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職人とメイドと魔道具

お掃除が大好きな私ですが、お掃除以外の仕事もします。繕いが終わった布類を部屋に戻すお仕事をしているときのことです。


「ルシニア?ちょっと手伝ってほしいことがあるのだけど」


声はスピネットさんでした。各部屋に繋げられた伝声管は便利ですけれど、伝声室にしか繋がっていません。持ち場を離れて伝声室に移動するのはちょっとした手間です。急ぎの用でしょう。


「ウィリ」


緑色の妖精は、私の肩から飛び立って風を呼びました。早足で廊下を歩き抜けると、前を通るたびに私の押すワゴンから布とクッションが飛び出して宙を飛び、各部屋の正しい位置に収まります。エルがちょっと不満気に翅を震わせました。水の魔法では布が濡れてしまうのです。

ワゴンが空になったことを確認した私は、昇降機にそれを載せました。使い終わったワゴンの定位置がそこだからです。それが済んだら伝声室に向かいます。


「ああよかった。あのね」


伝声室でスピネットさんが待っていました。手持ちランプが一つ壊れてしまったのだそうです。華美ではない装飾の施されたそれは、普段の仕事にもお客様のお出迎えにも使われるものです。


「村の職人に届けてほしいの。必要になる前に直しておきたいから」


時間は昼を少し過ぎたところ。寄り道しなければ歩いて行ってもおやつの時間までに帰ってこれるでしょう。地図をもらった私はランプを入れた袋を抱えてお屋敷を出ました。

春の終わり。風の涼しい日です。

お屋敷の建つ丘から少し遠くにヒヨコ麦の畑が見えました。鮮やかな緑色が波打っています。ちらちらと、妖精たちが飛ぶのも見えます。気にかけてくれているのでしょう。


「飛んで行こっか」


ウィリとエルがチリチリと翅を震わせます。ぴょんと跳ねた私はウィリの風に乗って浮かび、エルが弾く水を蹴って走りだしました。


*


職人の工房は村の外れにありました。

人に見られる前に飛ぶのをやめて、歩いて向かいます。他の民家と変わらない門構えの、少しだけ大きいお家でした。


「ごめんください」


声をかけますが返事はありません。代わりに、中からひらりと一体の妖精が出てきます。赤色の妖精はチリチリと翅を震わせて、工房の裏に飛んでいきました。

妖精の向かった方からはバラバラと大きな音が聞こえています。

見てみると、何も植わっていない畑を大きな何かが歩いていました。一人乗りの馬車のような車輪のついた荷台に、何本もの前脚がついています。荷台を引きずって歩く姿はまるで大きなヤドカリのようです。


「こんにちは」


荷台に立っている人に呼びかけます。返事はありません。

ウィリとエルが飛んでいってくるりと一周回ると、ヤドカリのような何かが停止しました。妖精に干渉されたということは、どうやら魔道具のようです。

乗っていた人は魔道具の止まった理由を調べるために降りてきました。


「こんにちは」


音が止んだので、挨拶した私に気づいてこちらにやって来ます。

がっしりした体格の、若旦那さまより少し年上に見える男性でした。


「お屋敷から来ました」

「おう。何の用」

「修理してほしいものがあって」


持ってきた袋を差出します。中には壊れたランプが入っています。


「ああ、これ。王都のだろ。ここらじゃすぐ壊れるんだよな」

「どれくらいかかりますか」

「すぐ」


そう言った男性は腰の物入れから道具を取り出し、何と立ったままランプを解体し始めました。

魔道具というのは、妖精の助力を受けて動かす道具のことです。男性の周囲にいた妖精たちがわっと沸き立ちました。中に入っている、妖精が好む鉱物でできた部品が露出したからです。

男性はヘラのように見える道具をその部品に当てて、彫り込まれた言葉を書き換えていきます。ものの数秒で作業は終わり、掠れのない文章が完成しました。修理の前とは言い回しが少し変わっています。

妖精たちが楽しそうに力を貸し、以前よりずっと明るくランプが光りました。


「ほら」

「すごい。とってもお上手です」

「まあな」

「前より良くしていただいたんですね」

「わかるのか」


修理された部品は、妖精へのお願いごとを記録するためのものです。人とは違うやり方で話す妖精たちの言葉を無理やり文字にしているので、どうしても不自然な表現になるのですが、修理後の文章はそんな中でできる最大限美しい表現に見えました。


