ケント・バルリングという男
ケント・バルリングはツェラー隊を立上げた時からいる隊員の一人だ。平騎士だった彼を副隊長に指名してから二ヶ月と少し。最初は不安もあったけれど、今はこの結果に満足している。
さっきのことだってそうだ。私が先走ってしまったばかりに、隊員たちの心を完全に置いてきぼりにしてしまっていた。あの最悪の事態をリカバリーしてくれたのは他ならぬケントだ。
ケントは問題点に素早く気付いたばかりか、わざと私に失礼な態度を取ることで隊員たちのガス抜きをしつつ、私を叱咤し、その上で私の心情すら理解して的確な方向性を指示して隊を建て直してくれたのだ。
初めての任務で先輩騎士に叱られて、ショックが大きいのだろう。けれど、私はケントに必要以上に自分を責めてほしくない。
「何言ってるの、ケント」
私はケントの前に立って、握りしめられた拳を手に取った。
「隊長?」
「貴方のおかげで、隊員たちの心が離れていかずに済んだのよ。悪いのは私。助けてくれてありがとう、ケント」
「けど……」
「本当に感謝してるのよ。正常な判断を下せる状態じゃなかった私に代わって、貴方は立派に差配した。貴方には隊を率いる才能があるわ」
さらに泣きそうに顔を歪めるケントを、私は笑顔で激励した。
その言葉は嘘ではない、彼は本当に逸材だ。
隊長の私を始めとして若者がほとんどであるこの隊でも、年長者を差し置いて副隊長へと昇進した彼が受け入れられているのは、持ち前の明るさと愛嬌、そしてそれだけの実力を備えているからだ。
お調子者でおちゃらけたところが目立つものの、状況判断に優れており人選は的確だ。俗に言う、憎めない男というやつ。私も彼の明るさに助けられている。
彼は初めての任務でその才能を上にも下にも知らしめた。ケントならいつだって小隊長になれる。この件に片がつけばすぐにでも推薦状を書こう。なんなら私の場所を譲ってもいいとさえ思っている。
実力は充分以上、将来の出世への道も見えている。甲斐甲斐しくマメで、明るく口が上手い。それに、上背も百八十二とそこそこに高く、よく見れば顔立ちも整っている。
今はまだ無名かもしれないけれど、そのうち良家のお嬢様がたからも追いかけられるような、そんな伊達男になっていくだろう。
若き日のコンラートが、そうだったように……。
ふっと心が思い出の中に沈みそうになったところに、ケントの温かく力強い手が、彼の拳を包んでいた私の手に触れた。
「オーディリアさん、嬉しいっス」
「……名前呼びまで許した覚えはないのだけれど」
「え、ダメっスか?」
媚びを含んだ上目遣いでケントが私をじっと見る。私に弟はいないけれど、いたとしたらこんな感じなのかしら?
若い圧力に屈しそうになるけれど、それを許してしまうとこれ以降ずっと名前で呼ばれることになりそうだ。上司と部下として、それはあまりよろしくない。
……彼の前の副隊長だったリザは、いつだって私を「オーディリアさん」と呼んでいたけれど、それは彼女が私と同じ女騎士で、しかも隊を立ち上げる前からの同僚だったからだし。
私はどう答えたものか困った私は話題を逸らすことにした。
「そういえば、ウィロー班はどうしているのかしら。ケント、貴方、ここへ来ていてよかったの?」
「ちぇ。班長たちはバラバラに分かれて別のとこっス」
「別のところ? そんなにたくさん宿があったかしら」
「ん〜〜。ま、ハッキリ言や娼館スね」
思わず口がポカンと開いてしまった。
これは、さすがに、ハッキリ言い過ぎでは?
「いやね、あの、すんませんそんな顔するとは思わなかったから……」
「どういうことなの?」
「センパイたちは情報収集に行ったっス。娼館は貴族の連中が連れ込み宿代わりに利用することがあるんで。もちろん、そっちの宿にも聞き込みには行くんスけど、娼館はつっぱねられることも多くて。客として行かなきゃわかんないこともあるんスわ」
なるほど。
そういうことなら、あのウィロー班長が街に着いて早々に娼館へ出かけていったのにも頷ける。
「そういうこととは知らなかったわ。もしかして、今までも……?」
「まぁ、その。マニュアルにないけど、聞き込みの常套手段なんでオレも何度か連れて行ってもらったことあるっス」
「そう……」
今までに何度も凶悪犯罪者や政治犯の捜索任務に当たってきたけれど、そういえば、情報収集の手段に関しては特に知らされることはなかった。これは私が女だからだろうか?
「あ、でも、オレもセンパイたちもオネーサンと遊んだりとかしてないっスから! そこはホントにホント!」
「そうね、公私混同だものね。余所の街に来て遊びに行きたい気持ちもわかるけど、それなら今度休みを取ってプライベートでどうぞ」
「違うっス! そんなんじゃないっス! 誤解っスよぉ〜〜〜!」
何が誤解なのかサッパリわからないけれど、それはそれとして新しい作戦が思い浮かんだ。