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揺さぶられる心

 咄嗟に、膝が動いてケントの股間を直撃していた。


「ぶふっ!?」

「あ。ごめんなさい」

「おおお、オレの、ムスコが…っ!」

「つい、いつものクセで」

「それどんなクセ!?」


 手を離して飛び上がったケントから距離を取る。じっと見つめると、バツの悪そうな視線が帰ってきた。


「調子に乗りました。すんません」

「……正直、平静ではいられないわ。色んなことがありすぎて。出ていって。でないと、実力行使で追い出すわ」


 言うと同時に、浮かび上がっていた涙の粒が睫毛の間からハラリとこぼれ落ちていった。まだ泣いちゃダメなのに、それを呼び水にして私の涙腺は決壊してしまった。


「オーディリアさん、オレ……!」

「もう、いいから早く行ってちょうだいよ! 恋人には裏切られるし、それだけじゃなく国も裏切って犯罪者になるし、それを捕まえろと命令されるし、おまけに部下までおかしなことを言い出して……もう嫌なのよ! うんざりなの! こんなときにリザはいてくれないし……私を支えてくれるものが、なにもかも……」


 後から後から涙かあふれてきて、私はまるで子どものようにイヤイヤと首を横に振った。


「いい大人が泣くなんておかしい? 私みたいな女にも感情があるなんてって思った? そうよね、私はなにごとにも動じない“氷の女”でしょうから……!」

「そんな! オレ、そんなこと思ってないっス!」

「いいのよ、噂話なんて嫌でも耳に入ってくるもの。自分がどう思われてるかなんて、全部知ってるわ」

「オーディリアさ……」

「出ていってよ! 早く! 今から一人で泣くんだから、いつまでもここにいられたら邪魔なのよ……! わた、私のことは、もう、放っておいて!」


 こんな風にバカな小娘みたいなこと、言いたくなんてなかった。でも、指で拭っても拭っても涙が止まってくれなくて、グシャグシャの顔を見られたくなくて両手で隠した。


「すんません、オレ……泣かせるつもりじゃなかった。泣かせるにしても、こんな風にするつもりじゃなかった」

「嫌!」


 肩に触れてきた手を振り払う。けれど、ケントは構わず私に抱きついてきた。


「オレが言えることじゃねぇのはわかってる、けど、泣いてるアンタを一人になんてできねぇよ! 殴ってもいい、クビにしてくれていい、だから……」

「離して! 本当に殴るわよ!」

「今だけ……。今だけ、オレがリザさんの代わりになるから」

「!」

「絶対何もしません。だから、もう、そんなにつらいのに、独りで泣かないでください」


 不意打ちでその名が出て、私は抵抗する力がふっと抜けてしまった。


 リザ……!

 私の大切な、部下であり、後輩であり、友だち。数少ない女騎士で歳も近かったこともあって、私たちはいつも一緒だった。


 私が小隊を任されたときも、リザは当然のようについてきてくれた。隊員の中で唯一の女騎士だったから、班に入ることなく、私だけの副官として働いてくれていた。


 仕事の悩みもプライベートも、私たちは全部わかちあってきた。嵐のような子で、恋人の話が出たと思ったらそう間を置かずに寿退職してしまった。


 ああ、リザが今も側にいてくれたら……!


 コンラートの裏切りを知ったときも、彼女ならきっと隣で怒ってくれただろう。抱きしめて、慰めて、急に何もかもを失った私を、ちゃんと地に足をつけていられるように繋ぎ止めてくれたはずだ。


「リザ……。リザ……!」


 そう、まさに今、私は彼女の慰めを欲していた。

 膝が震えて上手く立てない。とにかく今は何かにすがりたかった。


 コンラート、リザ、王都にいる養父……。

 大切な人たちの顔が思い浮かんでは、悲しみの黒い渦に飲み込まれていく。誰も側にいない。


 コンラート、どうして私を裏切ったの!

 どうして!


 私を抱き寄せる胸板を叩く。

 それでも彼は私を離さなかった。

 

 強く抱きしめ、何も言わずに側にいてくれた。



 その温かさに、私は確かに助けられたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クセ! 張りつめてた気持ちがやっと出ましたね。 それにしても、ケント、一途だなぁ。少し強引だけど、格好いいです。
[良い点] ケント、すげぇ…… ムスコをやられたあとにまだグイグイいけるその心意気。 アンタ男ダヨ!!
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