この世に明けない夜はない。
夜になりました。
どこかで、『明けない夜はない。』と聞いたことがある。
この世界にいると、どうしても「それは本当なのだろうか。」と疑ってしまう。
理由は簡単。
私が今いるこの世界は、ずっと『夜』だからだ。
いや、実際は夜ではないかもしれない。
ただ、常にこんなにも暗いものだから、勝手にこの状況を『夜』と捉えてしまったのだ。
元々は私も明るい世界にいた。
朝があり、太陽の眩しさを知っていて、夜の暗さと星の微かな光を知っている。
正直、今のこの世界はそのどれにも当てはまらないのだが、この暗さと冷たさは夜に似ていると思った。
夜は嫌いじゃない。
むしろ優しく包み込んでくれる闇が心地よいと思える。
しかし、ここまで夜が続いてしまうと、流石に飽きてしまう。
あまりの暗さに、右も左も分からない。
自分が今どこにいるのかも分からない。
何も考えずその場に居続けたせいか、少しずつ身体が冷えてきていたようだ。
暗く、冷たく、静かな『夜』。
いつからか、そんな『夜』が嫌いになってしまっていた。
ある時、向こうから小さな光が見えた気がした。
(アレは何だろうか。)
そう呟いてみる。
だが、返事はない。
まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが、今までがあまりにも静かすぎたため、耳が刺激を欲していたのかもしれない。
そうやって光をただ見つめていると、だんだんと光は大きく、強くなっていった。
眩しい。
久々の光である。
あの言葉は、本当だったのだろうか。
本当に、この世界にも、朝がやってきたのだろうか。
にしても、不思議なものだ。
周りがこんなにも冷たいのだから、太陽の光はさぞかしあたたかく見えるのだろうと思っていたが、ここまで冷ややかな光だとは。
記憶は徐々に薄れてゆくものだと痛感した。
しかし、それよりも驚いたことがある。
アレは、誰だ?
光の中、うっすらと見えたそれは、おそらく人の手だ。
気持ちが悪いほど白いその手は、私の方にぬるりと伸びていた。
光に溶け込んでしまっている。
闇に紛れる私のように。
自分とは正反対なその手から、目が離せなかった。
気持ちが悪い。
けれど、それ以上に、美しい。
その手は私の方にどんどん近づいてゆく。
(誰、ですか。)
そう聞いても、返事はない。
次の瞬間、その手は私の身体に触れた。
あたたかい。
それはもう、『あつい』と感じてもおかしくないほど、あたたかかった。
ここまで『あたたかい』と感じたことが、今まであっただろうか。
いや、そんなことは今どうでも良い。
とにかく、この手を、この手のあたたかさを、忘れぬように。
なぜか、私はそう考え、その手に集中した。
だが、手は離れてしまった。
あぁ、そうか、やはり私の身体は冷たすぎたか。
申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちとが入り混じる。
人に触れた。
私はさっき、人に触れたのだ。
それが嬉しくてたまらない。
するとそこで、あたたかさに集中していた私は、その手が離れたことによって気づいたことがあった。
音が、聞こえる。
そんな気がする。
久々の音は、とても、心地良いと言えるような音ではなかったが、それでもその耳の刺激は身体中を駆け巡った。
もう、あの冷たく眩しい『太陽』は気にならなかった。
(貴方が、私の、太陽ですか。)
そう聞いてみた。
返事はいらない。
ただ、聞きたかっただけだ。
(貴方は、私を、あたためて、くれますか。)
音がよく聞こえない。
それでも、私はそう言った。
そう言ったつもりだ。
届かなくても良い。
言ってみたかっただけだ。
小さく、音が聞こえる。
再び、あの手が伸びてくる。
白くて、あたたかくて、気持ちが悪い。
すごく、すごく、気持ちが悪い。
でも、それでよかった。
伸ばされた手は、まるで何かものを探すように、右へ、左へ、動かされた。
それを、必死で目で追おうとする。
まぁ、無駄なのだが。
その手は、手探りで暗闇を突き進むような。
私を、私の中を知ろうとするような。
そんな動きに見えた。
私の世界に、ついに、『朝』が来たのだ。
明るくて、あたたかくて、眩しくて、心地が良くて。
そんな『朝』が来たのだ。
現実は、それとは程遠いものだったが。
しばらく経つと、その手は銀色に光る小さな指輪を取り出した。
(それは…私の…?)
あぁ、そうだ、アレは私の宝物だ。
これからも、ずっとそばに置いて、共に眠ってくれる。
随分と小さく見えるのは、ひどく眩しいあの『太陽』のせいだろうか。
けれど、その指輪は、今の私の指にすっぽりはまる大きさだと思う。
美しい、私の、宝物。
私の、宝物。
(私の…──。)
──ポツン。
頬が、濡れた気がした。
何か、ひんやりとしたものが、当たった気がした。
すると、あの眩しい『太陽』が闇に沈んでいった。
(あぁ…いかないで…。)
そう言ってみても、『太陽』は答えてはくれない。
あの手も、闇に飲まれてしまったようだ。
私の方に、優しく、少し乱暴に伸ばされたあの手は、私を暗闇から救ってくれると思った。
でも、無理だったようだ。
もう、音も聞こえない。
あの手も、見えない。
そこで、ハッとした。
(アレは、空…?)
目の前に広がっていたのは、黒っぽい紺色の空に浮かぶ、対照的な色の無数の星と、ぼんやりと輝く月だった。
これだ。
これが、夜。
私が今までいたのは、ただの暗闇。
でも、夜は、こんなにも明るい。
私はその星と月を目に焼き付けた。
あの手は、『朝』だけじゃなく、夜も連れてきてくれた。
顔が、身体が、濡れていく。
雫でぐしょぐしょになった顔を、私は拭うことができなかった。
これが、私の好きな夜だ。
目の前には、薄い水色の空。
そして、フワフワとした雲。
明るく、太陽の光は、あたたかい。
あの手は、朝を連れてきた。
私に、本当の夜を教えてくれた。
でも、もう、帰ってこない。
顔に乗った雫を蒸発させるような日差しが、私を照らす。
あたたかい。
闇が去ったはずなのに、どこか苦しく、悲しい。
私が待ち侘びた、朝。
本当の朝。
なんて、あたたかくて、優しくて、素敵な朝なんだ。
(あり…がと…。)
そう言って、私は眠りについた。
音がして、目を覚ます。
私の視界は、闇に飲まれていった。
もう、あの朝を見ることはできないのか。
まぁいい。
それでいい。
大事なものを失った代わりに、素敵なものを見せてもらったから。
また、『夜』が始まる。
永遠に明けない『夜』。
(眠らなきゃ。)
それでは。
おやすみなさい。
初めましての人は初めまして。
乃多留夢です。
中の人は、ついさっき、とあるライブのチケットが外れて崩れ落ちてます。(中の人とか言うな。)
「俺の人生\(^o^)/オワタ」とか言ってます。
案外平気そうですね。
そういう時は、歌ったり絵を描いたりして気を紛らわせば良いのです。
小説を書くのもアリですね。
ただ、「歌が下手」&「絵が下手」&「小説を書くのが下手」である僕は絶望的です。はい。
まぁ、楽しめたらそれで良しということで。
そろそろ『夜』の時間ですね。
良い子は寝なくては。
それでは皆さんも、おやすみなさい。
僕と会うのは、また次の小説で。