左利きだから
小学生の頃、クラスに人気者がいた。
足が速いわけでも勉強ができるわけでもない、おっちょこちょいな奴だったが。
「この問題分かる人は? ……はい、じゃあ~~くん!」
挙手したそいつは自信満々に前に出て、書きはじめから明らかに間違った答えを書いてみせる。
「~~くん違う違う!」「そんなわけないじゃんかぁ!」
とみんなが笑うと、そいつは舌を出して頭を掻く。
『いっけね、間違った! しょうがねっか、オレ、左利きだし!』
間違えるのに利き手なんか関係あるわけがなく、それでまたみんな笑うのだ。
それ以外にもそいつは、たまに給食をひっくり返したり花壇にボールを飛ばしてしまったり……何かとやらかしの多い奴だった。
もちろんみんなも先生も一度はそれに怒るが、奴には必殺技があった。
『でも、オレ左利きだから……』
そう言ってしゅんとして見せると、みんな思わず吹き出して怒っているのが馬鹿馬鹿しくなってしまうのだ。
そういう憎めない奴だから、いつでも人気者だったのだろう。
ある日、放課後に居残って宿題をやっていた後のこと。気がつくと夕暮れ時で、校舎にも校庭にも人影はなくなっていた。遠くからカラスが鳴くのが聞こえてくると妙に心細い気分になって、すぐに帰ろうと思った。
靴を履き替えて外に向かう途中、飼育小屋があった。
飼育小屋のニワトリは恐れられていたが、ウサギはみんなに可愛がられていた。
ふとウサギが見たくなったが、ニワトリに怒鳴られるのも嫌だ。それで遠目からちらっと覗くだけして帰ることにした。
太い樹の幹から顔を出し小屋の中を見ようとしたその時。
ギャッ!
何か音がした。激しい金切声のようなそれに驚いて思わず駆け寄った。
小屋の中は赤黒く染まっていた。混乱したが本能的にそれが血だと理解した。
べったりと塗られた血糊の上にニワトリの羽毛がへばりつく。一面血の海だった。
さらに近づいてみると、小屋の中に人の姿がある。
あいつだった。
血に濡れたハサミをウサギの耳に当てている。見ると既に一方の耳は半分から先がなくなっている。
ウサギだけじゃない。凶暴で恐がられていたニワトリはほとんどの羽毛が毟られ首が切れた状態で横たわっている。
流れる血が自分の靴に染みるのも気にしない様子であいつはハサミに力を込めていく。ウサギが悲鳴を上げる。
そこで思わず前に出て言った。
「なに……してるの?」
するとそいつはこっちに振り返り、頬の返り血を拭い、両手をバッと放した。それから急に地面に顔をつけて泣き出したのだ。
『ごめんね、ごめん、ごめんよ……。こんなことするつもりなかったんだ……』
泣きじゃくり、ニワトリの死骸を抱いて何度もごめんと言っていた。
『ごめん、ごめん、ごめん……オレが左利きなせいでこんなことして……』
そう言っていたのを鮮明に憶えている。
今になって思えば、あいつは病気だったのだろう。
自分の中の『左利き』という何かが意に沿わない行動を取るのと戦っていたのかもしれない。実際、先生たちもそれを理由にあまり厳しい態度は取らないでいた。
ただ今でも分からないのは、チョークも箸もハサミも右手で持っていたあいつは本当に左利きなのかということだ。