「ここの領地は王都と比べて妖精がずっと多い」


妖精たちが返事をするかのように翅を震わせます。


「だからまず、妖精を集める表現を削るんだ。王都じゃそれがないと動かないけど、こっちじゃ故障の原因になる。同じ理由で出力調整の文言は足す。貸してもらった魔力がきちんと光になるように熱と音の表現は抑えて、でもそれだと単調だからなるべく作用に影響しないように風か水を称えて、語調もそれに合わせる。今、って言ってもここ五十年だけど、流行りは『遠いところで降る雨の音』で、これを『音』って単語を使わないで表現するのが腕の見せどころなんだ。そういう意味では浄水器だとか拡声器なんかは簡単だけどそのせいで飽きられちゃうから、魔道具職人ってのはみんなそういうのに使える新しい成句を探してる。五十年も今の流行りが続いてるのは上手くいってないからだけど。いつかきっとってな。ただ魔道具の性能は使われてる句だけで決まるもんじゃなくて、核と機械部分の繋がりにも大きく左右されるもんで、さっきの熱と音を抑えるってのもその一部なんだけど、明るくするにも真っ直ぐ光にするか機械に任せるかって違いがあるんだな」

「そうなんですね」

「こっち見るか?」


驚くほど妖精の言葉に詳しい人です。見せてくれたのは先ほどのヤドカリでした。


「ランプなんかじゃ真っ直ぐやるのが効率的だし壊れにくいけど、機械部分を複雑にしたらこんなこともできる」


魔道具が起動すると、ヤドカリの前脚にわっと妖精が群がります。楽しそうにくるりくるりと回るたび、前脚の根本に魔力が集まっていきます。


「これな、一本一本に核を置いてる」


バラバラと大きな音を立ててヤドカリが歩き始めました。前脚を土に突き立てて進むたび、歩いたところが黒く耕されていきます。


「牛と馬の代わりですか?」

「ああ」


耕されたところが、春に見た牛と馬に引かれた鋤の跡によく似ています。なるほど。農業に使う魔道具のようです。

集まった妖精たちは、上下する前脚に乗ったりぶつかったりと楽しそうにしています。ウィリとエルもチリチリと翅を震わせて、ひょいと手前の前脚に飛び乗りました。シーソーで遊ぶ子どもたちのようです。


「とっても楽しそう」

「そう、そうなんだよ。そもそも魔道具ってのは、妖精を呼んで、楽しんでもらって、それで力を借りてる。普通は借りた力を複雑な作用に変換するために機械部分があるんだけど、この機械部分で妖精を楽しませられないかって考えたんだ。役割を曖昧にするのは魔道工学の基礎に反するけど、試す価値のある理論だと思う。それで実際、成果も出てる。と言ってもまだ実験実証中だけど」

「あっ」

「うん?のわっ!」


畑を横断したヤドカリが、畑を区切る道に乗り上げて大きな音を立てました。妖精たちがはしゃいで飛び回ります。

駆け寄った男性が止まったヤドカリを畑に戻そうとうんうん唸っているのを見て、妖精に話しかけます。


『巻き戻してもらえる?』


前脚が逆回転して、ヤドカリは道から畑に降りました。想定外の動きに、男性は目を瞬かせます。


「何だ?逆回転?どうして、いやこれいいな。正方向と逆に指定することで核の消費を抑えながら汎用性を…ああ悪い。めちゃくちゃ喋ったな俺」

「とてもおもしろいお話でした」


男性は笑います。


「お屋敷の人らってほんと礼儀正しいな。ええと」

「ルシニアです」

「クラヴィコード。修理のお代はいつも通り、徴税のときに差っ引いてもらう」


ヤドカリの上を飛んでいたウィリとエルが戻ってきます。ゆっくり歩いてもまだ余裕でおやつに間に合う時間です。


「また来いよ。これよりもっと面白いの作っとくから」


クラヴィコードさんの言葉に、辺りの妖精たちが嬉しそうに翅を震わせたのでした。

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