腑に落ちた。それと同時、徐々に頬が熱を帯び、目頭が熱くなる。まさか後輩の言葉に泣かされそうになるなんて思わなくて、ふいっと美羽から顔を逸らす。さっきから美羽の表情をまともに見れた時があっただろうか。 

「……生意気な後輩だ」

 照れ隠しにそう言ったけれど、美羽は全て見通しているかのように、からかうような声音で言葉を紡いだ。

「王子様は従順なお姫様がお望みですか?」

 美羽が発したその言葉からは、胸に刺さるような痛みは感じられなかった。そのことに内心驚きながら、私はまた王子になりきって返答する。もう嫌な気持ちにはならなかった。

「ふふ、お転婆な女の子は好きだよ」

 そう言ってから、自分の中に何か靄が残っていることに気がついた。ふと上を見る。鮮やかさを増す青空に一筋の雲がかかっていた。そして思い至る。さっきからずっと感じていた違和感だ。

 宇佐見美羽という人間は、自分のことを話さずに人のことは気にかける、ということに。



 口には出せなかった。私を救ってくれた女の子を傷つけたくなかったから。いや、違う。他でもない()()()()()()()()()()()()()

 きっと、今の私が何を言っても貴女は笑ってごまかすんだろう。だけど、貴女が私を気にかけてくれるのならば、私だって貴女に寄り添わなければフェアじゃない。

 隣で笑う美羽を見て、私は静かに覚悟を決めた。美羽が私を救ってくれたように、私も彼女が抱え込む闇を晴らしてみせる。彼女の心からの笑顔を引き出してみせる。

 簡単にはいかないかもしれない。挫けそうになるかもしれない。その過程で、美羽に嫌われることだってあるかもしれない。でも、私は知っている。私は信じている。


 いつだって、お姫様を救うのは王子様の役目だ。


 だから私は、思いっきりかっこつけて、それでいて何でもないように口にする。願わくば、この一言が彼女の心を開くきっかけになるように。そう願いをかけて。

「美羽、デートをしよう」

 突然のその言葉に美羽を大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。それでいい。貴女は何も知らないままでいい。これは私が勝手に決めたことだから。



 随分と前置きが長くなってしまった。

 これは、一人の王子が囚われのお姫様を救う物語。今はまだ、誰も結末を知らない物語。

 この物語がハッピーエンドになることで、私は初めて「王子」の名を誇りに思えるようになるのだろう。私を肯定してくれた貴女のために、私は「王子」の仮面を被る。

本文中で風音が述べていますが、ここまでのお話が物語全体の「第1話」のようなものです。私の執筆速度があまりに遅いため分割投稿となりました。

今後ともお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