作戦会議
「ケント、ちょっと聞いてほしいことがあるの」
さっき開いた距離を今度は私から詰め直す。狭い個室でのおしゃべりなんか、外へ漏れたりはしないと思うけど、そこは念の為だ。
「な、な、なんスか!」
ケントはぎょっとした顔で私から一步退いた。言い訳する時のように胸の辺りまで両手を上げて、警戒している。どういうことなのかしら?
まぁ、いいでしょう。
私は構わないことにして、ケントの耳を引っ張って小声で続けた。
「いった! ちょ、隊長〜」
「いいから。今後の動きを考えたの、貴方の考えを聞かせて」
「う、わかったスけど……」
私はさっき聞いたばかりの新しい情報を加味して立てた作戦の、その「前提条件」をケントの表情を窺いながら切り出していく。
「まず、あちらが何人で動いているかわからないけれど、私たちが探すべきはザラストラスだわ。あの銀髪を隠したとしても、彼の風貌はとても目立つもの」
「ケッ、って感じスけど、まあ、確かに」
「彼は背も高いし、軍人だもの。一般人に紛れ込むことは難しいわ」
「あ、そっちか」
「もちろん、あの顔ですもの。一度見たら誰だって忘れないわよ」
「あっそ!」
ケントが歯をむき出しにして嫌そうな顔をする。そんなこと言ったって、コンラートが騎士団一の美男子なのは王都中の人間が知っている事実なんだもの。
「しょうがないじゃないの。私もそうだけど、彼にも隠密なんてできないわ。髪の色や服装はどうとでもなるけど、顔を隠さなければ目立つし、隠すともっと目立つのよ。それに体つきだってそう。でも大丈夫、ケントならちゃんと群衆に紛れられるわ」
「うれしくねーっス!」
今度は泣き出しそうな声で抗議されてしまった。
耳許で叫ばれるとうるさいわね……。
でもそうね、変装という可能性は考えておかないと。私の場合はプラチナブロンド、コンラートは輝く銀色の髪という、人の目を引く特徴を持っている。それを隠すのは当たり前として、どうやって隠すかが問題だ。
「てか、フツー自分で言います、それェ?」
「当り前でしょう。私はツェラー隊、隊長オーディリアなのよ。そして彼はザラストラス。王都の人間で私たちの顔を知らない者なんていないわ。だからこそ、彼を見つけるやり方があると思うの」
「……なるほど。聞かせてくださいよ、その、作戦ってヤツを」
ようやくその気になってくれたケントに頷いて、私は本題に入る。
「さっきも言った通り、ザラストラスは目立つわ。できるだけ街に立ち寄らずに国境を目指したいところでしょうけど、女連れではそれは難しいと思うの」
「ああ、アルマ男爵令嬢かぁ。どんな子かは知らないスけど、確かに着の身着のまま馬と野宿はムリでしょうねぇ」
「ええ。旅慣れない彼女のことを考えると、宿に泊まるのは絶対よ。大事を取って早めに休ませているとしたら、もしかしたら、ふたりはまだこの街にいるかもしれないわ」
「うん。だからこそ隊長はここに来ることにこだわったんスもんね」
ケントの言葉がチクリと胸に痛いけれど、そこは無視して話を続ける。
「けれどあちらだって追われていることは当然分かっている。私たちが騎士の身分を使って聞き込みをしているあたりには近寄ってこないでしょう。だから、さっきケントが教えてくれたような場所に隠れているはず。とはいえ、騎士生活が長い者の顔はあちらも知っている」
「つまり?」
「私が全員を騎士団の制服のまま連れてきたのは間違いだったということ。でも、それもどうにか間に合いそう。今、若い子たちは全員ドットにいるでしょう? 私の隊に新しく入ってきた、ザラストラスにも顔を知られていない子たちが」
「なるほど! あっちはこっちの顔を知らないスけど」
「こっちは変装を見抜ける程度には知っている。そういうことよ」
ケントが小さくガッツポーズをする。でも、まだこの作戦が上手くいくと決まったわけではないわ。
「ケントは隊員たちのことをよく知っているでしょう? 今回の件に向くような、あまり騎士らしくなくて目端の利く子、いないかしら」
「女上司に受けのイイ、『模範騎士の成績表』じゃ評価されないヤツが欲しいってことっスよね?」
「そういうこと。貴方みたいな、ね」
「騎士らしくなくて悪かったスね!」
「ふっふふ!」
三回目の悲鳴じみた抗議に、私はとうとう声を上げて笑ってしまった。ケントが驚いた顔をする。
「なに笑ってんスか」
「だって! あははは……おかしくて……」
「ちぇ。ったく……」
憮然とした表情でそっぽを向くケントには悪いけど、しばらく笑いが止まらなかった。
「それじゃ、人選お願いね、ケント」
「任せてください。ドットの街に置いてきたリクとアルスルのうち、どっちかがここに向かってきてるハズなんで、合流してさっきの案を伝えるっス」
「そう。ありがとう、ケント。側にいてくれるのが貴方で、本当に良かった。頼りにしているわ」
「……そのセリフ、ホントにオレにだけだったらイイんスケドね」
「?」
どういう意味か、考える前に距離を詰められていた。
私より少し高いところにあるヘーゼルの瞳が、触れそうなほど近くにある。身を引こうとする私の腰を抱き寄せて、いつもの笑みを消したケントが低い声で囁いた。
「オレが隣にいられるのは、副隊長としてだけ、スか……?」